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第四章【騒乱のアナトリア】

4-62.死闘

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「ふはははは!我こそは誰あろう血鬼けっき⸺」
「突き立て、[氷柱]!」
「ぬぐぁ!?」

 傲然と胸を張り、声高に名乗りを上げ始めた黒幕のその胸に、いきなり氷の柱が突き立った。

「姫ちゃん!」
「レギーナ!」

 蝙蝠の大半が消えたことで、ミカエラとヴィオレが駆け寄ってくる。そのミカエラが駆け寄りながら魔術を放ったのだ。

「お、おのれ!名乗りを上げる際は待つのが礼儀というものであろうが!」
「知らんわそんなん。戦いの最中にそげな勝手なルールば持ち出されたっちゃ通用するわけなかろうもん」

 ミカエラはにべもなかった。多分ここまでほとんど活躍の機会がなかったから機嫌が悪いのだろう。

「まあでも」
「そうだね。自分で“血鬼”って名乗っちゃったからね」
「…………ああっ!」

 語るに落ちたとはまさにこの事だ。もしも血祖であったなら、さすがに蒼薔薇騎士団といえど全滅も覚悟しなくてはならなかっただろう。だが血鬼であれば、まだ光明も見えてくる。先ほどミカエラが言ったとおりである。

「ぐぬぬ、舐めおってからに!」

 血鬼は端正な顔を怒りに歪ませつつ、胸に突き立つ氷柱を引き抜いた。抜いたそばから血鬼の周囲をまだ飛んでいる蝙蝠が傷口に飛び込んで行き、あっという間に元通りになる。

「うーん、やっぱ魔術やのうしてじゃなくて物理で杭打ちせな効かんごたるみたい

 血鬼や血祖といった吸血魔に対抗する手段のひとつが、その心臓霊炉に杭を打ち付けることとされている。その杭が刺さっているうちは、奴らは身動きを封じられると言われているのだ。
 だが今突き立っていたのはミカエラの魔術で、魔術だから[魔術防御バリア]の影響を受ける。おそらくそれで効きが悪かったのだろう。

「じゃあどうするのよ。持ってないわよ杭なんて」

 レギーナが苛立つ。さすがに用意のいいアルベルトの背嚢にもそんな物は入っていない。
 だがアルベルトは落ち着き払っていた。

「杭なんていらないよ。それで充分」
「えっ?」

 アルベルトが指し示したのは、レギーナが手に持つ愛剣ドゥリンダナだった。

「いえ、これは手放すわけには⸺」
「違う違う、から。上の層で俺の[破邪]がかかった時のままでしょ?」

「何をごちゃごちゃ言っている!」
「くっ!」

 胸の傷を塞ぎ終えた血鬼がレギーナに踊りかかり、レギーナはそれをドゥリンダナで防ぐ。血鬼はその刃を躱しつつ、高い身体能力を見せつけるかのように鋭い手刀や蹴りを繰り出し彼女を翻弄する。鍛え抜かれた勇者レギーナの敏捷性と反応速度をもってしても捌くのに苦労するほどの連撃で、しかも膂力は明らかに彼女を上回っている。

「そりゃ斬れば効くでしょうけど!」
「そこは頑張って!」
「簡単に言ってくれるわね!」
「儂の攻撃を捌きつつ会話するとは余裕ではないか!ええ、勇者よ!」
「くぅっ!」

 極限の攻防だったが、疲労の色が見え始めているレギーナのほうがわずかに手数で負けた。戦いつつ会話しようとしたことも影響したのだろう。
 腹を蹴りぬかれてレギーナが吹っ飛んだ。すぐさま飛び起きるが、その時にはすでに上段を取られている。

「[拘束]!」

 その血鬼の身体を青い光の環が囲んだ。「効かぬわ!」と声を上げて血鬼がそれを引き千切った時には、すでにレギーナは距離を取って態勢を立て直している。

「レギーナさん!」

 再び血鬼と接近戦を始めたレギーナの背に、アルベルトが声をかけた。

「俺の[破邪]はだからね!」
「それがなに⸺!」

 咄嗟に言い返しかけたレギーナの言葉が止まった。動きを止めずに全身で血鬼に対抗しつつも、その顔に余裕の笑みが浮かび始める。

「ああ、そういうことね」

 アルベルトはユーリと同じ白加護で、[破邪]の術式もユーリから教わったと言っていた。そしてユーリは血祖を討伐した経験があり、その場にはアルベルトも帯同していたと彼は語った。
 つまりユーリの[破邪]は血祖にすら効いたのだ。だったら血祖よりも総合能力値で劣る血鬼にそれが効かないはずがない。その術式をアルベルトは会得していて、そしてそれはドゥリンダナの刃に[付与]され[固定]を施された。つまりのだ。

「じゃ、やっぱりね!」
かしおったな!やれるものならやってみるがいい!」

 精神的に余裕を持ち直したレギーナと、ここまで優位に戦いを進めて余裕たっぷりの血鬼。両者の戦いは激しさを増してゆく。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 血鬼が左腕を伸ばし、レギーナに掴みかかろうとする。その指先はどれも鋭い鉤爪に変化していて、掴まれるだけでもかなりのダメージになりそうだ。
 だが敵の攻撃の本命はそれではない。掴んだ瞬間にレギーナの胸を刺し貫こうと右腕の手刀が死角で待ち構えている。

「くっ!」

 ドゥリンダナ無しでも人類最速クラスの敏捷性を誇るレギーナだが、“開放”しない状態では単純にスピードで血鬼にやや劣る。疲労が蓄積しつつあることもあり、今も左腕の鉤爪をかろうじて躱せただけだ。
 だがそれでも、彼女が止まることはない。突き出される右腕の手刀に合わせてドゥリンダナを小手に振り、その狙いを逸らす。

「あああ!」

 そして休む間もなく下段に振り下ろしたドゥリンダナを、手首のスナップを返して斬り上げる。だが逆袈裟に斬り上げた切っ先は虚しく空を斬っただけだ。

「ククク。どうした、動きが鈍ってきておるようだが?」
「うるさいわね、だから何よ」
「そうやっていつまで強がっておれるものやら。見ものじゃな」

「ふん。言ってなさいよね!」

 敵の挑発には動じないが、それでも彼女の額には汗が光る。呼吸も乱れつつあるのが見て取れ、じわじわと劣勢の色が濃くなり始めている。
 いかに勇者といえどもレギーナは人間である。体力の限界、疲労の蓄積、受傷や絶望など、戦えなくなる要素は一般の人々となんら変わらぬ。しかも彼女はパーティ唯一の前衛として、十階層あるダンジョンを戦い抜いてここまで来ているのだ。
 逆に血鬼はその身を瘴気で実体化させているだけのであり、人間や動物、魔獣などの実体のある生物とは根本から異なる存在だ。

 そう。霊体は生物ではないため、疲労もしないしそもそも体力という概念すらないのだ。

 勇者であるレギーナが唯一の前衛にして主戦力であること、それこそが蒼薔薇騎士団の最大の弱点と言えた。もっとも、通常はレギーナがここまで疲労するような事態にはそうそう陥らないのだが。
 パーティに白加護が欠けていることも考え合わせると、できれば白加護で女性で手練てだれの前衛職を加入させたいところだが、そうそう都合のいい存在がいるはずもない。

「でゃあ!」

 再び血鬼と切り結び始め、フェイントも駆使した極限の攻防を経て、ついにレギーナが裂帛の気合とともにドゥリンダナを振り抜き、血鬼の左腕を斬り飛ばした。

「ぐうっ!?」
「くっ……!」

 顔を歪めて血鬼が跳び退すさる。だがそれを追う余力がもはやレギーナにはない。
 そして斬ったはずの左腕は、あっという間に瘴気の蝙蝠が纏わりついて元通りになってしまう。

「そこも違う……!」
「ククク、残念だったな勇者よ」

 レギーナはもはや肩で息を始めている。長引けば長引くほど不利になると解っているのに、血鬼ヤツのもうひとつの霊核が見つからない。
 彼女はここまでに血鬼の首と右脚を斬っていて、今また左腕を斬り飛ばした。だがいずれも瞬時に再生されて元通りになってしまった。それはつまり、血鬼の霊核が無傷であるという証明に他ならない。
 胸部に無いことは明らかだ。胸部にあるのなら最初のレギーナの刺突やミカエラの[氷柱]でもっとダメージを与えられていたはずである。

「ということは、やっぱり腹部……!」
「さあて、それはどうかのう?」

 疲労困憊しつつ、それでもレギーナの目からは光が失われない。対して血鬼は変わらずに余裕綽々である。霊核を守り抜ける自信があるのだろう。

「じゃが、そろそろ飽きてきたのう」

 血鬼の纏う空気が変わる。

「当代の勇者のことじゃし、ここらで終わりにするとしよう」

 目に残忍な光を湛えて、血鬼がニイッと嗤った。





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