213 / 326
第四章【騒乱のアナトリア】
4-61.激闘
しおりを挟む挟み撃ちされた。
前から振り下ろされる鉤爪を迎撃しつつも、背後に迫る気配を鋭敏に感じ取ってレギーナは内心で舌打ちした。これほど接近されるまで気付かなかったのは濃密にまとわりつく瘴気のせいだが、それでも不覚には違いない。
今少し早く気付けていれば、躱すなり両撃するなりどうとでも対処できたが、タイミング的にもはやどちらかしか迎え撃てない。こうなればもう後方からの奇襲は展開している防御魔術に委ねるしかないが、おそらく前も後ろも黒幕の眷属だろう。となると防ぎきれるか心許ない。
最悪、致命傷さえ防げれば何とかなるだろう。親友の叫び声も聞こえたから彼女は気付いているし、もしも防御魔術を破られるようなら一時的にせよ戦線離脱するのは避けられないが、あとは彼女に任せるしかない。
刹那のうちにそこまで覚悟を決めたというのに、背後からの痛撃はついに訪れなかった。レギーナは振り下ろされる鉤爪をかろうじてドゥリンダナで受け止め、弾き返しざまに“開放”して敵の全身を斬り刻んだ。
眷属と思しき敵は断末魔の叫びすら上げられず、そのままクレアの浄化の炎で消滅していった。
「えっ」
そしてそのまま止まることなく振り返った彼女が見たのは、自分に背を向けて背後に割り込んだアルベルトの姿だった。その右腕が動いたのは、得物の片手剣を敵の身体から引き抜いたからだ。次いで左腕が動き、彼の影に隠れていた敵の姿が押されて崩れ落ちる。
祭官長のサメートンだった。敵の黒幕がその身から抜けて、すっかり亡き骸が転がっているだけだと思って油断していたが、要するに身体を乗っ取られた際に眷属に堕とされていたのだろう。
サメートンは心臓を一突きされ、完全に事切れていた。元が人間だったから、心臓を破壊されれば物理的にも活動できないということなのだろう。
「間に合って良かったよ」
立ち上がり、振り返りながらアルベルトが笑う。
「あ、ありがとう。その、助かったわ」
勇者らしからぬ失態を見せたという気恥ずかしさもあり、やや顔を背けながらもきちんとレギーナは礼を言った。大国エトルリアの王女でもあり、いつもは少々傍若無人なところもある彼女だが、助けられておいて礼も言えぬほど傲慢でもない。
「お礼は後だよ」
だがアルベルトの表情が引き締まる。
「次が来る」
「⸺!分かったわ!」
クレアの[浄炎柱]は相変わらず燃え盛っている。だがその額に玉のような汗がいくつも浮いているところを見ると、維持に苦心しているようだ。魔方陣で強化した上に彼女の持てる全霊力を注ぎ込んだというのに、それでも敵の無効化に対抗するので精一杯なのだろう。
つまりこの先の戦いにクレアの魔術支援は期待できない。それどころか無防備に立ち尽くす彼女を守りつつ戦わねばならない。彼女の[浄炎柱]がもしも無効化されてしまえば、瘴脈という魔力タンクが付いた状態のレギーナと同等以上の強敵に、対抗する手段がどれほど残っているものか。
『消せぬ!消せぬだと!?この儂が、炎を操れるこの儂が!』
黒幕の忌々しげな声が響く。どうやらクレアの方が勝ったようである。
『ええい!かくなる上は⸺』
だが喜びも束の間、黒幕の怒りの籠った声が響いた。
『[焼塵]!』
瘴脈を中心に、炎の波が立ち上がり全方位に向けて拡がってゆく。イリュリアの首都ティルカンの地下通路の奥でクレアが放とうとしてミカエラにキャンセルされた、炎系最強の広範囲殲滅魔術だ。
「吸引⸺」
『なっ……!?』
だがレギーナたちがそれに飲み込まれるよりも早く、クレアの一言とともに炎の波は浄化の炎柱に取り込まれてしまう。
「燃料ありがとう。少し楽になった」
玉の汗を額に浮かべたまま、クレアが口角を上げた。要はどちらも魔術で起こした炎であるため、取り込んでしまえばそのまま魔力に変換されて増強されるのだ。そしてどちらが取り込む側かといえば当然、先ほど無効化の攻防に勝ったクレアの方である。
つまり、黒幕の得意とする炎系の魔術はその一切が無力化されたも同然だ。[浄炎柱]が発動している限り、全て取り込んでしまえるだろう。
『おっ、おのれ!』
「いい加減姿を見せなさいよ。それとも、そのままそこで浄化されたいわけ?」
悔しがる黒幕の声にレギーナが呆れ声で返す。ちょっとした挑発だが、奴が瘴脈から離れればそのぶんクレアの負担も減らせるし、直接攻撃が主体のレギーナ自身が戦いやすくなる。そして何より、瘴脈という無尽蔵に等しい魔力タンクから黒幕を引き離すだけで勝機が増すのだ。
『ククク……良かろう、そこまで言うなら儂が直接相手をしてやろう』
そして黒幕はその挑発に乗った。
「要するに、浄化の炎に焼かれるのが辛くなってきたから早く出て行きたい、ってところかな」
『そこォ!勝手な意訳をするでないわ!』
「あ、図星…」
せっかく格好つけたのに、身も蓋もなく言い当てられて黒幕が激高した。だが結局、炎の柱の中に人影が現れ、そして悠然とその姿を現した。
黒のタキシードの上下に、裏地の真っ赤な黒いマントを身につけた、浅黒い肌の人型の姿。短い髪も闇の色で、人類ならば白いはずの目も漆黒だ。そしてその中に浮かぶ真紅の瞳がレギーナたちを睥睨する。
「なんともまあ、酷い姿ね」
「やかましいわ!」
だがその姿はなんともボロボロだった。タキシードもマントも焼けて穴だらけで、肌が黒いのは表面が焼けただれているせいだ。髪が短いのも焼けてしまったからだろう、縮れて見るも無残な有様だった。
「このくらいはハンデにしといてやろう!すぐに血の海に沈めてやるわ!」
「それはこっちのセリフだわ」
言い終えた瞬間には、レギーナが黒幕の目の前に迫っている。そのまま彼女は肩口に持ち上げたドゥリンダナを敵の胸めがけて突き出した。
「ぐっ……!?」
かろうじて跳躍しその切っ先を逃れた黒幕が顔を歪ませる。胸を押さえているところを見ると、完全には躱しきれなかったのだろう。
「小癪な!」
両手を振り上げれば、それを合図に空間内を無数に飛んでいた蝙蝠たちの大半が黒幕に纏わりつき、その身を隠した。それでようやく視界もクリアになってひと息つけたが、その代わりに蝙蝠の眷属たちを取り込んで黒幕が元の姿に戻っている。
漆黒の艷やかなタキシード。真っ白なシャツに黒い蝶ネクタイ。焼けただれた肌もすっかり綺麗に治って、漆黒のサラサラのロングヘアを靡かせる。一方で漆黒の目と真紅の瞳はそのままだ。
「ふはははは!我こそは誰あろう血鬼⸺」
0
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。
そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。
しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。
そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
於田縫紀
ファンタジー
図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。
その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
最強魔導師エンペラー
ブレイブ
ファンタジー
魔法が当たり前の世界 魔法学園ではF~ZZにランク分けされており かつて実在したZZクラス1位の最強魔導師エンペラー 彼は突然行方不明になった。そして現在 三代目エンペラーはエンペラーであるが 三代目だけは知らぬ秘密があった
バズれアリス ~応援や祈りが力になるので動画配信やってみます!~
富士伸太
ファンタジー
人々の祈りや応援を集めて力に変える『人の聖女』アリスは魔王を倒し世界を守った。だがその功績を妬んだ王から濡れ衣を着せられ、追放刑を受けることとなった。
追放先の迷宮で死が目前に迫ったアリス。しかし偶然そこで地球と繋がる『鏡』を見つけ、異世界の青年、誠(職業レストラン経営)と出会って命を救われる。アリスは誠から食料や物資を援助してもらう日々を過ごしていたが、あるとき「動画配信してみないか?」という誘いを受ける。地球の人々は異世界の光景やアリスの強烈なキャラクターに驚き、動画は凄まじい勢いでバズる。するとなぜかアリスの体に凄まじい魔力が流れ込み……
※小説家になろうでも投稿しています
【朗報】おっさん、異世界配信者になる。~異世界でエルフや龍を助けたらいつの間にかNo1配信者になって、政府がスローライフを許してくれません~
KAZU
ファンタジー
おっさんの俺は会社を辞めた。
そして、日本と門で繋がった異世界で配信者の道を志した。
異世界に渡った俺は、その世界に足を踏み入れた者、全員がもらえる加護をもらうことになる。
身体強化などの人外の力をもらえる神からの加護。
しかし俺がもらった加護は【理解】という意味不明な加護だった。
『俺の加護は……理解? なんですか。それ』
『いえ、わかりません。前例がないので』
外れなのか、チートなのか分からないその加護の力は。
『は、はじめまして。ヘストス村の村長のソンです……あなたなぜ我々と喋れるのですか?』
「……え?」
今だ誰も意思疎通できない、その世界の原住民と呼ばれる、人族やエルフ族、果ては龍に至るまでの彼らの言葉を普通に【理解】できるということだった。
これはそんな俺が異世界で配信者として活躍しながら、時にバズったり、時に世界を救ったりする物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる