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第四章【騒乱のアナトリア】
4-56.因縁の対決
しおりを挟むようやく土埃が落ち着いてきて、敵の姿が視認できるようになる。そこにいたのは⸺
「のほほほほほ!こんな所まで追ってくるとは、やはりそなた、余に惚れておるのじゃろ?」
「なんで性格だけそのまんまなのよ!」
そう。それは紛れもなく皇太子アブドゥラ35歳であった。
「うーんこれ、そのまんまって言うていいとかいな」
ミカエラが半ば呆れたようにボソリと呟く。
それもそのはず、元のままなのは性格のほか、顔と声だけである。
その姿は、異様の一言に尽きた。
腕だけで四本あり、それぞれに細身の新月刀を構えている。上半身は弛みきった元の姿とは似ても似つかぬ逆三角形で、というかむしろ人の身ではあり得ないほどに筋肉の塊になっている。だがそれに輪をかけて異様なのが下半身で、なんと真っ黒な蜘蛛の姿であった。
そう。人間には躱せないはずのものが躱せたのは、そもそも人間ではなかったからである。
「ふほほ、格好よいじゃろ?」
呆れてものも言えないから黙っているだけだが、どうやらこの男は見惚れていると自惚れたらしい。
「いや、ものすっごい悍ましいわね」
「まあそう照れずとも良い。ふほほ」
「……コイツ、相変わらず自分の都合のいいようにしか聞かないわね……」
テンションの下がりまくったレギーナの姿に、皇后とのお茶会から逃げ帰ってきた直後の、瀕死(精神的に)だった彼女の姿が脳裏に蘇る。あーコレの相手したけんあげんやられとったんや、と今更ながら実感するミカエラである。
「ばってんまあ、それはそれとして」
ミカエラが右掌を向けると、皇太子の身体を幾重にも青白い光の環が取り囲む。青属性の[拘束]である。
「ふほ?」
締め付けてくる光の環に皇太子が気付いた。そしてその時にはもう、跳び上がったレギーナが上空からドゥリンダナを振り下ろしている。
皇太子は蜘蛛の身体の敏捷性でそれを躱そうとして、そのまま躓いて転んだ。ヴィオレが黒属性の[捕掴]を発動させて地面から土くれの手を生やし、蜘蛛の脚の一本を掴んでいたからだ。
「ぬふぉ!?」
そして無様に転んだ皇太子の蜘蛛の身体に、ドゥリンダナが深々と突き刺さった。
「!?[水流]っ!」
瞬間、何かを察知したミカエラが術式を発動させた。ほぼ同時に蜘蛛の身体から猛烈な勢いで瘴気が噴き出し、レギーナを包み込む⸺寸前でミカエラの術式によって受け流された。
レギーナはレギーナで動じることなく瞬時に態勢を立て直して、蜘蛛の身体から離れる。
皇太子の身体はしばらく瘴気の真っ黒な煙に包まれていたが、それがやがて晴れてくると⸺
「…………あんた、なによそれ」
「ふほほ、そう見惚れるでないわ。まあ見たいのならば見せてやらんでもないがの」
そこにいたのは……まあ皇太子なのだが、蜘蛛の下半身など欠片も見当たらず、代わりにそこにあったのは真っ黒な蜈蚣の身体だったのだ。
ちなみに、いつの間にか[拘束]も消えてしまっている。
「その身体……瘴気で出来とるんやな」
忌々しそうにミカエラが呟く。
だとすれば瘴気の充満するこのダンジョン内で、皇太子を倒すのは難しいかも知れない。
レギーナが油断なくドゥリンダナを構えつつ、蜘蛛改め蜈蚣の下半身となった皇太子から距離を取る。
「ふほほ、そんなに遠慮せずともよい。もそっと近う寄れ」
気味の悪い笑みを浮かべながら皇太子がにじり寄るが、レギーナが従うはずもない。
その顔は嫌悪に歪んではいるものの、冷静さまでは失ってはいない。
「冗談じゃないわ……って言いたいとこだけど、私の手に何があるか分かってて言ってるなら、大した度胸よね」
「のほほ、当たらなければどうという事もないわ」
「あっそ」
短く返すが早いか、レギーナは持ち前の瞬発力で一気に間合いを詰める。それを見て皇太子も躱そうとするが、レギーナのほうが速かった。
「んほぉ~!?」
蜈蚣の身体にまともに斬りつけられて、筋肉ダルマの上半身がのけ反る。すぐに手にした新月刀で反撃してくるが、その時にはもうレギーナは離脱している。
なお、この状況でもレギーナはまだドゥリンダナを“開放”していない。していないのに攻撃がヒットしたのは、単に皇太子の蜈蚣の身体が蜘蛛の身体よりスピードが落ちているからだ。いや蜈蚣の身体も充分速いのだが、蜘蛛の時はレギーナに匹敵するほどの敏捷性だったのだからどうしても見劣りする。
「ぬぐ、これはいかん。これはダメじゃ」
皇太子が身をよじる。すると斬りつけられた蜈蚣の身体から再び瘴気が噴出して、皇太子の身体を包む。
「[浄化]⸺」
そんな皇太子を尻目にクレアが詠唱とともに魔術を発動させた。[浄化]の術式は赤属性の加護魔術で、炎の持つ浄化の能力を凝縮した対瘴気の定番魔術である。
「ほんならウチは[清浄]ば」
そしてミカエラも術式を展開する。[清浄]の術式は青属性の加護魔術で、怪我や病気の患部を消毒したり汚れた衣類や身体を清めたりするのに用いられるが、瘴気に冒されたものに対して瘴気を払うためにも用いられる。使い勝手のいい、便利な術式だ。
「じゃ、俺は[破邪]かな」
すると、なんとアルベルトまで術式を展開し始めたではないか。[破邪]は白属性の加護魔術で、名の通り邪なものを破り払う、これも対瘴気の定番魔術である。
「[付与]⸺」
そして三人がかけた術式がクレアの[付与]によって、それぞれドゥリンダナの刃に向かい、その剣身が赤と青と白の光を帯びる。
「おろ?おいちゃん白加護やったったい」
「言ってなかったっけ?そうなんだよ、ユーリと同じでね」
「え、じゃあそれって」
「うん。ユーリに習ったものだよ」
これもか、と思ったのはレギーナもミカエラも同じである。
ユーリとは同じパーティを立ち上げた仲間だからある意味当然だが、ユーリだけでなくあのマリアも彼に対しては全面的な信頼を向けていたし助力を惜しまない姿勢だった。彼が脱退後に加入したマスタングとも面識があるという話だったし、この分だと何かしらの術式の手ほどきを受けていても不思議はない。
そして第四層で見せた“発勁”という不思議な技。西方世界ではもちろん馴染みのない技だが、おそらく東方世界においてもそうメジャーな技ではないだろう。だってありふれた技なら、西方世界にいても噂話くらいは流れてくるはずだ。しかも彼が習ったという師匠は対人用のその技をどんな相手にも放てるほどの達人だという。
この人の人脈は、一体どこまで広がっているのだろうか。先々代勇者であるロイやその盟友でもあるザラックでさえ彼のことを気にかけていたし、状況証拠だけだがアルヴァイオンの〈賢者の学院〉にいるバーブラさえも彼を知っていそうだ。
そして今、彼は蒼薔薇騎士団と知り合い、こうして行動を共にしている。それだけでなくレギーナもミカエラも彼のことは仲間意識を持つほどになっているし、クレアに至っては父と呼ぶほど気に入っているのだ。
(この人自身はそう大したことはないけど)
(こん人の周りって、世界最強クラスの人らが集まっとるとやなかろうか)
彼の周りを取り巻く人材の層の厚さに、ちょっとだけ慄いてしまうレギーナとミカエラである。
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