上 下
207 / 321
第四章【騒乱のアナトリア】

4-55.ダンジョン第九層

しおりを挟む


 レギーナたちは第九層へと降り立った。

 ちなみにここまで、階層を降りるための階段などあるわけがないので当然全て第一層の時と同じように飛び降り、あるいは魔術を用いて降りている。幸いというか、階層の深さは第一層が一番深かったため、それ以降はアルベルトでも飛び降りることが可能であった。
 まあそれでも、中年冒険者にはなかなか骨の折れる行為ではあったが。

「ぐっ、膝が…………いたたたたた」
「なによもう、これくらいでいちいち痛がって」
「いやそうは言うけどねレギーナさん。俺ももうそんなに若くないから……」

 自分で言ってて悲しくなるが、若い人たちには勝てないと認めざるを得ないアルベルトである。
 ちなみに痛みだけを消せるような便利な魔術はない。魔術というものは万能の力ではないのである。

「さあ、サクッと踏破して最下層に行くわよ!」

「待って」

 ここまでほとんど戦い詰めながらも微塵も疲れを感じさせず、意気揚々と歩み出そうとするレギーナに、ヴィオレがストップをかけた。

「なによヴィオレ」
「落とし穴があるわね。辺り一面に」

 今彼女たちが立っているのは前後に延びる通路。と言っても見た目はただの洞窟である。壁も床も天井も土や岩が剥き出しで、普通なら罠なんて仕掛けようもない場所である。
 実際、できたばかりのダンジョンということで、ここまで罠らしい罠は中層階までしか存在しなかった。それも魔物が自己の能力で作ったものか、魔術や道具をを扱える知能系の魔物が仕掛けた簡易的なものしかなかったのだが。

「落とし穴ねえ。かかったらっちゅうわけたい」

 そこらじゅうに仕掛けられて、レギーナたちの目でも見分けのつかない精巧な落とし穴。そんなものを仕掛けた存在がいるとすれば、まず黒幕に違いなかろう。

「どうする?掛かってもいいけど」

 黒幕が仕掛けたのなら、わざわざ目の前までしてくれているのかも知れない。逆にレギーナたちが攻めてくるのを承知の上で、勇者でさえ太刀打ち困難な死の罠デストラップで仕留めようとしているのかも。

「オススメはしないわね。がどうなってるのか、それが分からないことにはね」
「そやねえ。敵さんの思惑にホイホイ乗るともちぃと面白おもしんないたいねえ」
「じゃ、回避しましょ」

 ということで各自[浮遊]を詠唱して回避することになった……のだが。

「ええと、悪いけど誰か[浮遊]かけてくれないかな」
「は?おいちゃん覚えとらんとてないの?」
「覚えてたらここまで飛び降りたりしてないんだよね」

 言われてみれば、確かにアルベルトは階層移動は全て飛び降りていた。戦績からしても当然の身体能力だと思っていたから誰も何も気にしていなかったが、そういえば着地の衝撃を相殺しきれずに痛がっていたことに、今さらながら気付いたミカエラたちである。
 ということでクレアが[浮遊]をかけてやり、落とし穴の罠を問題なく回避した一行は九層の奥へと歩みを進めた。


 第九層の出現魔物モンスターは、八層のそれとほとんど変わらなかった。ということはやはりマリーが推定したように“凄腕ブラック”か、もしくはレギーナが想定したように“達人シルバー”かといったあたりがこのダンジョンのということになる。
 そうなると蒼薔薇騎士団にとっては、黒幕たち以外に難敵は存在しないということになる。
 だが一方で。

「なーんか、手応えがないのよね」
「ほんなこっちゃ。なんかしらなにかしら待ち伏せしとったっちゃ良さそうなモンばってん」
「その暇がなかった、なんてことは無いはずなのよね」

 そう。勇者パーティにとっては脅威にもならないダンジョンなのだ。この先に黒幕が待ち受けているのは確定として、普通なら彼女たちがそこに辿り着くまでに少しでも消耗させておこうと考えるはずなのに。
 まあ、マリーの想定した敵ランクよりは確かに高めではあったから、多少なりとも難易度が上がっているのは間違いない。だがその程度で勇者に対する備えが足りていると考えているのなら、舐められるにも程がある。

 つまりは、この九層には勇者を追い詰めるだけのがあるはずなのだ。それが何なのかは分からないが、降下直後の罠の出迎えといい、何か仕掛けられているのは間違いないだろう。


 それでも一行は、ここまでと同様に出くわす魔物たちを殲滅して回った。前衛もレギーナだけでなくミカエラが前に出て、アルベルトもクレアの魔術のサポートのため盾役を務めた。

「……ちょっと待って」

 とある通路の途中で、ヴィオレが声を上げた。

「なあに、ヴィオレ」
「隠し扉を見つけたわ」

 ヴィオレが指さしたのは通路の少し先、具体的には2ニフ3.2mほど先の右壁。見た目にはなんら変わりない土壁だが、ヴィオレにはわずかな違和感が見えるのだろう。

「おそらく、ちょうど真横まで来たら強襲をかけるつもりのようね」
「…………あー、るねえ」

 ミカエラの言葉で[感知]を試みると、確かに壁の向こうに人間大の魔力マナの塊が感知できる。だがその魔力が問題だった。

「んー、こらぁばい」
「うわあ、これ間違いないよね」
「うん。瘴気…」

 そもそもダンジョンの中というのは瘴気が充満しているものだが、それでも人体に直ちに影響が出るというほどのものでもない。影響が出始めるのは早くて数週、危険とされる目安は10週つまり約3ヶ月間の連続逗留である。
 だがその壁の向こうにいるは、言ってしまえばであった。とてもではないが、このダンジョンの存在が発覚してからの短時間で身に取り込める量ではない。

「……どうなの?それ、なの?」
「んー、普通に考えれば魔族としか思えんばってんが」

 それほど濃密な瘴気の塊である。もし仮にそこにいるのが皇太子アイツだったとしても、もはやそれは人間ではない。

「……ま、いいわ。じゃあ斬っていい?」
「その前に、防御魔術かけ直しとこうかね」

 全員が手早く詠唱して、発動レベルを上げて防御魔術をかけ直す。普段は魔力消費を考えて一般的なレベル、つまりレベル3から4程度しか発動させていないが、蒼薔薇騎士団の全員が3種ともレベル6で再発動させた。なおアルベルトは3種いっぺんには発動させられないので[物理防御ブロック]と[魔術防御バリア]だけで、レベルは4止まりである。
 それだけでなく、彼女たちは瘴気に対抗するための準備と詠唱を手早く行ってゆく。


 もろもろの準備が整い、互いに頷き合ってから、レギーナがスッとドゥリンダナを上段に構えて、そして問題の壁目掛けて振り下ろした。

「[飛斬スラッシュ]」

 ドゥリンダナから斬撃が飛び、激しい轟音と土埃を上げて壁が崩れる。その向こうに動く影を見止めて、「来るわよ!」とレギーナが叫ぶ。

 は、無言のままレギーナに向かって突進してきた。

「くっ!」

 敏捷性においては他の追随を許さないレギーナでさえ躱すので手一杯になるほど、それは速かった。

「あらぁ~、こっちが先制したはずんとなんばってんだけどねえ」
「[光線]⸺」

 やや唖然とするミカエラの横から、クレアが単体攻撃魔術を放つ。かつてミカエラの胸を撃ち抜いた、人間の反応速度では躱しようのない魔術だ。
 だがそれは、いとも簡単に避けてみせた。

「うわなんか傷付くっちゃけど」

 それを見て、ミカエラがいじけたような声を出すが、誰もそれに構っている暇はない。
 敵が、[光線]を躱して移動するその先を予測して動いたレギーナが、ドゥリンダナを一閃した。

 キィン、と甲高い刃鳴り音。
 敵は、レギーナのその動きにさえ対応してみせたのだ。

 ようやく土埃が落ち着いてきて、敵の姿が視認できるようになる。そこにいたのは⸺





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

ああああ
恋愛
クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

処理中です...