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第四章【騒乱のアナトリア】

4-54.最下層に待つもの

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 一行は六層から七層に入り、そして八層へと降り立った。八層ではついに単眼巨人キュクロプス氷狼フェンリルが現れ始めて、クレアが参戦を始めた。こうなるとアルベルトの出番などほぼ皆無だ。

「いやあ、改めてみんな凄いよねえ」
こげなんこんなのウチら普通やけどね。⸺あ、今度、おいちゃんにも良か剣ばうちゃあけん。楽しみにしとき」
「えっ?いや俺はいいよ、相棒コイツがあるから」
「普段はそれでも良かろうばってんが、封印の洞窟でそげなんそんなこと言っとれんめーもん。さっきの闇鬼人族ダークオーガだっちゃ、武器さえちごうたらもっとやれたやん?」

 そう言われると、確かにその通りなので言い返せなくなる。

「ん……まあ、それはそうだね」
「やけんうちゃあけん」
「じゃあさ、リ・カルンの王都アスパード・ダナに着いてからお願いしようかな」
「よかけど、なんか目当てでもあるん?」

「あっちには色々と思い入れもあるし、西方こっちでは買えない物も色々あるからね」

 そう言ったアルベルトの目が、思いを馳せるように遠くを見ているようで、ミカエラは少しだけ目を瞠った。よく分からないが、少なくともまだまだ小娘の自分には想像もつかない彼の人生が、少しだけ垣間見えたような気がした。
 そんな彼の表情につい見とれてしまっていることに、ミカエラ自身は気付いていない。

「……人が戦ってる時に、なんでちょっといい雰囲気になってるのよ」
「ひめ。邪魔しちゃダメだよ…」
「邪魔なんて別にしてないわよ!?」

 サクッと戦闘を終えたレギーナがそんな彼と彼女を半目で見て、クレアにたしなめられていたりする。

「おろ。知らんに戦闘の終わっとる」
「それはミカエラあんたがおしゃべりに夢中になってるからよ」
「いや別にそこまで夢中にやらなんてなっとりゃせんけどくさ」

 と言いつつも、なんとなくバツが悪くなるミカエラである。

「ところで姫ちゃん、そろそろ“答え合わせ”しとこうや」
「答え合わせ?なんの?」
そらそりゃこの件の黒幕と、この先に待っとる迷宮の主ラスボスくさ」
「⸺ああ。つまり、皇后を、ってことね」

 瘴脈が湧くのはある意味で自然現象である。だからそこに作為はなく、湧いてしまえばその対処をするだけだ。だが湧いた瘴脈を人知れず隠蔽して長年隠し通すことなど、普通に考えれば不可能に近い。
 そして瘴脈の第一発見者が皇后のだ。第一発見者は必ず別にいて、その人物が皇后に報告した以外に皇后が知るわけがないのである。

 皇后が名の知れた魔術師であるというのなら話は別だ。だが対外的に公開されている情報で皇后が魔術をよくするなどという話はなく、皇后が魔術を使用した逸話などもない。

「そう言えば、この瘴脈は人為的に瘴気を集めたものだって言ってたね」
「しかもあの召喚陣のあった空間くさ、ご丁寧に[囲界]と[遮界]が[固定]されとったけんね」

 つまりそれは、範囲を指定し空間を切り取る術式である[囲界]で指定した空間を、外部から覆い隠して隠蔽する術式の[遮界]で隠して、なおかつそれを術式の効果を固着させる[固定]で長期間維持していた、ということだ。

「その上で[召喚]で地中の瘴気を集めて、地下に人為的に瘴脈ができるよう調節されてたよ…」
「そこまで大掛かりな、しかも複雑で複数の術式を用いた魔術なんて、力のある魔術師が集まって“儀式魔術”でも展開しなければ不可能ね」
「要するに、何者かが皇后に、ってことよね」

 要するに最初から人為的に瘴脈を作り、ダンジョンを生成するまで隠蔽するよう皇后に進言した何者かがいるはずなのだ。そして皇后はそれを承認し、自身の権力を使って今まで隠し通してきたわけだ。

「で、その“進言者”が⸺」

 ミカエラがそこで言葉を切って、足元を見る。

「最下層にいるだろう、ってことね」

 レギーナもそう言って足元を見た。自然と、全員の目が足元に、まだ見えぬ最下層に向く。

「ほんで、おそらくには2人おると思うっちゃんね」
「ふたり?」

 怪訝そうにそう言ってミカエラを見たレギーナの顔が、一拍遅れてみるみる唖然としてゆく。

「え、まさかそれ⸺」
「だってようとよく考えてごらんが姿の見えんっちゃけん、そげそう思う考えるとが自然やん?」

「あんな奴が何人いたところで⸺いえ、違うわね」

 一笑に付そうとしたレギーナの動きが止まる。

「そうったい。黒幕の魔術師と一緒におる、そのはずなんよね。⸺ちゅうことはくさていうことはよ

 ミカエラの表情が一気に険しくなった。

「人為的に瘴脈を、ダンジョンを作ってまで魔物を増やし、それを勇者に率いさせようとした……」

 そんな非人道的な考え方のできる存在が、手元にやってきた人間を

 レギーナとミカエラは互いに顔を見合わせて、そしてため息をついた。予想が間違っていなければ、自分たちはこれから見たくもない悍ましいモノを見させられ、をやらされるハメになるのだ。
 だがそうも言っていられない。最下層に誰が待ち受けていようと、倒さないことにはダンジョンを制圧できないのだ。制圧できなければ依頼達成できないし、制圧できないということは黒幕の企みを放置して継続させてしまう事と同義である。

「この屈辱、絶対に忘れないわ」

 そう呟くレギーナの目には、見せたこともないほど強い怒りの感情が籠っていた。それを慰め鎮めてやれる者など、この場には誰ひとり居なかった。





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