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第四章【騒乱のアナトリア】
4-48.その二つ名は
しおりを挟む新たに生成されたばかりのダンジョンの第一階層には、降りるための階段など当然あるはずもない。そういったものは出入りがしやすいように、後から人の手で造るのが普通である。
だから入口はまだ、ぽっかりと奈落のように口を開けているだけだ。覗くと闇しか見えず、どこまで深いものやら予測もつかない。
「じゃ、降りましょっか」
「いいけど、飛び降りるつもりかい?」
「まさか。ちゃんと連れてってあげるわよ」
レギーナはそう言うと、詠唱して[空舞]を発動させた。
「あなたも[感知]は使えるのよね?だったら⸺ほら、ここ。視えるでしょう?」
そう言って彼女は穴の中に足を踏み出す。もちろんそこには不可視の足場が形成されているので、彼女が落ちることはない。
「⸺ああ、結構広い足場になってるんだね」
「足場の広さは詠唱で変えられるのよ。とりあえず三人が乗れればいいわけだし、そのつもりで作っておいたから」
ということでレギーナは自分の隣にアルベルトとクレアが乗ったのを確認してから、次の一歩を踏み出す。[感知]で確認しながらふたりがその後に続く。そうして彼女たちはどんどん穴の中を降りて行った。
途中でアルベルトが[光球]を発動し、暗がりだった穴の中が照らされ視界が開けた。入口から一層の床面までおよそ5ニフ、今三人がいるのはそのちょうど中間といったところだろうか。
穴の周囲、壁面になっている土壁にツタのような植物が這っているのが見える。それを伝い、土壁に上手く足場を見つけながら、人型の魔物たちが何体も壁をよじ登っている。
「あー、それで上は人型のばっかりだったわけね」
「処す…?」
「そうね、片付けておきましょっか」
気安くレギーナが承知して、クレアが[豪火球]で炎の塊をいくつも飛ばして全て焼き落とした。これでしばらくは、上に攻め上がられる事はないだろう。
「下から飛んできたね」
と思ったら、今度はアルベルトが警戒の声を上げた。どうやら今度は飛行型の鶏蛇などが飛んできたようだ。もちろん、それもクレアが全部焼き落とす。
さすがにまだ第一層なので、魔物たちも相応に弱い雑魚ばかりだ。クレアの[豪火球]では完全に火力過多だったが、術式ひとつで出せる火球の数が違うので、この場合はこれで正解である。
クレアは第一層の地表にいる雑魚たちもそのまま[豪火球]で焼き払って、それで三人は無人の焼け野原に降り立った。
「姫ちゃあん」
とそこへ、上方から声がかかる。確かめるまでもなくミカエラの声だ。
「今そっち行くけん」
と声が続いて、アルベルトが返事しようと顔を上げるとレギーナに襟首を引っ張られた。
「えっちょっレギ」
「場所空けなさいよ」
「えっ」
ヒュッ、スタッ。
問い質す間もなく衣のはためく音と、次いで何かの着地音。
「そういやおいちゃんには言うとらんやったばいね」
そこには、朗らかに笑うミカエラが何事もなかったかのようにジャンプしていた。その仕草から察するに、落下の衝撃を膝のバネだけで吸収したのだろう。
「ウチらこんぐらいの高さやったら飛び降りれるとよね」
「えっ…………あっ、そうなんだ」
法術師のくせに身体能力高すぎではないだろうかこの娘は。いくら[光球]で底が見えているからといっても、アルベルトでさえそんなに気安く飛び降りようとは思わない高さなのに。
「まあ私とミカエラはね。クレアとヴィオレは普通に[浮遊]使って降りるけど」
と肩をすくめるレギーナの隣に、今度はふわりとヴィオレが降りてきた。彼女も装備を整えて準備万端である。
「ばってん、クレアの魔力は攻撃魔術の方さい残さしてやりたかけんね」
つまりレギーナがわざわざ[空舞]を使ったのは、アルベルトへの気遣いではなくクレアに余計な魔術を使わせないためであったわけだ。そしてミカエラも魔力を回復系の魔術に温存するためにわざと飛び降りたと、そういうわけであった。
「ミカエラ、封印の方はもういいわけ?」
「まだ簡易的なモンしか張っとらんばってん、神殿の増援の来たけん任せてきたたい」
「そう。ならいいわね」
「で。⸺おうおう、出来たばっかりのダンジョンにしちゃあまあまあ居るごたんね」
会話しながら[感知]を唱えたのだろうミカエラが、キョロキョロと周囲を見渡す。
「どっちが多そう?」
「あっちやね」
「見たところ、罠はないわね」
「じゃ、行きましょっか」
いやいやサクサク進みすぎである。しかも敵が多い方へ行こうとするのはセオリーからすれば有り得ない。
「えっ敵の多い方へ行くのかい?」
「なんでよ。このダンジョンは封印するんだから、私たちのやることは殲滅よ?敵から逃げてどうするの?」
なるほど、通常のダンジョンアタックとは根本から考え方が違っていたようです。さすがは勇者パーティ。
というか、そんなの勇者パーティにしかできませんよ多分。
「ちなみにやけど、こげんしてわざわざ言うとはおいちゃんのおるけんやけんね?」
「そうね。いつもならいちいち言わないわね」
「そ……そうなんだ」
もはや苦笑いしか出ないアルベルトである。
というかこれ、アルベルト来る意味あった?
「心配しなくても、あなたの出番もちゃんとあるわよ。前衛の枚数が多くなれば、その分クレアが楽できるんだから」
「あー、そうか、そうだね。じゃあ頑張るよ」
「即死以外やったらすぐ治しちゃあけん、多少無茶したっちゃ構わんばい?」
出来ればそれは願い下げたいアルベルトである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ということで一行はサクサクと第一層を殲滅して回った。ぶっちゃけアルベルトの出番など無かった。
ほとんどの敵が、レギーナが“開放”もなしにドゥリンダナを振り回すだけで、いともあっけなく絶命していった。
「うーん、久々に身体動かすとやっぱり気持ちいいわね!」
「5層ぐらいまで任しとってよかやろか」
「7層くらいまではイケそうじゃない?」
いやいや、本当にアルベルトの存在意義が。
「いやさすがにウチにもちぃとなと残しちゃりぃよ」
いやだからアルベルトの(以下略)。
ていうかミカエラさんに残すってどういうこと!?
「あー、これもおいちゃんには言うとらんやったばいね」
ミカエラが苦笑し、何やら口の中で詠唱した。すると、彼女が何故か装備している手甲がいきなり魔力の炎に包まれたではないか。
それも、右手には青い炎、左手には赤い炎が。
「ウチは戦棍でも戦えるばってくさ、本当に得意なんはコレなんよね」
ミカエラはそう言って、炎に包まれた左掌に右の拳を叩きつけた。パシ、と小気味よい音が鳴る。
「それで、付いた二つ名が“二色の拳聖”…」
「ウチあんまそれ気に入っとらんっちゃばってんね」
「でも事実じゃない。青と赤の二色の加護持ちで、両手でそれぞれ魔術を放てる稀有な存在のくせに」
「まあそうばってん」
そう。つまりミカエラは青加護と赤加護をほぼ均等に持つ、珍しい二色の加護持ちの娘である。僅かに青加護のほうが優勢なので普段は青加護として活動しているが、本人の気持ちひとつで赤加護としても活動が可能なのだ。そしてそれは当然、赤加護の加護魔術も扱えるということを示している。
そして彼女は、その二つの加護を存分に使いこなすために訓練を重ねた、後天的な両利きでもある。なので彼女の戦闘スタイルは、両拳に青と赤の魔力を纏わせて敵を殴り飛ばす肉弾戦闘だったりするのだ。
「だから“拳聖”…」
「いや繰り返さんでちゃよかろうもん」
「“賢聖”じゃないんだ……」
そう。誤字ではないのです。
「ちなみに[氷剣]と[炎剣]で二刀流もしっきーばい?」
いや聞いてないし。
てかホントに規格外過ぎんかこの娘。
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