【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

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第四章【騒乱のアナトリア】

4-47.攻略開始

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 降りた先は、確かに大きく開けた空間になっていた。だがそこは人為的に掘ったものではなく、壁も床も天井も土や岩がむき出しの、自然の洞窟と呼べる場所だった。人為的なのは降りてきた階段と、その周囲の補強された壁だけである。
 ただその広間の床面はある程度ならされていて、その一面に魔術陣の痕跡がある。

「まちがいないよ、[召喚]の魔術陣。[方陣]と[固定]も組まれてる」

 一瞥してクレアが陣の術式を見抜く。[方陣]が組み込まれているということは、ただの魔術陣ではなく強化済みのということだ。

「[方陣]に[固定]て。なら隠しとった間ずっと瘴気ば喚び込んどったっちゅうことかな

 呆れとため息を隠そうともせずにミカエラが吐き捨て、目線を奥へと向けた。その先にあるのは夥しい瘴気を立ち昇らせる瘴脈、というよりと、その周りに湧き出る魔物たち、そしてそれを囲む騎士の一団。

「副団長!これキリがないですぜ!」
「口じゃなくて手ぇ動かせ!もうすぐ勇者様がっからよ!」
「やってますよ!でももうたねえっすよ!」

 何やら言い合っているが、辛うじて抑えているといった雰囲気だ。その証拠に皆ボロボロで、無傷の者などひとりも居なさそうだ。

「クッ……!俺は、俺はここを生きて還ってあの娘にプロポーズするんだぁ!」
「おいバカやめろ、フラグ立てんな!」

 …………いや、意外と余裕あるのかも知れない。

「じゃ、ミカエラは封印の準備をやってちょうだい。範囲は……そうね、この広場全域ってところかしら」
「それが良かろうね。封印内の空間も必要やし」
「じゃあ、ミカが終わるまで第七騎士団あれと交代して足留めすればいい?」
「そうね、三人いれば何とでもなるでしょ」
「えっ、俺も?」

 当たり前でしょアルベルトくん。

「さ、行くわよ!」

 そしてレギーナがアルベルトを待たずに走り出している。

「待たせたわね!後はもう任せて下がりなさい!」

 そう叫んで魔物の群れに踊り込んだレギーナがドゥリンダナを一閃すると、それだけで数十は見えていた魔物たちがまとめて壁際まで吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされただけでなく手足は千切れ、胴は真っ二つ、頭はかち割られて大半が絶命している。

「うぉわ、なんっ………は?」
「お、おい、今何が…………?」
「おい女、いきなり飛び込みやがって危ねえぞ!」

「いやいや副長、あれ勇者様だから」
「「「「「は?……え!? 」」」」」

 唖然とする騎士たちのなか、やっと現れた勇者レギーナにひとり安堵するアルタンである。だが他の団員たちはレギーナとは初対面なので驚きを隠せない。

「いやあ助かりました勇者様。ぶっちゃけもうヤバかったっすわ」
「あなたね、戦えるって言うから任せたのに。人型なんてほとんど低ランクなのに、こんなのに苦戦してたら最下層まで降りれないわよ」
「いやいや、突入するのは勇者様にお任せしますよ~」

 親しげに話し出す上司アルタンと、ぶっきらぼうながらも答えを返す姫騎士ゆうしゃを見て、騎士たちは唖然とするばかり。
 えっが?こんな若いが勇者なの?

「気持ちは分かりますけど、間違いなく勇者様ですよ。実力も今見た通りで」

 そんな騎士たちに苦笑しつつアルベルトが声をかけ、

「ちょっとそこ!また何か失礼なこと言ってるでしょ!」

 すかさずレギーナにツッコまれている。

 アルベルトとは先ほどまで一層上の皇城の最下層でも一緒だったので、第七の騎士たちも当然顔を覚えている。副団長アルタンだけでなく勇者の従者である彼までこの妙齢の美女をそう言う、ということは……

「えっ本物……?」
「うわマジか……」
「ていうかすっげぇ美人じゃん……」
「なんだっけ…………ああそう、“姫騎士勇者”!」
「「「「それな!」」」」
「強くて可愛いとか、やだなにそれ」
「「「「惚れんな! 」」」」

 どうも第七の騎士たちは大変仲がよろしいようです。

 と、騎士たちがわちゃわちゃやっている間にも、ダンジョンからは新たな魔物たちが顔を出し始めている。
 腹だけ膨れた痩せこけた小さな体躯と緑色の皮膚で襤褸ボロ布を腰に巻き、額に短い一本の角を生やした“小鬼ゴブリン”。
 ドワーフのようなずんぐりした体形に粗末な鎧をまとった、潰れた醜い顔の“醜人オーク”。
 人間アースリングと変わらぬ体躯に薄汚れて黒ずんだ褐色の皮膚に額には短い2本角、これまた粗末な鎧と武器で身を固めた“醜鬼ホブゴブリン”。 
 さらには闇に堕ちたエルフの成れの果てとも言われる、暗褐色の肌に痩身で美貌の“闇妖精ダークエルフ”までもが姿を現した。
 その他にも顎から飛び出るほど長く醜い牙を生やした“牙狼ファングウルフ”、朝鳴鳥の姿に蛇の尾を持つ“鶏蛇コカトリス”、横に膨らんだ頭部に王冠のような真っ赤な鶏冠とさかを生やした小さな蛇“王蛇バジリスク”などがわらわらと湧いてくる。

「げっ、新手だ」
「マジかよ、もう動けねーぞ」
「おい誰か増援を、」

「[豪火球]⸺」

 敵の新手に浮足立つ第七騎士団の騎士たちが、ダンジョン入口から一歩後ずさったその時。何とも場にそぐわない可愛らしい声で、とんでもない術式名が聞こえた。と同時に、直径50デジ約1mはあろうかという巨大な炎の塊が、湧き出して来る魔物たちに次々と襲いかかった。
 巨大な火球は3つ、4つ、6つ、8つと次々と飛んでいき、さらに膨大な熱量を感じて振り返ると、そこにはまだいくつも同じサイズの火球を浮かせたクレアが立っている。
 そしてその火球が飛んでいくたびに、地底から這い出て来た魔物たちが魔術の炎に巻かれ、灼かれ、次々と灰塵に帰してゆく。

「なっ……」
「ウソだろ…………」
「あんな子供が……」
「⸺そ、そうか、あれが“未完の魔女”」

「その名前、きらい」

「「「「あっスイマセン」」」」
「「「「悪気はないんでカンベンして下さい」」」」

 息を呑む騎士たちがうっかり彼女の二つ名を、クレアがむくれている。
 だがそうこうしているうちに、新手の魔物たちはすっかり丸焦げになっている。闇妖精などは人間以上に魔術に耐性があるはずなのだが、どうやらクレアの術の方が上回っているらしい。

「さ、さすがは勇者パーティ……」
「俺らあんなに頑張ったのに……」

「まあしょうがないですよ。あの人たちって“到達者ハイエスト”とか“達人マスター”とかですからね」
「「「「「あー……」」」」」

 あまりの実力差に打ちひしがれる騎士たちは、アルベルトのフォローでトドメを刺されてしまった。冒険者ランクで話が通じてしまうのは、それだけ普段は冒険者として活動しているメンバーが多いということだ。

「じゃ、ミカエラが簡易結界を張り終えたら突入するから。準備しなさい」

 レギーナがアルベルトに声をかける。当然のように応えを返す彼を見て騎士たちが(やっぱ従者は連れてくんだ……)(ていうか知識はあるけどコイツ戦えんの?)(俺もついて行きたいけど多分死ぬ……)とか様々な感情を浮かべていたが、例によってアルベルトもレギーナも気付かなかった。





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