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第四章【騒乱のアナトリア】
4-45.ダンジョン突入前(2)
しおりを挟むレギーナたち蒼薔薇騎士団は駆け足で居室まで戻ると、可能な限り急いでドレスを脱ぎ、部屋に上げていた装備を整える。念のために、というか最終的に血路を切り開いて皇城を脱出する事までほぼ想定していて、居室に装備一式を持ち込んでいたのだ。
「ウチは別にこんままでも良かっちゃけど」
「その礼装ダメにしたら主祭司徒から怒られるんでしょ?いいから着替えなさいよ」
若干めんどくさそうなミカエラにレギーナがツッコむ。その隣ではクレアがそそくさといつもの漆黒のローブを羽織って三角帽子を被ろうとしている。
三人はすぐに準備を整えて、ちょうどそのタイミングでやって来たスレヤの案内で地下の入り口を目指す。べステたち侍女は部屋の中で待機させて、絶対に外に出ないよう厳命しておいた。
「戦況は?」
「今のところはランクの低い魔獣や魔物が大半ですが、とにかく数が多くて!それに場所も狭いので苦戦してます!」
「マリー、ダンジョンの強度と想定される敵のランクを教えなさい!」
『はいはいレギーナ氏。えー、皇城の地下ダンジョンは生成直後でおよそ10階層と推定、想定される敵ランクは“黒”っすね!』
「凄腕!?じゃああの魔族は何なの!?」
あっさりと倒したようにも見えるが、あの魔族はランク的には“凄腕”どころか“達人”に届きそうな実力の持ち主だとレギーナは感じていた。最初から出し惜しみせずにドゥリンダナを“開放”したのは、実は戦いを長引かせたくなかったからである。
もしあの場でドゥリンダナを携えていなければ、おそらくはそれなりに手こずるハメになっていた事だろう。そうなれば全てが後手に回っていたかも知れなかった。
『あれはおそらく瘴気に惹かれて外からやって来たやつっす!ダンジョン内にはおそらくあのレベルのやつは居ないっすね!』
「ってことは放っといたら外からどんどん集まって来ちゃうってことじゃない!」
『そうなるっすね』
そんなことになったらたちまち城内は阿鼻叫喚の煉獄と化すだろう。そうなる前に、最低でも封印を施さなくてはならない。
大地から瘴気の湧き出る瘴脈は、放っておくとどんどん瘴気を湧き出させ周囲の動植物を汚染していく。そうして魔獣や魔樹、魔花などが発生すると言われている。稀に山奥などで湧いて人知れず時だけが経過した瘴脈があると、それは動植物だけでなく土地そのものを汚染し始める。
そうなるとどうなるか。土地の汚染が一定値を超えると、瘴脈を中心にその地下にダンジョンが発生するのだ。
ダンジョンは最初は数階層から十数階層の低層ダンジョンとして形成され、中には魔獣や魔物が姿を現す。ダンジョンとなってからもさらに放置された場合、階層はどんどん深くなり発生する魔物もランクが跳ね上がっていく。そうして最終的には、ダンジョンそのものが魔王を生み出すのだ。
過去の事例で何度かそうして顕現した魔王が確認されていて、それらは“迷宮王”と通称されている。中でももっとも有名なのは「両刃斧宮の牛魔王」だろうか。牛人族の種族名の語源となった魔王である。
牛人族はその牛魔王に姿形が似ているとしてそう呼ばれるようになったのだが、そのせいで長らく迫害される不遇の時代を過ごしたという。もちろん今は無関係だと周知されていて、牛人族は傭兵や隊商護衛などで人間社会に混じって暮らしている。
「ねえ、瘴脈がどれほど放置されていたか予測はつくかしら?」
『そっすねえ、推測にしかならないっすけど、まあ陰謀と同期間ぐらいの想定はしておく方がいいかも知れんっすね』
「じゃ、警戒するに越したことはないわね」
さすがに皇城地下の発生直後のダンジョンにいきなり魔王が顕現することまではないだろうが、封印され閉じ込められていた瘴気が全て地下に向かっていたと仮定すれば、自ずと警戒度が跳ね上がる。この時点でレギーナは想定敵ランクを“達人”に定めた。
「ダンジョンアタックとか久々やなあ」
「今日中に終わらせるとか、ちょっと大変かも…」
今日中、というか今夜中にである。何しろ明日の朝にはアナトリアは勇者条約批准国から外れてしまうのだから。そうなるとレギーナが勇者としてダンジョンを攻略すること自体ができなくなってしまうため、最低でもダンジョン踏破にメドがつくところまで進めなくてはならないのだ。
そして今日は、もうすでに陽神が沈んでしまった後なのだ。
「⸺ああもう!戻ったらただじゃおかないからね!覚悟しなさいよ皇后ハリーデ!」
悪態をつきながらもレギーナたちは駆ける。
ダンジョン入口のある、地下へ向かって。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【註】
敵ランクは冒険者ランクを流用し、冒険者認識票の色で表すことにします。
これがそのまま、依頼難度の表示に適用されます。
ただし“駆け出し”(危険度ゼロ)は該当なしなので、事実上の最低ランクは“見習い”になります。最高ランクの“頂点”に該当するのは魔王のほか、吸血魔の最高位に位置する血祖だけになります。
“見習い”
“一人前”
“腕利き”
“熟練者”
“凄腕”
“達人”
“到達者”
“頂点”
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