【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

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第四章【騒乱のアナトリア】

4-35.皇国の真の狙い(2)

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 アナトリア皇国は地理的には西方世界に属する国のひとつではあるが、その実一般的なその他の西方の国家とは一線を画する事情がある。表向きには東方世界からの窓口として、いわゆる“西方とも東方とも違う独自の文化”のゆえであると認識されているが、実態は少し違う。

 実はこの国、国土面積がどれほどあるか公表していないのだ。
 知られていないのは主に南側、そこに広がる砂漠地帯の向こうを知る者は、アナトリア国外にはほとんど存在しないのである。

 一応、この国はかつては独立国家ではなく、統一イリシャ帝国、次いで古代ロマヌム帝国の版図であった歴史を持っている。その時代の情報で、現在知られているアナトリア地方の南に広がる砂漠地帯とその先の大洋の存在が知られていて、大まかな地図も残されている。それによれば砂漠地帯は現在のアナトリア地方に倍する面積があり、そこから西側、つまり南海のさらに南方にも陸続きの大地が確認されているのだ。
 だが砂漠地帯より南側は統一イリシャでも古代帝国でも版図に組み入れられたことはなく、そのため西方世界との交流もほとんど無い。そして現在のアナトリア皇国を支配する、第三王朝オスマオウル朝はその砂漠地帯をも領有していると主張している。

「南っかわは確か、アレイビア首長国て言うたかね?」
「ええ。そんな名前の国があるという話よ」

 それは、国名のみがわずかに伝わる一切が謎の国。西方世界ではアナトリア以外に国境を接する国はなく、そのアナトリアが存在を認めていないがためにアレイビアの全てが西方世界には知られていないのだ。
 だがこの広い世界、意外とどんな場所にでも人類のコミュニティはあるものだ。ほとんど交流がなく一般には知られていない、南海のさらに南にある南方世界にも人は暮らしているというし、東方世界の砂漠と草原の広がる中央高原には部族単位で遊牧しつつさすらう民族がいくつもあるという。
 そうした民族が砂漠にだっているのかも知れないし、そこに暮らす民族がいるのなら国家があっても何らおかしなことはない。

「じゃあこの国アナトリアその国アレイビアの存在を隠してるわけ?」
「隠しとるっちゅうか、攻め滅ぼして併合したがっとるらしいばい」
「砂漠の国を?」
「よう分からんばってん、なんか旨味のあるとやろうね」
「“黒水くろみず”の関係ではないかしらね。砂漠地帯は良質な黒水が採掘できるそうだから」

 レギーナたちは詳しくは知らないが、アレイビア首長国は黒水の一大産地である。黒水、つまり火をつけるとよく燃える真っ黒な液体は地下から採掘されるとされていて、魔術を使わない場合の一般的な燃料として広く流通しているが、西方世界では主に北東の帝政ルーシと南東のアナトリア皇国からの輸入にほぼ依存しているのが現状だ。
 要するにアナトリアは、南のアレイビアを征服して黒水の採掘量を確保したがっているわけだ。

「え、じゃあもしかして勇者わたしを確保したがっているのって」
「ええ。自国アナトリアに取り込んだ上で、南方戦線に投入したいのでしょうね」

 ようやく全貌が見えてきた。
 つまりアナトリアは、人の国同士の征服戦争に勇者というを持ち込もうと画策しているのだろう。
 確かに勇者の参戦があれば、一般の兵士など何万集まろうとも物の数ではないだろうし、アナトリアの悲願であるらしき南方征服も容易になるだろう。だがそれはことだ。

「それでか……」

 ミカエラが嘆息する。
 確かにそうした目的のために勇者を確保するつもりならば、勇者に関する国際的な取り決めの情報を国民に隠して教えようとしないのも理解はできる。国民が知っていれば反対や批判が噴出して国家が転覆しかねないからだ。だが知られていなければ上層部の思惑を邪魔されることなく、国家ぐるみの陰謀も成立させやすくなるだろう。
 もちろんアナトリアはルーシのように他国との交流を断っているわけではないから、完全に秘匿はできないだろう。だが勇者に関する取り決めを正しく知る者は限られるだろうし、そうした少数意見は国家権力で圧殺できる。この国は憲法も制定しない絶対帝政の国家であり、皇帝の意向に逆らった上でこの国に留まることは相応に難しいのだ。
 相当に長期間、おそらくは10年以上かけてそうした偏向教育や情報統制を敷き続けて、この国は準備してきたのだろう。だって勇者は定期的に東方へ旅するためにこの国を訪れるのだから、その機会を逃さないためには万全の準備が必要だ。そして今回、ついに勇者レギーナがこの国を訪れたというわけだ。

「それだけじゃないわ」

 ヴィオレがさらに口を開いた。

「どうもね、上層部は『アレイビアが勇者を味方に引き入れようとしている』と噂を流しているみたいなのよねえ」

 もしも万が一にでも宿敵アレイビアが勇者を取り込んでしまえば、アナトリアの南方征服は絶望的になるだろう。だからこそこの国の人々は、西方世界の常識をかなぐり捨ててでも勇者を取り込む挙国一致の企みに邁進したのだろう。
 だがそもそも、西方世界にとってアレイビアは存在するかも分からない未知の国。歴代の勇者でもアレイビアの在ると思われる地に足を踏み入れた者はおらず、情報も伝わらないせいでかの地で魔王が誕生したことがあるかも定かでないのだ。
 つまりアナトリアの懸念は杞憂に過ぎない。というよりはそういう口実で国内世論を誘導したのだろう。

「ちなみに、この件に関して文献資料などは存在しないわ。全ては口頭で、あくまでも証拠を残さない形で長年仕組まれていたことよ」
「だけど勇者わたしが来たことで、陰謀を企んだこの国の上層部が話題にすることが増えた…」
「そう。だから私も情報収集ができたし、実際に勇者の帰属の噂が流れたことで裏付けも取れたわ」
「完っ全にクロやし、アウトっちゅうことやね」


「ミカエラ」
「なん?」
「いつも言ってるアレ、許可するわ」

「おっし。ほんなら遠慮なくかね」
「賛成よ」
「異議なし」

 レギーナはもちろん、ミカエラもヴィオレもクレアでさえも、完全に目が据わった。この時点で、この国の命運は定まったも同然である。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー


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