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第四章【騒乱のアナトリア】
4-21.仕組まれた茶会(1)
しおりを挟む指定された時刻に、レギーナは自分に付いてくれている侍女べステの案内でサロンに顔を出した。
彼女の装いは飾り気の少ないシンプルな蒼色のティードレスに、白い手袋と淡い黄色のカクテルハットを合わせている。蒼色の髪はハーフアップにまとめつつ、ふわりと広がるように背中に多めに垂らしていて、それが細く伸びやかでコルセットなしでも充分に美しいシルエットを保てているウエストを、より際立たせている。
そして胸元には大ぶりな真珠の、中央には真っ黒な縞瑪瑙の大玉をあしらったネックレスを付けていて、いつもの髪留めは後頭部で髪をまとめるのに用いられている。
べステが扉をノックし、来訪を告げる。中から入室を許可する声がかかり、侍女が開く扉をくぐってレギーナはサロンに足を踏み入れた。
窓を大きく取られた採光の良い、サロンの中央に置かれた大きな円形のテーブルには美しい純白のテーブルクロスがかけられているが、その上にはまだ何もない。席は三席用意してあるが、どの椅子も無人だった。
普通はもてなす側の主人が先に席について待っているものだが、とレギーナは心の中だけで首を傾げるものの、サロンに控えていた侍女が案内するままにレギーナは席に着く。指定されたのは窓側の上座ではなく扉側の下座だった。
どうやら、もうすでにどちらが上位なのかのマウント取りが始まっているらしい。
そのまま少し待たされて、予定時刻をやや過ぎたあたりで奥の扉のそばに控えた侍女が「皇后陛下のおなりでございます」と声を上げ、それから扉が開いて皇后ハリーデが入室してきた。
いや奥に居たのなら最初から出てきてなさいよ、それにもう時間過ぎてるんだけど?と内心ツッコみながらも、レギーナは立ち上がって美しい所作で淑女礼を披露する。
「エトルリア王女、勇者レギーナでございます。本日はお招き頂き、大変光栄に存じます」
敢えて「皇后陛下にはご機嫌麗しく」の文言は入れなかった。嫌味にもならないが、いささか意趣返しの気持ちがあるのは否定しないレギーナである。
「アナトリア皇后ハリーデである。よう来てくれた勇者どの。さ、お席に着いてたもれ。妾は堅苦しいのは好かぬ」
頭も下げない皇后は、しずしずと歩を進めて当たり前のように上座へ陣取った。給仕の侍女たちがすでに動き出していて、ケーキスタンドやティーセットを載せたワゴンが運び込まれ、あっという間にお茶の準備が整う。
音も立てずにテキパキと用意する侍女たちは仕事を終えると即座に離れ、壁際に控える。その洗練された所作を見る限り、エトルリアやアルヴァイオンなど西方の大国にも引けを取らない教育がきちんとなされているのが伺えた。
最後にひとり残った年嵩の侍女がティーポットを捧げ持ち、「御前失礼致します」と断ってからハリーデのカップに鮮やかな紅玉色の紅茶を注ぐ。注ぎ音どころか飛沫すら上げないその手腕はなかなか見事だった。
だが薄い磁器のカップが熱で痛まないよう先に斑牛乳を入れるアルヴァイオン式ではない。そのあたりはアナトリアの流行りや流儀があるのかも知れず、だからレギーナも何も言わない。
レギーナの前に用意されたティーカップにも同じように紅茶が注がれ、そしてティーポットをワゴンに片付けた侍女はそのままハリーデの斜め後ろに控えた。どうやら彼女だけは皇后の傍を離れないようだ。
「さて、まずは熱いうちに飲んでたもれ。今日のためにわざわざアルヴァイオンから取り寄せた、最高級の東方産の茶葉じゃ。きっと気に入るであろう」
「まあ。それではお言葉に甘えて頂きますわ」
侍女の毒味はなかった。なかったのに、ハリーデは飲めと言う。もうそれだけで本来ならばアウトだが、レギーナは何食わぬ顔で紅茶に口をつけた。
味そのものは確かに最高級と言ってよい極上の味わい。茶葉はもちろんのこと、淹れ方に熟練の技が感じられた。レギーナもこれでエトルリア王宮の育ちだから最高級の茶葉も熟練の技も飲めば分かるし、一方で勇者として、冒険者として自分たちで不味い茶を淹れた経験もあり、だからものの良し悪しも、一流も三流もすぐ分かる。
そして、紅茶の味の中のごくわずかな違和感も。
「大変美味しゅうございますわ。このお味は、東方ヒンドスタン帝国の、セロン島でしょうか」
「ほう、ご名答じゃ。さすがは勇者どの」
何食わぬ顔でレギーナは産地を言い当て、素知らぬ顔で皇后も肯定する。産地が分かるのは勇者としての経験じゃなくてエトルリア王宮で飲んでたからなんだけど、とは思っても、それをわずかでも晒すほどレギーナも無礼ではない。
そして穏やかに笑みを浮かべたまま、レギーナは二口めを含んだ。そこまで見て、ようやく皇后も自分の紅茶に口をつけた。その口元にわずかに笑みが浮かんでいるのを、レギーナは敢えて無視する。
三段のケーキスタンドには最下段にファラフェルが並んでいる。これは大河沿岸で主に食されるピタと呼ばれる平らに焼いたパンを裂いて袋状に加工したものにひよこ豆や野菜などを詰めたもので、アナトリアでは一般的に軽食として食べられているものだ。二段目には切り分けた焼きプリンや色とりどりの砂糖菓子が並べられ、そして最上段にはマカロンが並んでいる。マカロンはガリオンからの輸入ものだろう。
アルヴァイオンからの茶葉、ガリオンからの菓子、そしてアナトリアで食べられる軽食やケーキ。なんとも統一感がないが、皇后が平然としているところを見るとこれが一般的なのだろう。
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