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第四章【騒乱のアナトリア】

4-10.マトモなのもいるじゃない

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「あなたたちの無礼の数々、アンキューラに着いたら全部皇帝陛下にお伝えしてあげるわ」
「ヒィ!?」
「そそそ、そんな!?」
「それにしても皇帝陛下の名代にこんな侮辱を受けるなんて思わなかったわ。これって私が勇者としてだけでなく、エトルリア王女としてもってことよね」
「へへへ陛下は関係がなくっ!」
「ゆゆゆ勇者様を侮ってなどっ!」
「ねえ、アナトリアってエトルリアにのよね?」
「ちちち、違いまっ!?」
「ごごご誤解でっ!?」
「それでもまだ、アンキューラまで行きたいの?」
「めめめ滅相もない!」
「どどどうかご勘弁を!」

 とうとうタライもカラスも平伏して地面に頭をこすりつけて土下座してしまった。だがもうレギーナは赦すつもりなどない。

「いやぁ~勇者様、そこを何とかお納め下さいませんかねえ?」

 と、その時、ひとりの騎士が進み出てきた。
 騎士らしい礼服に鍛え上げた身を包んで、身なりだけは立派だが、どうもなんか軽い雰囲気のある中年男だ。だが第一印象だけでレギーナは宰相両名よりはだと感じた。
 勝手に前に出てきた騎士に宰相たちが顔を青くしたり赤くしたりしているが、自分たちが口を開けばまた勇者様の機嫌を損ねると思ったのか口をパクパクさせるだけで、だからレギーナはサクッと無視した。

「あなた誰?」
「申し遅れました。私、アナトリア皇国騎士団の第七副団長を拝命しております騎士アルタン・イスハークと申す者。勇者レギーナ様と蒼薔薇騎士団様の護衛と道中の案内を命じられ、カラス外務宰相に随行してお迎えに上がった次第でございます」

 そう言って男はアナトリア式の騎士礼をしてみせる。見た目の印象とは裏腹にその所作は洗練されていて、レギーナたちを侮る様子は全くない。
 なんだ、アナトリアこの国にもマトモなのがいるじゃない、とレギーナはもちろんミカエラもアルベルトも意外に感じたほどだ。

「あら、護衛が必要なほど私って弱く見えるのかしら?」

 だがレギーナはわざと嫌味を言ってみる。

「滅相もない。そう命じられただけの言葉の綾にございますれば、どうかご寛恕を」

 そう答えてアルタンは苦笑した。その言葉にも裏はなさそうだ。

「宰相両名の無礼、誠に申し訳なく。ですが我らも皇命にて参りました以上、勇者様方のお側に仕えぬわけにも参らぬのです。ですのでどうか、この場に居並ぶ騎士の何名かだけでも随行をお許し下されば幸甚に存じます」
「正直要らないんだけど」
「そこを何とか。随行員は勇者様のお眼鏡に適う者を自由にお選び下さって構いませぬゆえ」

 あくまでも低姿勢で、だがそれでいて慇懃無礼なところもなく、概ね好印象である。まあ宰相両名が酷かっただけにそのぶん加点されているだけかも知れないが。
 だがレギーナも、あまりに何もかも突っぱねるのも皇帝に対して失礼にあたる、と思い直す程度には心証が改善された。

「じゃ、あなた」
「は。謹んで拝命致します」
「それとあとひとり、あなたが選んで頂戴」

 そう言われてアルタンは顔を上げ、居並ぶ騎士たちを見渡した。

「では………スレヤ・エルギン、前へ」
「はっ」

 そうして呼ばれたのは若い女騎士であった。気の強そうな顔立ちで、やや小柄だがよく整った体躯と顔立ちからして貴族の娘であろうか。彼女はレギーナたちの前に進み出ると、やはり整った所作の騎士礼で頭を垂れた。

「アナトリア皇国、皇国第五騎士団所属、騎士スレヤ・エルギンにございます。勇者様におかれましてはご機嫌麗し………くはありますまいが、何卒ご容赦のほどを」

 ついつい定形の口上を言いかけたのだろう。だがこうもハッキリと言い換えるあたり、彼女も両宰相のに思うところがあったようだ。事実、チラッと見やった宰相両名に対する彼女の目は蔑みに満ちていた。もちろんレギーナに目線を向ける時にはそんな感情は霧散している。
 その言動はアルタンと同じく真っ直ぐで、これもレギーナには満足いくものだった。それに同性ということも好印象である。

「この国って女騎士なんて居ないのかと思ってたわ」
「よく言われます。騎士団総員のうち女性騎士は3名だけですね」
「あ、やっぱりそうなのね」
「はい。

「あなた達、移動はどうするの?」
「我らは騎竜がおりますゆえ、それで随行致します」
「そう。分かったわ」
「旅程は勇者様の当初のご予定の通りで構いませんよ。我らが合わせますゆえ」
「え、嫌だって言われたってそうするわ」
「ははは、これは手厳しゅうございます」

「待て待て待てーい!」

 レギーナとアルタンが道中の打ち合わせを始めたところで、今度は壮年の騎士が慌てたように前に出てきた。

「アルタン、貴様っ!何を勝手に──」
「貴方こそ、何を勝手に出てきてるの?私呼んでないんだけど?」

 レギーナの冷淡な視線に刺し貫かれて、壮年騎士はビクリとして止まった。

「は?あ、いや──」
「どうせ騎士団長か何かでつもりなんでしょうけど、お呼びじゃないのよ。そもそも貴方達のトップがだしね」
「そ、それは、その──」
「ほら、退きなさい。じゃないとわよ?」

 そう言ったレギーナに目線だけで指示され、アルベルトはスズの手綱をしごく。というかその寸前にスズは自分でもう一歩踏み出している。

「え、あ、ちょ、ゆ──」
「ああ、そうそう!」

 レギーナは助手座から再び立ち上がると、ドゥリンダナの斬撃を飛ばしてカラスの脚竜車も破壊した。

「次、暴走するようなら貴方達、命はないと思いなさい!」

 市民を守り、弱者を守るのが勇者である。だからレギーナにとって、市民に危害を加えかねない国の高官など害悪も同然であり、守るべき対象ではないのだった。
 走り出したアプローズ号に、アルタンとスレヤが素早く騎竜イグノドンに跨り追随する。

 そうして呆然と見送るカラスやタライや騎士団長を尻目に、今度こそアプローズ号はコンスタンティノスを出発して行ったのだった。





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