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第四章【騒乱のアナトリア】

4-7.勇者候補(1)

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「これで良かったのかい?」

 タライもカラスも騎士たちも完全に置き去りにして姿が見えなくなったタイミングで、アルベルトはまだ隣に座っているレギーナに一応確認してみる。ちなみにミカエラはもう室内キャビンへと入って行った後なので、御者台にはふたりきりだ。

「今さら何言ってるのよ」

 助手座の肘置きに肘をついたまま、アルベルトの方を見ずにレギーナは答えた。

「あなたは黙って雇い主わたしの言うことを聞いてればいいのよ」

「ん、まあ、レギーナさんがそう言うのなら、俺は従うだけだけどね」

 レギーナ個人の意見としてならアルベルトも拒否はできるだろう。だが雇い主としての言葉なら従うだけだ。この約1ヶ月ほどともに旅をしてきて、あまり口数の多くない彼女の言葉のニュアンスも、彼は概ね判別できるようになっていた。

「まあなんかあっても責任はやけん、おいちゃんは気にせんで良かとよ」

 室内からミカエラが口を挟んできた。すっかり言葉遣いが普段のファガータ弁に戻っている。

「でもそうは言っても、君らまだ“認定”されてないだろう?それなのに皇帝の招待を断ったりして本当に大丈夫なのかい?」


 “勇者”レギーナと名乗ってはいるが、実は彼女はまだ正式に勇者に認定されたわけではない。正しくはまだ“勇者候補”である。というのも、正式に勇者として認定されるためにはそれに相応しい“実績”が必須であるためで、彼女たちはまだ勇者として認められるための実績が不足していると見られているのだ。
 彼女たちが今回、蛇王の再封印を命じられたのはその“実績”を積むためでもある。歴代勇者の多くが蛇王の再封印を果たした者たちでもあるため、彼女たちが無事に成功すれば“認定勇者”として認められる可能性が高くなる。
 だが、それまではあくまでも“勇者候補”でしかないのだ。


 勇者候補として活動を始めるのは主に〈賢者の学院〉の“力の塔”の成績上位10名、いわゆる首席から第10席までのうちの有志の面々で、数人が勇者を目指す年もあればひとりも立たない年もある。認定勇者がいれば候補は少なく、いなければ候補は多くなる傾向にある。
 そのほか、力の塔の卒塔生でなくとも市井の冒険者から勇者候補として認められる者もいるが、そうしたケースは10年にひとり出ればいい方である。

 現在、勇者候補として活動しているのは3名。レギーナのほか、ブロイス帝国出身の勇者候補ヴォルフガングとアルヴァイオン大公国出身の勇者候補リチャードがいる。ヴォルフガングが670年度の力の塔首席、リチャードが671年度の力の塔首席だ。レギーナは672年度の力の塔首席で、彼らの後輩にあたる。
 彼らはそれぞれ、西方世界の北方、西方、南方を中心に勇者候補として活動し研鑽を積んでいる最中だ。そしてその中では、先年に“大樹海”探索を終えて戻ってきた勇者候補ヴォルフガングが実績では一枚抜けていて、世間の人気という点では勇者候補レギーナが抜けている。だが人気だけでは勇者にはなれない。

 そういった意味でも、レギーナにとってこの蛇王再封印の旅は必ず成功させなければならない使命であった。


「いいわよ別に。私たち3人とももう事実上の“勇者”として活動することを認められているもの」

 だがレギーナはあっけらかんと言う。

「“聖イシュヴァールの左腕”がいなくなった以上、世界は一刻も早い“勇者”の誕生を待ちわびているわ。だから私たち3人はもう事実上の勇者だと認められているし、その中で誰が正式に認定されたとしても、あとのふたりも“勇者”と名乗って活動することを許されているの。だから私ももう“勇者”として動いてるのよ」

 だからすでに勇者を名乗っているのだし、勇者としての権限も認められているのだと、レギーナはそう語った。


 “聖イシュヴァールの左腕”。
 王政マジャル出身の勇者候補アレクサンドルが率いた勇者パーティである。彼らは勇者ユーリと“輝ける五色の風”が引退したあと、次期勇者として最有力視された勇者候補であったが、670年にブロイス帝国中西部の都市アルトシュタットで発生した子供たちの集団失踪事件を調査中に六名全員が忽然と行方不明になった。
 世にいう、『アルトシュタットの喪失』事件である。

 魔王級と戦ったわけでもないのに勇者候補パーティが全員行方不明になるという前代未聞の事件は、世界を震撼させた。急遽主要各国の最高戦力を揃えて行われた大規模な捜索活動にも関わらず、聖イシュヴァールの左腕はおろか子供たちのひとりも発見できずに、事件は迷宮入りと化した。

 世界が恐慌に陥らずに平穏を保てたのは、ひとえに同年に活動を開始した勇者候補ヴォルフガング率いる“虹の暁の騎兵団”の存在があればこそである。翌年に勇者候補リチャードが“陽神の愛し子たち”を立ち上げ活動を開始し、さらにその翌年にレギーナと“蒼薔薇騎士団”が活動を始めたことで、今の世界はひとときの落ち着きを取り戻しているのだ。
 だが相変わらずアレクサンドルや“聖イシュヴァールの左腕”は発見されず、世界は勇者ユーリの後継を得られないままである。





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