159 / 321
第四章【騒乱のアナトリア】
4-7.勇者候補(1)
しおりを挟む「これで良かったのかい?」
タライもカラスも騎士たちも完全に置き去りにして姿が見えなくなったタイミングで、アルベルトはまだ隣に座っているレギーナに一応確認してみる。ちなみにミカエラはもう室内へと入って行った後なので、御者台にはふたりきりだ。
「今さら何言ってるのよ」
助手座の肘置きに肘をついたまま、アルベルトの方を見ずにレギーナは答えた。
「あなたは黙って雇い主の言うことを聞いてればいいのよ」
「ん、まあ、レギーナさんがそう言うのなら、俺は従うだけだけどね」
レギーナ個人の意見としてならアルベルトも拒否はできるだろう。だが雇い主としての言葉なら従うだけだ。この約1ヶ月ほどともに旅をしてきて、あまり口数の多くない彼女の言葉のニュアンスも、彼は概ね判別できるようになっていた。
「まあなんかあっても責任はこっち持ちやけん、おいちゃんは気にせんで良かとよ」
室内からミカエラが口を挟んできた。すっかり言葉遣いが普段のファガータ弁に戻っている。
「でもそうは言っても、君らまだ“認定”されてないだろう?それなのに皇帝の招待を断ったりして本当に大丈夫なのかい?」
“勇者”レギーナと名乗ってはいるが、実は彼女はまだ正式に勇者に認定されたわけではない。正しくはまだ“勇者候補”である。というのも、正式に勇者として認定されるためにはそれに相応しい“実績”が必須であるためで、彼女たちはまだ勇者として認められるための実績が不足していると見られているのだ。
彼女たちが今回、蛇王の再封印を命じられたのはその“実績”を積むためでもある。歴代勇者の多くが蛇王の再封印を果たした者たちでもあるため、彼女たちが無事に成功すれば“認定勇者”として認められる可能性が高くなる。
だが、それまではあくまでも“勇者候補”でしかないのだ。
勇者候補として活動を始めるのは主に〈賢者の学院〉の“力の塔”の成績上位10名、いわゆる首席から第10席までのうちの有志の面々で、数人が勇者を目指す年もあればひとりも立たない年もある。認定勇者がいれば候補は少なく、いなければ候補は多くなる傾向にある。
そのほか、力の塔の卒塔生でなくとも市井の冒険者から勇者候補として認められる者もいるが、そうしたケースは10年にひとり出ればいい方である。
現在、勇者候補として活動しているのは3名。レギーナのほか、ブロイス帝国出身の勇者候補ヴォルフガングとアルヴァイオン大公国出身の勇者候補リチャードがいる。ヴォルフガングが670年度の力の塔首席、リチャードが671年度の力の塔首席だ。レギーナは672年度の力の塔首席で、彼らの後輩にあたる。
彼らはそれぞれ、西方世界の北方、西方、南方を中心に勇者候補として活動し研鑽を積んでいる最中だ。そしてその中では、先年に“大樹海”探索を終えて戻ってきた勇者候補ヴォルフガングが実績では一枚抜けていて、世間の人気という点では勇者候補レギーナが抜けている。だが人気だけでは勇者にはなれない。
そういった意味でも、レギーナにとってこの蛇王再封印の旅は必ず成功させなければならない使命であった。
「いいわよ別に。私たち3人とももう事実上の“勇者”として活動することを認められているもの」
だがレギーナはあっけらかんと言う。
「“聖イシュヴァールの左腕”がいなくなった以上、世界は一刻も早い“勇者”の誕生を待ちわびているわ。だから私たち3人はもう事実上の勇者だと認められているし、その中で誰が正式に認定されたとしても、あとのふたりも“勇者”と名乗って活動することを許されているの。だから私ももう“勇者”として動いてるのよ」
だからすでに勇者を名乗っているのだし、勇者としての権限も認められているのだと、レギーナはそう語った。
“聖イシュヴァールの左腕”。
王政マジャル出身の勇者候補アレクサンドルが率いた勇者パーティである。彼らは勇者ユーリと“輝ける五色の風”が引退したあと、次期勇者として最有力視された勇者候補であったが、670年にブロイス帝国中西部の都市アルトシュタットで発生した子供たちの集団失踪事件を調査中に六名全員が忽然と行方不明になった。
世にいう、『アルトシュタットの喪失』事件である。
魔王級と戦ったわけでもないのに勇者候補パーティが全員行方不明になるという前代未聞の事件は、世界を震撼させた。急遽主要各国の最高戦力を揃えて行われた大規模な捜索活動にも関わらず、聖イシュヴァールの左腕はおろか子供たちのひとりも発見できずに、事件は迷宮入りと化した。
世界が恐慌に陥らずに平穏を保てたのは、ひとえに同年に活動を開始した勇者候補ヴォルフガング率いる“虹の暁の騎兵団”の存在があればこそである。翌年に勇者候補リチャードが“陽神の愛し子たち”を立ち上げ活動を開始し、さらにその翌年にレギーナと“蒼薔薇騎士団”が活動を始めたことで、今の世界はひとときの落ち着きを取り戻しているのだ。
だが相変わらずアレクサンドルや“聖イシュヴァールの左腕”は発見されず、世界は勇者ユーリの後継を得られないままである。
0
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!
蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。
家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。
何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。
やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。
そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。
やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる!
俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!
【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇
藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。
トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。
会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる