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第三章【イリュリア事変】
3-40.ここだけの話(3)
しおりを挟む「話は変わるのだけれど」
ヴィオレがポツリと話し出す。よろしくない雰囲気にしてしまった負い目があるのか、彼女は切り替えるように口を開いた。
「少し、昔話でもしましょうか」
「昔話?ヴィオレの?」
「私が以前に聞いた話になるのだけれどね」
そうして彼女は話し始めた。
「マジャルとヴァルガンの国境地帯に、かつて小さな国があったのを憶えているかしら?」
自由自治州スラヴィアの東にある王政マジャルとヴァルガン王国の国境地帯には、いくつかの小国がある。それらは自由自治州に組み込まれなかった都市国家群で、南北の大国に挟まれて政治的に危うい綱渡りをしながらも何とか永らえていた国々だ。
その小国のひとつに、ある時ひとりの姫が生まれた。姫は成長するにつれて素晴らしい美貌と聡明な頭脳とで名が知られるようになり、多くの国々や有力者たちから求婚を受けることとなった。
吹けば飛ぶような小国において、美貌の姫は政略の駒以外の何物でもない。父王はじめ母の妃も重臣達も誰もが、彼女をより有力な男に嫁がせようと躍起になった。もしも大国の王子にでも輿入れできれば、それは自国の安泰に直結するからだ。
そしてそのことは、もうすぐ成人を迎えようとする姫自身にも痛いほどよく分かっていた。成人と同時に嫁がなければならないことも、祖国にとって最良の相手を選ばねばならないことも。
だがそれでも彼女は、できることなら自ら選んだ好ましい良人の元へ嫁ぎたいと考えていた。
だから姫は、日を追うごとに増えてゆく求婚者たちにひとつの試練を課した。曰く、求婚者が自分自身の力で姫のために成し遂げた、もっとも高い功績を示した殿方の元へ参ります、と。
「だけれどそれは、悲劇の始まりだったわ。彼女は人の醜さや浅ましさを知らない、無垢で愚かな娘だったのよ」
求婚者たちの間にまず起こったのは、相手を辞退させようとする動き。地位、権力、武力、財力、権謀術数、あるいは非合法な手段まで用いて、彼らはライバルを減らしにかかった。極端な話、求婚者がひとりになれば姫は自動的にその者の元へ嫁ぐのだから、わざわざ功績を立てる必要などないのだ。
地位や権力、財力を大して持たない求婚者たちは実力で排除されるのを恐れて次々と辞退していった。だが腕に覚えのある者、あるいは地位や権力を頼みにする者たちは退かなかった。
「そして本当の悲劇は、そこからだったのよ」
求婚者たちの間に物理的な諍いが起こった。それまでのような水面下での、表に見えない駆け引きではなく、互いの意地とプライドを賭けた抗争に発展したのだ。そして地力に劣るものから実力で排除され始め、中には命さえ奪われるものすら出始めた。
とある小国の王子がそうやって武力でもって暗殺され、それに憤ったその国の王が軍を率いて姫の国に攻め込んだ。王子が死ぬことになったのは彼女に求婚などしたせいだと、賠償を要求したのだ。
八つ当たりに等しい言い掛かりであったが、そこへ同じく求婚者である中堅国の王子が、姫とその国を救うという大義名分をかざして、軍を率いて後背から襲いかかった。
たちまちにして、小国は全土が戦場と化した。自らの権力で軍を動かせる王や王子たちの求婚者を中心に、遅れてはならじと次々と参戦して、もはや誰が敵味方かも分からない泥沼の乱戦が沸き起こった。小国にはそれを止めるだけの武力も、国民を逃がせるような安全地帯も存在しなかった。
「その話は聞いたことがあるわ。わずか数日でその国は滅び去ったのよね」
「ウチもよう知っとうばい。大神殿で治癒術師団が大至急組織されて、取るもんも取りあえず現地さい向かってくとば子供ん頃見たことのあるもん」
あの時救援拠点になったとは、確かイリシャの北部国境やったげなね、とミカエラは付け加えた。
「そう。だけれど戦争はあまりに苛烈を極めたわ。かろうじて助け出された国民は、全人口の1割にも満たなかったの」
小国はいともあっさりと、簡単に滅んだ。マジャルもヴァルガンも国境線を封鎖して小国の救援を拒み、そのために戦地の只中に取り残された人々は哀れにも巻き添えになって多くが虐殺されていった。
これが世にいう『ドゥノニアの悲劇』である。人口わずか1万にも満たない小国が、その数十倍もの軍に蹂躙され滅んだ、歴史上に残る虐殺劇だった。
「ここまでは誰でも知っている話。そして語りたいのはここからよ」
ヴィオレは表情のない顔と声でそう告げた。そのあまりの感情のなさに、思わず全員が息を呑む。
「生き残った旧国民たちはね、戦争を引き起こした責任を亡国の王家に求めたの。具体的には姫本人にね。彼女があんな条件を出して煽ったりするからこうなったのだ、と」
「………なんそれ。ただの言いがかりやん」
「責任があるのは軍を出して戦争した求婚者たちでしょ?なんでそうなるのよ!」
「なんの力もない亡国の難民たちでは、他の国に責任を求めても無視されるか力で黙らせられるだけだったのよ」
自国の生き残りたちに責められた旧王家にはなす術もなかった。もとよりすでに国は滅び、自分たちも難民として保護される身である。そして保護したはずのイリシャでは、その賠償責任が飛び火するのを恐れて旧王家の人々を難民たちと同じキャンプへと放り込んだのだ。
そこからは凄惨のひと言に尽きる。家族を、友人を、恋人を、仲間をそして仕事や財産、故郷さえも失った旧国民たちは暴徒と化し、旧王家を虐殺してまわった。やり場のない怒りを、悲しみを、自分たちを守るどころか悲劇と絶望に追いやった旧王家に直接ぶつけたのである。なにしろ旧王家だけは誰ひとり欠けることなく、全員が助け出されていたのだから。
王も、王妃も、宰相を務めていた王弟も、王太子も乱刃の中血まみれの肉塊となって息絶えた。王家だけでなく国を導くべき大臣たちも騎士たちも生き残りは同様の目に遭った。
「だけれどね、肝心の姫だけがどこにもいなかったの」
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