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第三章【イリュリア事変】
3-36.獣人族(1)
しおりを挟む「ねえ、ところでさ」
焼きカリーパンも美味しく食べ終えてようやく満足したレギーナが、アルベルトに淹れてもらった紅茶のカップを手に、砂糖を投入しながら言った。
「サロニカの街で、なんか珍しい獣人がいたわよね?」
一行はサロニカの街で買い物巡りをしている途中で珍しい獣人を見かけていた。それはあたかも蛇が二本足で歩いているかのような姿の全身を鱗で覆われた細身の獣人族で、衣服も腰布と胸当て程度しか身に着けておらず、見慣れない身としては一種異様な姿に感じられたのをレギーナは憶えていた。
この世界には多種多様な獣人族がいて、話に聞くだけで見たこともない種族などたくさんいるから彼女は特に何とも思わなかったし、街をゆく人々も特に騒いではいなかったからそのままスルーしたのだが、何となく気にはなっていたのだ。
「ああ、蛇人族でしょ。イリシャだけに住んでる少数部族の獣人族だよ」
「へえ、珍しい種族がいるのね」
「うん。イリシャの南部のサラミース島って島にだけ住んでるらしいよ。ほとんど島から出ることはないって聞いてるけど、イリシャ国内ではたまに見かける事があるね」
サラミース島はイリシャ南部の海上に浮かぶサラミース諸島最大の島であり、竜骨回廊を離れてラケダイモーンに向かう途中の街から船に乗らなければ行くことができない。サラミース島はサロニカからは結構離れているため、おそらくあの蛇人族は何らかの所用でサロニカを訪れていたのだろう。
「土地が変わると人も変わる、ちゅうこっちゃね」
「まあそうだね。猫人族なら割とどこででも見かけるけどね」
猫人族は猫の獣人族で、小柄で非力だが頭の回転が早く商売ごとが得意な獣人族である。そのため人間社会に混じって商人として活動する者が多い。エトルリアのニャンヴァは商業都市として有名だが、その土地柄が馴染んだのかいつしか猫人族が集まってきて住むようになり、今では都市の全人口のおよそ8割が猫人族になっている。
そのほか、西方世界で比較的よく見かける獣人族と言えば犬人族、狼人族、牛人族といったところか。
犬人族はひ弱でよくいじめられるから、人里離れた山中などに集落を作っていて滅多に人里には降りてこない。だが人間と食生活が似通っているため結局人里から遠く離れて住むことができず、そのせいで集落近くに入り込んだ冒険者などに魔物と間違われる事もあるという。
狼人族は体格がよく力があり、冒険者や商人の護衛として生計を立てる者が多い。頭も良く誠実で口が堅く仲間意識が強いので、時には貴族の専属護衛として雇われていたりもする。
牛人族は狼人族以上の体格と膂力を誇るため戦場傭兵として活躍する。ただ見た目のいかつさとは裏腹に温厚で大人しく心優しい者が多い。
「イリシャにしか居ないと言えば、鳥人族もそうだね」
「あー、“歌声の悪魔”でしょ」
「今はそげな言い方したらつまらんばってんね」
鳥人族は蛇人族以上に稀少な獣人族で、翼を持つ代わりに腕を持たない。そのため見た目は人の顔を持つ鳥という感じで、「獣人」と呼ぶのに抵抗を覚える者もいるだろう。
鳥人族はイリシャのとある海峡の崖の上にしか住んでいない。そこは長らく難破の名所と恐れられていて、難破船の生き残りの証言から「魔力の篭もった歌で船を惑わして難破させる恐ろしい魔物」が棲んでいると言われていた。
だがある時、その難所を通りかかった船の船員に恋した鳥人族がいて、彼女は船員について崖を離れて彼のそばで一生を過ごした。そのことを知ったひとりの学者が彼女から粘り強く聴取し調査した結果、彼女たちは自分たちの歌う歌に魔力があると思っておらず、歌うのもただの習性で難破させる意図などないことが明らかになったのだ。そして鳥人族集落と交流を図った結果、彼女たちはきちんと社会生活を営んでおり、ただ今まで通り歌を歌って穏やかに過ごしたいだけだということも分かって、それで獣人族の一種族と認められた経緯がある。
今では鳥人族の歌う時間帯もきちんと判明していて、難破する船も激減したという。いまだに難破する船があるのは、そうした経緯を知らない外国船が通ったり、密輸船などが無理に抜けようとするからだという。
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