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第三章【イリュリア事変】

3-35.おかわり

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 カリーがもうなくなってしまっておかわりが食べられない、と知って猛烈に抗議する食いしん坊乙女たち。

「いいからもう一回作りなさいよ!」
「食うた分だけ動きゃよかとやろうもんいいんでしょ!」
「そうよ!出来上がるまで山狩りでもやってればいいんでしょ!?」

「いやあ、さっきのレギーナさんの威圧でこの辺りに獣の気配なくなってるけどね?」

「…………あ。」

 そう、身体を動かしたくても戦う相手がいないのだ。そしてそれは必要だったとはいえレギーナが自分でしたことだ。それを指摘されてぐうの音も出なくなるレギーナである。

「ちょっと遠目の獲物も、今スズが狩りに行ってるし」
「え?……………あ、らん」

 アプローズ号のそばで大人しく蹲ってるとばかり思っていたスズが、そういえば見当たらないと、言われて初めて気付いたミカエラである。

「えっいつの間に放したの?」
「ここに来てすぐだよ。たまには彼女にも新鮮な肉を食べさせてあげないとね」
「川の上流の方に行ったから、街道に出て行く心配はないと思うわよ」

 さすが、ヴィオレさんは気付いていたみたいですね。


 結局、カリーは今から作り直すとまた特大一1時間以上待つハメになると言われて、食いしん坊乙女たちは渋々引き下がる他はなかったのだった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 まだ食べ足りなさそうな彼女たちが分かりやすくしょげているのを見て、アルベルトは苦笑するしかない。
 じゃあしょうがない、アレを焼くか。

 アルベルトはアプローズ号から丸パンの入った袋を持ち出してきて、袋から取り出したパンを縦にふたつにカットする。サロニカで購入したばかりの、こんがりと狐色に焼けた長楕円の、掌よりもやや大きめの丸パンを5個。それをカットして計10個にしたものの断面に、鍋から長ヘラでこそぎ取ったカリーを丁寧に塗り広げていく。

「パンにカリーなんか塗ってどうするのよ?」

 あの美味しいカリーがもう食べられないと半分拗ねているレギーナが、それを見て不思議そうに聞く。
 アルベルトはカリーを塗った丸パンに長めの鉄串を刺していく。10個のパンの半分にそれぞれ1本ずつ刺して、それはまるでこれから焚き火で炙ろうとしているかのようだ。

「おいちゃんそれ、まさか」
「うん。焼くと美味いんだよね」

 そう、アルベルトが作ろうとしているのはいわゆるである。しかもそれだけではなく、次に彼が取り出したのは塊のチーズ。それをナイフで細かく削り、塗ったカリーの上に散らしてゆく。

「えっちょっ、カリーにチーズ!?」
「なんですって!?」
「おいちゃん天才か!?」

 チーズを散らし終えると、アルベルトは釣り鈎を組んである焚き火の左右の鉄組みの中段に、串刺しパンの鉄串を渡して並べる。そして焚き火から薪をいくらか抜いて火を弱め、パンに直接火が当たらないよう調節していく。
 しばらく焼いているとパンにはうっすらと焦げ目がつきはじめ、上のチーズが程よくとろけていく。それを食いしん坊乙女たちがゴクリと唾を飲み込みながら凝視している。

「これ、絶対美味しいやつじゃない!」
「おいちゃんこれもう良かろ?もう食べても良かやろ!?」
「だから、それを我慢した先に『美味しい』があるんだってば」

 食欲に魅入られた娘達に苦笑しつつそう言って、アルベルトはパンを全部ひっくり返した。
 そうすると今度はカリーとチーズの面が直接火に炙られてゆく。

「カリーとチーズまで焼くの!?」
「なんちゅう発想するとねアンタ!」
「本当にこれ、“悪魔の料理”よねえ…」
「食べたい…!」

 アルベルトはカリーとチーズを落とさないようにこまめに何度もパンをひっくり返しつつ、手際よく焼いていく。
 やがて、こんがり焼き上がって鉄串を抜き取られ、彼から手渡されたそれは、パンにもチーズにもほどよく焦げ目がついた見事な焼きカリーパンである。立ち上る湯気とともにカリーのスパイシーな匂いが鼻孔を刺激して、思わずかぶりつきたくなる。というか全員がかぶりついた。
 パリっと焼かれたパンの香ばしさと、熱くとろけたチーズの塩気。それらがカリーの濃厚な味と辛味に合わさって、ご飯と食べるのとはまた違った味わいがある。むしろチーズが辛味をまろやかにしていてコクだけが引き立っている。

「あっつ…!」
ばってんでも旨かぁ!」
「ああ、駄目よ、こんなもの夜に食べたら…ああっ…!」

「今度はおかわりあるからね?」

 残った5個のパンに再び鉄串を刺しながらアルベルトがそう言って、またしても驚愕の表情を浮かべる乙女たち。
 そう。パンは全部で10個、つまりひとり2個ずつあるのだ。

「「「「やっぱこれ“悪魔”ー!!」」」」
              
 そうして夜闇も深い森の中に、体型の気になるお年頃乙女たちの悲鳴が響きわたった。
 そしていつの間にか戻ってきていたスズが、それを呆れたような目で眺めていたのだった。





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