【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
145 / 340
第三章【イリュリア事変】

3-35.おかわり

しおりを挟む


 カリーがもうなくなってしまっておかわりが食べられない、と知って猛烈に抗議する食いしん坊乙女たち。

「いいからもう一回作りなさいよ!」
「食うた分だけ動きゃよかとやろうもんいいんでしょ!」
「そうよ!出来上がるまで山狩りでもやってればいいんでしょ!?」

「いやあ、さっきのレギーナさんの威圧でこの辺りに獣の気配なくなってるけどね?」

「…………あ。」

 そう、身体を動かしたくても戦う相手がいないのだ。そしてそれは必要だったとはいえレギーナが自分でしたことだ。それを指摘されてぐうの音も出なくなるレギーナである。

「ちょっと遠目の獲物も、今スズが狩りに行ってるし」
「え?……………あ、らん」

 アプローズ号のそばで大人しく蹲ってるとばかり思っていたスズが、そういえば見当たらないと、言われて初めて気付いたミカエラである。

「えっいつの間に放したの?」
「ここに来てすぐだよ。たまには彼女にも新鮮な肉を食べさせてあげないとね」
「川の上流の方に行ったから、街道に出て行く心配はないと思うわよ」

 さすが、ヴィオレさんは気付いていたみたいですね。


 結局、カリーは今から作り直すとまた特大一1時間以上待つハメになると言われて、食いしん坊乙女たちは渋々引き下がる他はなかったのだった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 まだ食べ足りなさそうな彼女たちが分かりやすくしょげているのを見て、アルベルトは苦笑するしかない。
 じゃあしょうがない、アレを焼くか。

 アルベルトはアプローズ号から丸パンの入った袋を持ち出してきて、袋から取り出したパンを縦にふたつにカットする。サロニカで購入したばかりの、こんがりと狐色に焼けた長楕円の、掌よりもやや大きめの丸パンを5個。それをカットして計10個にしたものの断面に、鍋から長ヘラでこそぎ取ったカリーを丁寧に塗り広げていく。

「パンにカリーなんか塗ってどうするのよ?」

 あの美味しいカリーがもう食べられないと半分拗ねているレギーナが、それを見て不思議そうに聞く。
 アルベルトはカリーを塗った丸パンに長めの鉄串を刺していく。10個のパンの半分にそれぞれ1本ずつ刺して、それはまるでこれから焚き火で炙ろうとしているかのようだ。

「おいちゃんそれ、まさか」
「うん。焼くと美味いんだよね」

 そう、アルベルトが作ろうとしているのはいわゆるである。しかもそれだけではなく、次に彼が取り出したのは塊のチーズ。それをナイフで細かく削り、塗ったカリーの上に散らしてゆく。

「えっちょっ、カリーにチーズ!?」
「なんですって!?」
「おいちゃん天才か!?」

 チーズを散らし終えると、アルベルトは釣り鈎を組んである焚き火の左右の鉄組みの中段に、串刺しパンの鉄串を渡して並べる。そして焚き火から薪をいくらか抜いて火を弱め、パンに直接火が当たらないよう調節していく。
 しばらく焼いているとパンにはうっすらと焦げ目がつきはじめ、上のチーズが程よくとろけていく。それを食いしん坊乙女たちがゴクリと唾を飲み込みながら凝視している。

「これ、絶対美味しいやつじゃない!」
「おいちゃんこれもう良かろ?もう食べても良かやろ!?」
「だから、それを我慢した先に『美味しい』があるんだってば」

 食欲に魅入られた娘達に苦笑しつつそう言って、アルベルトはパンを全部ひっくり返した。
 そうすると今度はカリーとチーズの面が直接火に炙られてゆく。

「カリーとチーズまで焼くの!?」
「なんちゅう発想するとねアンタ!」
「本当にこれ、“悪魔の料理”よねえ…」
「食べたい…!」

 アルベルトはカリーとチーズを落とさないようにこまめに何度もパンをひっくり返しつつ、手際よく焼いていく。
 やがて、こんがり焼き上がって鉄串を抜き取られ、彼から手渡されたそれは、パンにもチーズにもほどよく焦げ目がついた見事な焼きカリーパンである。立ち上る湯気とともにカリーのスパイシーな匂いが鼻孔を刺激して、思わずかぶりつきたくなる。というか全員がかぶりついた。
 パリっと焼かれたパンの香ばしさと、熱くとろけたチーズの塩気。それらがカリーの濃厚な味と辛味に合わさって、ご飯と食べるのとはまた違った味わいがある。むしろチーズが辛味をまろやかにしていてコクだけが引き立っている。

「あっつ…!」
ばってんでも旨かぁ!」
「ああ、駄目よ、こんなもの夜に食べたら…ああっ…!」

「今度はおかわりあるからね?」

 残った5個のパンに再び鉄串を刺しながらアルベルトがそう言って、またしても驚愕の表情を浮かべる乙女たち。
 そう。パンは全部で10個、つまりひとり2個ずつあるのだ。

「「「「やっぱこれ“悪魔”ー!!」」」」
              
 そうして夜闇も深い森の中に、体型の気になるお年頃乙女たちの悲鳴が響きわたった。
 そしていつの間にか戻ってきていたスズが、それを呆れたような目で眺めていたのだった。





しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

処理中です...