140 / 339
第三章【イリュリア事変】
3-30.破天荒過ぎる巫女様
しおりを挟む「ということでね、私が巫女神殿を抜け出したのも『ミカエラちゃんの危機を神託で受けたから』ってことで通したから。よろしくぅ♪」
「いやいや待ってマリア様!?それ絶対ウチが後でツッコまれるやつ!」
「あと、ミカエラちゃんの体調回復にメドが立つまでは戻らないとも言ってあるから☆」
「なんばしよんしゃっとこん人!?」
神教唯一の巫女がそう何日も巫女神殿を留守にするなど前代未聞である。ただでさえミカエラはマリアの[請願]で癒やされてから3日も昏睡を続けていて、今日で4日目なのだ。この上さらに3日かそれ以上巫女神殿から巫女が不在になるなどあってはならないことだ。
「平気よ、巫女なんて神託がなければヒマでヒマで仕方ないんだから」
「やけん!巫女が神殿に居らな神託が降ったかどうかすら分からんめーもん!」
「大丈夫だって。重要な神託なんてしばらくない予定だから♪」
「それば決めるとはアンタやない!神様や!」
もはや上位者への敬意も勇者パーティの先達に対する敬愛も、命の恩人に対する恩義も何もかもかなぐり捨てて叫ぶミカエラ。だがその剣幕にもマリアはいささかも動じた風はない。
「はいはい、怪我人は大人しく術師の言うことを聞きましょーね」
「ウチのことなんかより巫女の…ゲホッ、ゲホ!」
巫女の職務を蔑ろにする方が問題だ、と言いかけたミカエラは、だが胸の痛みに咳き込んでしまう。損傷したのが肺なので、過呼吸気味になるとまだどうしても呼吸が難しくなる。
「ほらほら、頭に血を上らせたっていいことないんだから。大人しくしときなさい?」
それをさせた張本人が何を言ってるのかという感じだが、マリアの言葉そのものは正しいので誰も何も言えない。
マリアはそのまま身を折って咳き込むミカエラの背中を優しく擦りながら、ちゃっかり白属性の[平静]をかけている。精神に作用して気を静め、心の平穏を取り戻させる術式だ。
「まあマリア様のことはともかく、ミカエラの療養は私は賛成。クレアもその方が安心すると思うし」
「そうね、確かにこんな様子じゃこの先の旅が不安だわ」
レギーナとヴィオレがマリアの味方に回ってしまって、ミカエラは悔しそうに、そして申し訳なさそうに黙り込む。クレアまで全身から“ちゃんと治して”オーラを出して訴えかけてくるので、彼女としてもこれ以上抵抗できない。
「でもマリアは今すぐ帰りなさい」
「えー」
そして憮然としたアルベルトにそう言われてマリアが膨れっ面になる。
「せっかく10年ぶりに逢ったのに、私まだ兄さんとちゃんとお話してないし~、せっかくだからふたりっきりで街デー」
「帰らないと今後二度と会わないからね?あとユーリにも言いつけ」
「あ、帰りまーす」
大好きな兄さんと街デートはしたいが、二度と会わないとか言われるのは困る。マリアの判断は迅速だった。傍若無人に見える彼女だが一応これでもアルベルトの不興を買う行いをしているのは自覚しているようで、決定的に怒られる前にさっさと退く、その見極めはしっかりしていた。
ていうかユーリに告げ口されたら彼からも直々に怒られてしまう。それは流石に立場上も人間関係上もまずい。
「でも帰る前に、兄さんとちゃんとお話したいな~。積もる話もたくさんあるんだし」
「話ならこの3日でさんざんしたでしょ?これ以上何話すことがあるの?」
「えーだって婚約発表とかぁ、結婚式の日取りとかぁ、あと子供何人欲しいかとかぁ、」
「巫女が結婚とか聞いたことないからね?」
歴史上、神教の巫女が在任中に結婚したなんて話は聞いたことがない。そして巫女を退いて結婚した者もない。
巫女は基本的に生涯を通して独身のまま巫女であり続ける。そのことはマリアも就任前に説明されて了承しているはずなのだが。
「前例がないなら作ればいいじゃない♪」
「無茶苦茶言ってるわこの人」
「ていうか、マリア様てなしそげんおいちゃんのこと好いとうとですか?」
ミカエラの正直な疑問である。ぶっちゃけた話、この風采の上がらないおっさん冒険者のどこがいいか分からない。服のセンスは壊滅的だし、身だしなみはなってないし、いつでも気がゆるゆるで緊張感の欠片もないし。確かに料理が上手くて、あと穏やかで優しくて好ましい人柄ではあるが、それだけだ。あと料理も上手い。
そしてそれはレギーナもヴィオレも、クレアでさえ同じ思いだったりする。
「今はこんなですけど、若い頃はカッコ良かったんですよ~?」
「いや決してカッコよくはなかったと思うけどね?」
すかさず惚気て、そして当人に否定されるマリアである。
「まあ君の場合は、俺と出会った時まだ今のクレアちゃんと同じぐらいだったからね」
「兄さんとは3つ違いで、私ひとりっ子だったから本当の兄さんができたみたいで嬉しかったなあ」
マリアが初めてアルベルトと会ったのは、とある儀式の生贄にされそうになっていたのを“輝ける虹の風”に救出された時である。当時まだ13歳だったマリアにとって、16歳のアルベルトは頼れる優しいお兄ちゃんであった。
その当時から溢れんばかりの法術の才能を見せていたマリアは、その後しばらく経って虹の風に法術師として迎えられたものの、アルベルトとともに冒険したのはわずかに1年ほどである。彼女の中ではその期間が人生でもっとも幸せな日々で、その幸せは甘い初恋となって今でも彼女の心の中を占めているのだ。
だから彼女の中では、アルベルトはいまだに10代の頃の輝かしい姿を保っている。そして姿こそ大人になったが、彼の優しい笑顔も声も暖かな手の温もりも、あの頃となんら変わっていないのだった。
そしてついでに言えば、14歳から22歳までの青春の日々をまるっと冒険に費やしたマリアは、彼以外にまともに恋したこともないのであった。アルベルトより5つ歳上のユーリは歳が離れすぎていて、他の男性メンバーはさらに歳上だったのだから。
「だからね、ミカエラちゃんもレギーナちゃんも、私の兄さんを取っちゃダメだよ?」
「「いや取らないし」」
レギーナとミカエラのツッコミが、久々に綺麗にハモった。
0
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~
月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―
“賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。
だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
転生生活をまったり過ごしたいのに、自作キャラたちが私に世界征服を進めてくる件について
ihana
ファンタジー
生き甲斐にしていたゲームの世界に転生した私はまったり旅行でもしながら過ごすと決意する。ところが、自作のNPCたちが暴走に暴走を繰り返し、配下は増えるわ、世界中に戦争を吹っかけるわでてんてこ舞い。でもそんなの無視して私はイベントを進めていきます。そしたらどういうわけか、一部の人に慕われてまた配下が増えました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

実験施設から抜け出した俺が伝説を超えるまでの革命記! 〜Light Fallen Angels〜
朝日 翔龍
ファンタジー
それはある世界の、今よりずっと未来のこと。いくつもの分岐点が存在し、それによって分岐された世界線、いわゆるパラレルワールド。これは、そ無限と存在するパラレルワールドの中のひとつの物語。
その宇宙に危機を及ぼす脅威や魔族と呼ばれる存在が、何度も世界を消滅させようと襲撃した。そのたびに、最強無血と謳われるレジェンド世代と称されたデ・ロアーの8人集が全てを解決していった。やがては脅威や魔族を封印し、これ以上は世界の危機もないだろうと誰もが信じていた。
しかし、そんな彼らの伝説の幕を閉ざす事件が起き、封印されていたはずの脅威が蘇った。瞬く間に不安が見え隠れする世界。そこは、異世界線へと繋がるゲートが一般的に存在し、異世界人を流れ込ませたり、例の脅威をも出してしまう。
そんな世界の日本で、実験体としてとある施設にいた主人公ドンボ。ある日、施設から神の力を人工的に得られる薬を盗んだ上で脱走に成功し、外の世界へと飛び出した。
そして街中に出た彼は恐怖と寂しさを覆い隠すために不良となり、その日凌ぎの生き方をしていた。
そんな日々を過ごしていたら、世界から脅威を封印したファイター企業、“デ・ロアー”に属すると自称する男、フラットの強引な手段で険しい旅をすることに。
狭い視野となんの知識もないドンボは、道中でフラットに教えられた生きる意味を活かし、この世界から再び脅威を取り除くことができるのであろうか。


強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

黒豚辺境伯令息の婚約者
ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。
ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。
そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。
始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め…
ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。
誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる