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第三章【イリュリア事変】
3-30.破天荒過ぎる巫女様
しおりを挟む「ということでね、私が巫女神殿を抜け出したのも『ミカエラちゃんの危機を神託で受けたから』ってことで通したから。よろしくぅ♪」
「いやいや待ってマリア様!?それ絶対ウチが後でツッコまれるやつ!」
「あと、ミカエラちゃんの体調回復にメドが立つまでは戻らないとも言ってあるから☆」
「なんばしよんしゃっとこん人!?」
神教唯一の巫女がそう何日も巫女神殿を留守にするなど前代未聞である。ただでさえミカエラはマリアの[請願]で癒やされてから3日も昏睡を続けていて、今日で4日目なのだ。この上さらに3日かそれ以上巫女神殿から巫女が不在になるなどあってはならないことだ。
「平気よ、巫女なんて神託がなければヒマでヒマで仕方ないんだから」
「やけん!巫女が神殿に居らな神託が降ったかどうかすら分からんめーもん!」
「大丈夫だって。重要な神託なんてしばらくない予定だから♪」
「それば決めるとはアンタやない!神様や!」
もはや上位者への敬意も勇者パーティの先達に対する敬愛も、命の恩人に対する恩義も何もかもかなぐり捨てて叫ぶミカエラ。だがその剣幕にもマリアはいささかも動じた風はない。
「はいはい、怪我人は大人しく術師の言うことを聞きましょーね」
「ウチのことなんかより巫女の…ゲホッ、ゲホ!」
巫女の職務を蔑ろにする方が問題だ、と言いかけたミカエラは、だが胸の痛みに咳き込んでしまう。損傷したのが肺なので、過呼吸気味になるとまだどうしても呼吸が難しくなる。
「ほらほら、頭に血を上らせたっていいことないんだから。大人しくしときなさい?」
それをさせた張本人が何を言ってるのかという感じだが、マリアの言葉そのものは正しいので誰も何も言えない。
マリアはそのまま身を折って咳き込むミカエラの背中を優しく擦りながら、ちゃっかり白属性の[平静]をかけている。精神に作用して気を静め、心の平穏を取り戻させる術式だ。
「まあマリア様のことはともかく、ミカエラの療養は私は賛成。クレアもその方が安心すると思うし」
「そうね、確かにこんな様子じゃこの先の旅が不安だわ」
レギーナとヴィオレがマリアの味方に回ってしまって、ミカエラは悔しそうに、そして申し訳なさそうに黙り込む。クレアまで全身から“ちゃんと治して”オーラを出して訴えかけてくるので、彼女としてもこれ以上抵抗できない。
「でもマリアは今すぐ帰りなさい」
「えー」
そして憮然としたアルベルトにそう言われてマリアが膨れっ面になる。
「せっかく10年ぶりに逢ったのに、私まだ兄さんとちゃんとお話してないし~、せっかくだからふたりっきりで街デー」
「帰らないと今後二度と会わないからね?あとユーリにも言いつけ」
「あ、帰りまーす」
大好きな兄さんと街デートはしたいが、二度と会わないとか言われるのは困る。マリアの判断は迅速だった。傍若無人に見える彼女だが一応これでもアルベルトの不興を買う行いをしているのは自覚しているようで、決定的に怒られる前にさっさと退く、その見極めはしっかりしていた。
ていうかユーリに告げ口されたら彼からも直々に怒られてしまう。それは流石に立場上も人間関係上もまずい。
「でも帰る前に、兄さんとちゃんとお話したいな~。積もる話もたくさんあるんだし」
「話ならこの3日でさんざんしたでしょ?これ以上何話すことがあるの?」
「えーだって婚約発表とかぁ、結婚式の日取りとかぁ、あと子供何人欲しいかとかぁ、」
「巫女が結婚とか聞いたことないからね?」
歴史上、神教の巫女が在任中に結婚したなんて話は聞いたことがない。そして巫女を退いて結婚した者もない。
巫女は基本的に生涯を通して独身のまま巫女であり続ける。そのことはマリアも就任前に説明されて了承しているはずなのだが。
「前例がないなら作ればいいじゃない♪」
「無茶苦茶言ってるわこの人」
「ていうか、マリア様てなしそげんおいちゃんのこと好いとうとですか?」
ミカエラの正直な疑問である。ぶっちゃけた話、この風采の上がらないおっさん冒険者のどこがいいか分からない。服のセンスは壊滅的だし、身だしなみはなってないし、いつでも気がゆるゆるで緊張感の欠片もないし。確かに料理が上手くて、あと穏やかで優しくて好ましい人柄ではあるが、それだけだ。あと料理も上手い。
そしてそれはレギーナもヴィオレも、クレアでさえ同じ思いだったりする。
「今はこんなですけど、若い頃はカッコ良かったんですよ~?」
「いや決してカッコよくはなかったと思うけどね?」
すかさず惚気て、そして当人に否定されるマリアである。
「まあ君の場合は、俺と出会った時まだ今のクレアちゃんと同じぐらいだったからね」
「兄さんとは3つ違いで、私ひとりっ子だったから本当の兄さんができたみたいで嬉しかったなあ」
マリアが初めてアルベルトと会ったのは、とある儀式の生贄にされそうになっていたのを“輝ける虹の風”に救出された時である。当時まだ13歳だったマリアにとって、16歳のアルベルトは頼れる優しいお兄ちゃんであった。
その当時から溢れんばかりの法術の才能を見せていたマリアは、その後しばらく経って虹の風に法術師として迎えられたものの、アルベルトとともに冒険したのはわずかに1年ほどである。彼女の中ではその期間が人生でもっとも幸せな日々で、その幸せは甘い初恋となって今でも彼女の心の中を占めているのだ。
だから彼女の中では、アルベルトはいまだに10代の頃の輝かしい姿を保っている。そして姿こそ大人になったが、彼の優しい笑顔も声も暖かな手の温もりも、あの頃となんら変わっていないのだった。
そしてついでに言えば、14歳から22歳までの青春の日々をまるっと冒険に費やしたマリアは、彼以外にまともに恋したこともないのであった。アルベルトより5つ歳上のユーリは歳が離れすぎていて、他の男性メンバーはさらに歳上だったのだから。
「だからね、ミカエラちゃんもレギーナちゃんも、私の兄さんを取っちゃダメだよ?」
「「いや取らないし」」
レギーナとミカエラのツッコミが、久々に綺麗にハモった。
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