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第三章【イリュリア事変】
3-22.絶体絶命
しおりを挟む「熔きゅ──」
「[禁足]うぅーー!!」
地下では相変わらず、クレアとミカエラのギリギリの攻防が続いていた。と言ってもクレアが一方的に攻めているだけでミカエラは防戦一方、しかもすでにグロッキー状態である。
「ぜ…っは、ぜは、は──」
(まだな!?まだ帰ってこんとな姫ちゃんは!?)
ここまで何度[禁足]を成功させたか分からない。すでに奇跡的なチャレンジの域に到達していた。この世界にもしもギネスブックに相当するものがあれば、間違いなく禁足連続成功回数として永遠不滅の世界記録を打ち立てている。
「………しつこい」
さすがにここまで完璧に抑え込まれているクレアが口を尖らせる。拗ねた様子が歳相応で可愛い。
ではなくて。
初めてクレアの攻撃の手が止まった。このチャンスを逃す手はなかった。
「クレア一旦ストップ!あんたの“おとうさん”、手当てせな死ぬばい!」
ミカエラは必死に語りかける。実際、最初の[業炎]で焼かれた男たちはその後ずっと放置され、全身に負った重度の火傷は刻々と彼らの体力生命力を奪っているのだ。なのにこの場でそれを唯一治療できるミカエラが、クレアにずっと釘付けにされていて身動きが取れないのだ。
「だまされないから」
だが案の定、クレアは聞く耳を持たなかった。
「嘘やないて!よう見てん!」
本当に嘘ではない。立っているのは呆然としたままの騎士団長だけで、座り込んでいたエンヴィルは体勢を維持できなかったのか倒れ伏している。もう本当に瀕死で、いつ死んでしまってもおかしくないのだ。他の男たちも全員崩れ落ちていて、もしかするとすでに何人か死んでしまっているおそれもあった。
もうこの際だ、クレアが暗示をかけられていようが関係ない。ハッタリだろうが嘘だろうが何だって構わない。今使える全てを時間稼ぎに使わなくてどうするのか。
「ウチが今から治療しちゃあけん!やけ少しだけ待ちぃて!」
治療、の言葉にクレアがかすかに逡巡した。
もう一息だ。
クレアがエンヴィルを見た。
気遣わしげに見やったその瞳が、だが瞬時に色を失くした。
「ぜったい、ゆるさない」
どうやらクレアは、エンヴィルがすでに死んでしまったと判断したようだ。改めて確認させたことが完全に逆効果になってしまった。
「待った!ほんとマジで待ったて!治せるけん!」
必死にミカエラは言葉を紡ぐ。正直な話、ここまでの重症を治せる自信はなかったが、治せないと確実にアウトだ。死ぬ気で治さないとマジで死ぬ。
「うるさい」
そして案の定クレアは聞かなかった。
そういうところは変なところで頑固な、いつものクレアのままだった。
ミカエラの必死の説得も虚しく、クレアが再び詠唱を開始する。やむなくミカエラも[禁足]の詠唱を始めた。
「…あ。」
思わずそんな呟きが、ミカエラの口から漏れた。
クレアの詠唱が白属性だったのだ。
ここまで彼女は全て赤属性の術式ばかり詠唱していたから、次もそうだとミカエラは我知らず思い込んでいた。だからそれに合わせて[禁足]の詠唱を始めたのだ。
なのに、ここに来ての白属性。それまでと発動タイミングがまるで違うから、ミカエラの[禁足]の方が先に発動してしまう。先に発動してしまえば[禁足]は不発になり術式は霧散するしかない。
発動遅延の方法は、ない。少なくとも最初から遅延させることを想定していなければ手の打ちようがない。
しかもミカエラはここまでと同じように[禁足]の二重詠唱を始めてしまっていた。今から唱え直したところで白属性魔術のタイミングに合わず、同時起動がどちらも[禁足]だから他の防御魔術への切り替えも間に合わない。[魔術防御]は最初から発動させてはいるが通常通りにかけているものでしかなく、クレアの魔術に対抗するためには発動強度の限界まで高めた魔術防御で行けるかどうかなのだから、まずもって防げない。
詰んだ。
ミカエラの心を絶望が支配する。
「[光線]──」
そしてクレアの詠唱が完了した。
ミカエラの胸に向けられた、クレアの細い指先。その先端が一瞬光る。
(いいやまだたい!止まんなウチ!)
クレアの使った魔術はそれまでのような広域殲滅魔術ではなく、単体攻撃魔術だ。だったら避けてしまえばまだワンチャンあるはず。
最悪、即死さえ免れれば───
指先の光が迸り、ミカエラの胸に、心臓をめがけて伸びてくる。それを極限状態のなか、ミカエラの目はしっかりと捉えた。
躱せ、身を捩れ。ほんの僅かでも、逸らせ──!
次の瞬間、展開したミカエラの[魔術防御]が音を立ててあっさりと砕けた。クレアの[光線]はなんら威力を衰えさせることなく、そのままミカエラの胸を貫く。
激しい痛み、というより熱いと感じた。光線は胸を貫通して後ろの石壁を溶かし穿っていたが、ミカエラにそんなものを確認する余裕はない。
身体の力が抜け、崩れ落ちる。息が詰まる。嘔吐感があり、喉の奥から何かがせり上がる。
ああ、これ、肺に穴が開いとる。
辛うじてそこに思考が辿り着いた。
だったら、心臓への直撃は避けられた。はず。
ああ、なら、うつ伏せにならんと。肺に溜まる血ば吐き出せんと、窒息して死ぬ。
途切れかける意識でそこまで考えて、実際にミカエラが取れたのは半身の姿勢までだった。つまり横寝の体勢だ。
そしてそのまま、彼女の意識は千切れた。
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