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第三章【イリュリア事変】
3-15.依頼の失敗
しおりを挟む「拠点が割れた。引き払う準備をしろ」
入ってくるなりその場の面々にそう声をかけたのは、リーダーの男だ。だがその姿はイリュリア王国の制式の騎士鎧に騎士剣、それに制式のマントまで羽織っていて、どこからどう見ても“本物の騎士様”だ。
その彼が入ってきて、今男たちがいるのは下水の点検通路の奥深くにある例の拠点。男たちは必要があって出なければならない場合を除いて、できる限りこの中で生活するようにしていた。少なくともこの依頼があってからはずっとそういう生活だった。
その拠点の存在が知られたのだと、直ちに逃げろと、リーダーは言う。
「おいリーダー。なんて恰好でこんな所来てんだよ。誰かに見つかったらどうす──」
「緊急事態だと言っている。今は説明する時間さえ惜しいのだ」
だから取るものも取りあえず、急ぎ報告に来たのだと、リーダーは言った。
「確定情報なのかそれは」
「そう思ってもらって構わん」
「……逃げるのはいいとして、依頼はどうなる?」
「一旦は休止だ。作戦継続が可能なら継続、難しいなら中止あるいは失敗ということになる」
「つまり、判断は依頼主に委ねられる、ってわけか」
ある意味当然のことである。少なくとも依頼を受けた側の彼らには、自分たちで判断し決定できるような権限は与えられていないのだから。
「証拠の一切を残すな。僅かでも痕跡があれば失敗は確定だ。特に依頼主関連は絶対に隠滅しろ」
男たちは慌ただしく動き出した。ある者は生活の痕跡を消しにかかり、ある者は退路の確認へと向かう。またある者はどこからか大きめの袋を取り出してきて、痕跡を消し終えた部屋から順に袋を叩いて埃を振り撒いてゆく。自分の足跡を残さないように慎重に撒いて、初めから誰もいなかったかのように偽装していく。
いずれも手際のいい、やり慣れた動きだった。そしてそれらを指示するリーダーの男にも、緊張感はあるが焦りはない。
「おい、ちょっと報告があ………ってうわ、こんな所で何やってんですかきし…リーダー!」
そこへ、アジトへ入ってきた仲間のひとりが、言葉の途中でリーダーに気付いて素っ頓狂な声を出す。屋上で見張りをしていたうちのひとりだ。
「報告だと?手短に話せ」
「いやその前に、この騒ぎは…………“撤退”か?」
「ああ、“一時撤退”だ。で?」
「“撤退”か、そうか…。いや、高鐘楼の守りが薄くなったんだが」
見張りの男の報告に、リーダーの顔が驚きに染まる。
「どの程度減った?」
「一個小隊だ」
「あまり減ってはいないか…」
「いや、言葉が足らなかったな。『一個小隊になった』んだ」
「……………は?」
一個中隊25名の配備が、一個小隊5名にまで減らされた。それはつまり、その引き上げた人員まで拠点の捜索に充てられたということになる。いや、この場合だと捜索ではなく制圧要員として回されたのだろう。
つまりもはや一刻の猶予もない。直ちに退去しなければならない。
「偽装はもういい。すぐに脱出だ!」
「いや、返り討ちって手もあるんじゃないか?」
撤退を優先させようとしたリーダーの前に進み出て不敵な笑みを浮かべたのは、例の女好きの男だった。
「何しろ切り札はこっちにある」
「いやそれは最終手段だろう」
「多分、使わなきゃ逃げ切れないと思うが?」
男の言葉が真理を突いている、とリーダーは認めざるを得なかった。状況証拠から拠点が割れているのはもはや確定だ。であれば、乗り込んでくるのは──。
「……………最悪の展開だ」
リーダーは天井を見上げて嘆息する。
「てなわけで、アンタは一足先に逃げろ。アンタがここに居ちゃマズいだろ」
その時、石壁が派手に砕かれる轟音が響きわたった。
「……どうやら、手遅れだったようだ」
そしてリーダーは、覚悟を決めた。
依頼は失敗だ。
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