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第三章【イリュリア事変】
3-13.犯行グループ(2)
しおりを挟む「んぅ…」
その時、クレアがかすかに呻いた。
その声に一斉に男たちが反応する。
クレアは額にかすかに汗を浮かべて、青ざめた顔に苦しげな表情を浮かべている。その顎がわずかに動いて、荒い息を吐く。少しだけ顔を左右に揺らしたところを見ると、どうやらうなされているようにも見えた。
「やはりステラリア錠剤を飲ませるべきだ」
「だが意識がないのに飲み込めるか?」
「水に溶かそう。少しずつ口に含ませればいい」
「そんな事をしていて、起きたらどうする?」
「ではあらかじめ縛って──」
「顔を見られるのはマズイぞ」
「なら目隠しも追加で」
「…いや、それはそれで絵面がヤバくならんか?」
意識のないまま苦しむ少女を縛り上げ、目隠しをした上で無理やり液体を飲ませる。それもむさ苦しい、大の大人の男たちがよってたかって。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「いや考えたらダメだろう」
「いや考えないとダメだろう?」
そして、男たちは少女を見下ろす。
「それにしても…………」
デカイな。
誰ひとり言葉にこそしなかったが、脳裏でキレイにハモっていた。そして縛ったら余計に強調されること請け合いだ。
「やっぱダメだ」
「目隠しだけにしよう」
「んん…」
またしてもクレアが呻いて、男たちはビクリと身を震わせて押し黙る。
騒いだつもりはなかったが、やはりうるさかっただろうか。今意識を取り戻されてしまったら、少々手荒なこともしなければならなくなってしまう。絵面がどうとか言っている場合ではなかった。
「おとうさん…」
だが次にクレアの口から零れてきたのは、その場の誰も予想し得なかった一言だった。
「おとうさん…いやぁ…」
どうやら夢でも見ているようだった。先ほどよりも苦悶の色合いが濃くなった顔を見れば、それが心地よい夢ではないとひと目で分かった。
「いやぁ…行かないで…」
そこまで聞いて、男たちは顔を見合わせる。
男たちがクレアに関して知っていることと言えば、勇者パーティの魔術師として一般的に公開されている程度の情報でしかない。
大地の賢者の孫娘で、祖父とともに世界を旅していた少女。その祖父の推挙で勇者パーティに加入して、幼いながらも祖父譲りの高い能力と溢れんばかりの才能で将来を嘱望されている未完の大器、未来の大魔導師。
だがそういえば、両親に関する話は聞いたことがなかった。今のうわ言からすれば、少なくとも父親に関してはあまり良い思い出を持っていなさそうだ。
そして、この娘はそれを嫌がっている。
「ひとつ、思いついたことがある。試してもいいか」
ひとりの男がそう切り出した。
「上手く行けば縛ることも目隠しも必要なくなる。それどころかこの娘を仲間にできる」
「なに?」
「そんな事が可能なわけないだろう?」
「寝言は寝ている時にだけ言うもんだぞ?」
「お前、いくら女好きだからって──」
当然ながら誰からも賛同はなく、それどころか正気を疑われる始末だ。だが男は意に介さず「まあそう言わず聞け」と仲間たちを呼び集め、額を突き合わせて先ほどまでよりもいっそう声を小さくして、ゴニョゴニョと思いついた計画を披瀝した。
「…………本当にそんな事が可能なのか?」
「相手は幼いとはいえ魔術師だぞ?」
「そう、魔術師、それも天才だ。だが今なら魔力欠乏症で魔力抵抗は無いに等しい。だからこそ目があると踏んだわけだが」
「…なるほど、そういうことか」
ようやく男たちは意図を察した。
「よし分かった、やってみろ」
そしてリーダーの男が最終的にGOサインを出した。
「どうせダメ元だ。失敗したらしたで、それから拘束したって遅くはないだろう」
魔力が尽きている今なら、少女ひとり制圧するなど造作もないことだ。絵面にさえ目を背ければ、だが。
そうして言い出しっぺの男ひとりを置いて、残りの仲間たちは別室に移っていった。術の成功率を上げるためには選択肢をひとつに絞った方がいい、という彼の言葉にリーダー以下全員が従ったわけだ。
「…………あいつ、ふたりっきりになって良からぬ事を企んだりしないだろうな?」
ひとりがポツリと呟く。
それにほぼ全員が驚愕の表情で応えた。
(しまった!)
(奴め、それが狙いか!)
(女癖の悪い奴だとは思っていたが、よもや人の道にまで外れようとは──!)
(だが、気持ちは分かる。あれほどのサイズを見せつけられてはな…)
(クッ…俺も触りたかっ)
「いや、さすがにそこは信じてやれ」
だが、ただひとりリーダーだけは顔色ひとつ動かさず、彼の擁護をしてみせた。
さすが人の上に立つ男、信じるべき時にはきちんと部下を信じられる出来た男であ──
「だがもし本当にそんな事をしでかしたりすれば、この誘拐は奴の単独犯ということにして勇者パーティに差し出してくれる」
全っ然、信じてあげてなかったー!!
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