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第三章【イリュリア事変】
3-12.犯行グループ(1)
しおりを挟む「全員戻ったか?」
暗がりの中、粗末だがしっかりした造りの小屋の木扉の前まで来て、ひとりの男が仲間を見回して確認する。
ティルカン市内、下町よりもスラムに近い、低所得層の住むその場所にあるこの小屋は、ここ最近男たちが根城にしていた場所だった。
正確には、小屋に隠された隠し扉のその先が、だが。
「ああ、ひとりの欠けもない。作戦は成功だ」
別の男が満足そうに応える。
最初の男もこの男も、暗褐色の服に黒革の革鎧、黒塗りの武器という出で立ちで、見るからに隠密作戦からの帰還直後といった雰囲気だ。
だがその衣服や鎧にはあちこちに血糊が付いている。すでに半分乾きかけ、赤黒い染みに変わり始めていて、どう見ても荒事を終えて戻ってきたようにしか思えない。そしてそれは、その場の7人全員がそうだった。
「収奪班も戻ってきたぞ」
また別のひとりが声を上げる。どうやら別働隊がいて、それが戻ってきたところのようだ。見れば白銀の陰神明かりの下、建物の影を縫うように数人の男たちがこちらへと音もなく駆けてくる。その一団も、やはりみな黒装束を身にまとっている。
その別働隊の先頭を走ってくる男が黒布に包んだ大きな何かを担いでいるのを見て、彼らは作戦の成功を確信した。あとはこれを依頼主に高く買ってもらえばそれで終わる。
だが、その先頭の男の様子がおかしいことに彼らはすぐに気付く。何やら訝しげな顔で、しきりに首を傾げているのだ。
「そちらも戻ったか。………何か気になることでもあるのか?もしや欠けでも出たか?」
「いや作戦は成功し欠員もない。
ないんだが………」
「なら何を気にしている?」
そう問われて、黒布の荷物を肩に担いだままの男は不思議なことを言い放ったのである。
「なあ、この王子、胸があるんだが」
それも、かなり立派なものが。
見れば男が抱えている荷物は、男の肩を中心に身体の前後に折り曲っていて、ちょうど小柄な人間を担いでいるような感じだった。先に戻って出迎えた男たちから見て、人間ならばちょうど背中が見えている格好だ。もちろん黒布に包まれているからそれが人間とも、背中とも断定はできないが。
ただ王子との発言からして人間の身体なのは間違いないだろう。事実、彼ら別働隊はとある宿を強襲して人をひとり拐ってきたところだった。
「なん、だと…?」
だが、彼らが指示されていたのは『王子の身柄の確保』である。胸があるというのなら、それは王子ではないはずだ。
「確認しなかったのか」
「そんな暇もなければ余裕もあるわけないだろう。何しろ相手は勇者パーティだぞ」
「と、とりあえず確認するぞ」
そして男たちは周囲を警戒し、尾けられていないか確かめた上で慌ただしく木扉の鍵を開け、次々と中に滑り込んで行く。最後のひとりが油断なく辺りを見回して追手がないのを再確認し、それで扉は閉められた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「………。」
「………。」
「………。」
さして広くもない部屋の中は重苦しい空気で満ちていた。その場の男たちは例外なく黙り込み、ある者は椅子に座ってテーブルの上で頭を抱え、ある者は床に座り込み、またある者は石壁に寄りかかって天井を仰いでいる。
「……………どうしてこうなった」
リーダーと思しき男、最初に拠点に戻ってきた一団を率いていた男が、ようやっと重い口を開く。
「どうもこうもない。作戦は失敗だろう」
別のひとりが忌々しそうに応える。そして部屋の隅に置かれた粗末なソファに寝かされている少女を見やる。
どうもこうも何も、宿への突入に際してほんの少しだけ冷静になって、王子の正確な位置を探っていれば回避できた事態である。あるいは、王子が窓際に来るまで辛抱強く待っていれば。
というか、突入のタイミングを高鐘楼襲撃グループの方に任せたのがそもそも間違いだった、と言えるかも知れない。
そこに寝かされていたのはクレアだった。大きめのダボダボのトゥシャツにホットパンツというラフな格好をした彼女は意識を失ったままで、たわわに盛り上がった胸部がかろうじて上下しているから昏睡しているだけだと分かる。
顔は蒼白くかすかに汗ばんで、呼吸がわずかに乱れていて、決して状態は良くはないのが分かる。
「それで?どうすんだこれ?」
「死なせるわけにはいかんぞ。誰かステラリアの錠剤を持ってないか」
「待て待て、このまま目覚めさせるわけにもいかんだろ」
「だからといって放置というのも──」
男たちは小声で議論する。小屋の隠し扉の先の長い石段を降りた先にある下水の点検通路、迷路のように入り組んだその点検通路の奥深くに密かに構えられた拠点での会話だから誰かに盗み聞きされる恐れもないのだが、それでも彼らは声を落とさざるを得ない。
何しろ彼らは誤って勇者パーティの少女魔術師を誘拐してしまったのだ。本当ならばイリュリア王国の第三王子を拐ってくるはずだったのに。
もしも万が一このことが漏れでもしたら、まず確実に全員が極刑は免れない。事によると、いやほぼ確実に王子の誘拐よりも罪が重い。
そして、傍らのその魔術師の少女がいつ目を覚ますかも知れないのだ。その眠りを妨げないように、かつ聞き咎められることのないように、思わず声を落とすのも無理からぬことであった。
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