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第三章【イリュリア事変】
3-4.ティルカンの街での“拾いもの”
しおりを挟む晩食の後、アルベルトはティルカンの街に散歩に出かけた。あまり美女たちに囲まれていても彼とて気の休まる時が少ないし、たまにはひとりにならないと身が持たない。それに彼自身も毎日の鍛練は欠かせないし、鍛練ができなくとも運動自体を止めるつもりもない。
それに一泊だけとはいえ、宿の周辺の地理を把握しておくのに越したことはない。だから宿のフロントに頼んで手に入れたティルカンの地図を片手に、宿の周囲を当てもなくぶらついていた。
宿の周辺を散歩するのはティルカンが初めてだ。スラヴィアの各都市であればラグ市民というだけで見ず知らずでもある程度同胞意識があったし、アルベルトも多くの都市を冒険者として訪れたことがあったので不安も少なかった。だがここはスラヴィアではなく、すでに国境を越えて他国に入っている。アルベルトが行ったことのない街も多くなってくるし、彼のことを知る者もほとんど居ないだろう。
ティルカン自体は、というか竜骨回廊沿いの多くの都市はアルベルトは訪問経験があるが、ほとんどは18年前に訪れたきりの都市ばかりだし、それだけの年月が経っていれば彼の知らない変化も多い。ラグシウム近郊のように竜骨回廊自体のルートが変わっている場所もある。それに西方世界である以上は勇者の、蒼薔薇騎士団の威名は鳴り響いているだろうが、逆に言えばそれを悪用しようという輩が居ないとも限らない。
「警戒しているのかしら?」
突然、後ろから声をかけられる。だが聞き慣れた声であり、警戒には及ばない。
「そう言う貴女も、目的は同じだよね?」
「まあ、そうだけれどね」
声をかけてきたのはヴィオレだ。ただし建物の陰から、人目につかないようにアルベルトにだけ聞こえるように声をかけ、ふたりが一緒にいることを周囲に悟られないように気を付けている。
だから彼も、彼女の方には顔を向けずに声だけで応えている。
「まあまだイリシャだし、そこまで警戒することもないんだけどね」
イリシャ連邦はエトルリアの友好国であり、エトルリアとは兄弟国とも言えるマグナ・グラエキアとも友好国である。そのためエトルリア出身の勇者パーティである蒼薔薇騎士団にも好意的で、国境検問所でもティルカンの北門でも歓迎されたものだ。
「そうでもないわよ」
だがヴィオレの声には楽観的な色はない。
「王宮と街に、少しきな臭い動きがあるわ」
「きな臭い?」
「はっきり言えば、クーデターを企んでる輩がいるわね」
イリュリアは小国で、イリシャに加盟したのも連邦構成国で一番最後である。国家としての歴史は長いのだが、国力としては不安定な部分が多い。そもそもイリシャに加盟したのも国家の安定を図る目的があったからだ。
だから、首都といえど何が起こるか分からない。だからこそアルベルトもヴィオレも警戒しているのだ。
「クーデターかあ。じゃあ一泊だけでさっさと発った方がいいかな」
「ええ、その方が無難でしょうね」
アルベルトは王宮のあるティルカンの西の空を見上げる。陽神はすっかり落ちていて空は夜闇に包まれており、アルベルトが今立っているのは街に何本かある大通りの一本で、宿の前から延びている道をそのまま歩いているだけだ。
大通りは魔術灯による街灯が整備されていて人通りもまだ多く不安はないが、路地を覗けば暗闇もそこかしこに見えていた。ヴィオレがいるのもそうした路地のひとつの物陰だ。
「これから、どうします?」
踵を返しながらアルベルトは問う。
「もう少し散歩するわ」
「そうですか。では」
それだけ言って、彼は再び歩き出す。今来た道をそのまま逆戻りして宿の方へ。主語を敢えて言わずにおいたが、行動と態度と合わせてヴィオレには正確に伝わっているだろう。本当は確認したいが、彼女ならばきっと正確に察してくれているはずだと信じることにする。
彼女の気配が路地から消えて、アルベルトは独りになったのを実感する。そうしてやや路地よりに身体を寄せながら、警戒を怠ることなく彼は宿の方へ戻って行く。
「わっ!」
そのアルベルトに、路地から駆け出した人影がぶつかってきたのはその時だ。
人影はアルベルトの姿に気付いたものの、咄嗟に避けることができなかったようだ。
「おっと、大丈夫かい?」
「あっ、申し訳ない!」
咄嗟にかけた声に返ってきた返事は少年のものだ。最初に詫びが返ってくるあたり、物盗りや言い掛かりの類ではなさそうだ。
だが、アルベルトは少年の出てきた路地を見やる。その奥から複数の気配がこちらに迫ってくる。
「こっちにおいで」
だからアルベルトは少年の手を取ってその場を離れる。
「えっ、あの…」
アルベルトの思惑が読み取れない少年は声に戸惑いを乗せるが、疑問を飲み込んで大人しくついて来た。アルベルトは手近な商店の建物の陰に少年を押し込み、自分の身体で大通りからの人目を塞ぐ。そして黒属性の[暗幕]を素早く発動させた。
そうして隠れたふたりの目の前を、路地から出てきた複数の男たちが足早に通り過ぎていく。油断なく周囲を確認しつつ、無言で。
だがその目つきと態度が、何よりも彼らの身から発する気配が、お世辞にも褒められたものではなかった。
「ふぅ。上手くやり過ごせたかな」
男たちが何かを探して、それぞれ別の路地へと散ってしばらく経ってから、戻ってこないのを確認してアルベルトは術を解く。そうして明るい大通りへと再び踏み出す。
「さて、じゃあ行こうか」
無言のままおずおずと彼について大通りに出てきた少年に向かって、アルベルトは手を伸ばす。
「あの、貴方は…?」
「その話は、ひとまず宿に戻ってからの方がいいんじゃないかな。ここに居たらまたすぐ彼らに見つかってしまうだろうし」
「いえ、でも…」
「まあまあ、きっと悪いようにはしないからさ」
「…。」
おそらく少年はアルベルトを信用していいか迷っている。だがそれが分かるからこそ、アルベルトは半ば強引にその手を取って歩き出した。
今は一刻も早く安全な場所に避難して保護するのが先決だ。そしてアルベルトが安全だと判断できるのはこの街では1ヶ所だけだ。
そうして彼らは、〈雄鷹の王冠〉亭へと入っていったのだった。
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