113 / 335
第三章【イリュリア事変】
3-3.ラケダイモーン
しおりを挟む「ねえ、私ラケダイモーンに行ってみたいわ」
唐突にレギーナが何やら言い出した。
場所はイリュリア王国の首都ティルカン、その首都でも最高級の宿として名を馳せる〈雄鷹の王冠〉亭の最高級客室のリビングである。
イリュリア王国の人口の大半を占めるイリュリア人には彼らが鷹の子孫であるという伝承が伝わっていて、そのため王家の紋章も鷹がモチーフであり、民間でも鷹はもっとも重要なものとして扱われる。逆に言えば、鷹と名乗っている、名付けられているものはどの分野でも最高級の証明になるのだ。
「まーた姫ちゃんがなんか言い出したばい」
「まあ言い出すとは思っていたけれどね」
予想通りとでも言いたげな、ミカエラとヴィオレの反応。
「な、なによ。ラケダイモーンはイリシャの連邦首都なんだから、普通行くでしょ?」
ミカエラたちのリアクションにレギーナは不満そうである。
「行かんばい?ユスティニアヌスからエリメイアまでショートカットするっちゃけん、ラケダイモーンどころかアーテニにもテーベにもコリンソスにも行かんばい?」
「えっ嘘でしょイリシャ観光は!?」
「ただでさえ行程遅れとっちゃけん、そげな暇なかろうもんて!」
本来ならばスラヴィア自治州は6日で抜ける予定だったのだ。それをサライボスナで余分に一泊し、改装の必要があったとはいえラグシウムで四泊もしたのだ。つまり、単純計算で予定の倍の日程を食っている。これ以上余計な寄り道はできない、というのがミカエラの言い分だ。
竜骨回廊はイリシャ連邦内で大きくふたつのルートに別れていて、片方はイリュリア王国からアカエイア王国に南下してアーテニ、テーベ、コリンソスなどを経由する南回りルート、そしてもう片方はミカエラの言った、アカエイア王国を経由しない北回りルートである。
ちなみに南回りルートでもラケダイモーンは経由しない。ラケダイモーンはイリシャ最南端のペロポネス半島の南側に位置し、竜骨回廊はペロポネス半島の付け根をなぞるように伸びている。つまりラケダイモーンに行こうとするのなら、竜骨回廊からも外れなくてはならない。
「まあ、レギーナがなぜラケダイモーンに行きたいかなんて言わなくても分かるけれどね」
「ひめ、分かりやすいから…」
ヴィオレとクレアがため息混じりに言う。
「なっなによ、まだ何も言ってないわよ!?」
「んー、レギーナさんは多分、闘技場に飛び入り参加したいんじゃないかな?」
「ほら、バレてる…」
「うぐ…!」
イリシャ連邦は西方世界では数少ない、奴隷制度を認めている国である。ただしイリシャの奴隷は主に犯罪者や戦争捕虜を対象にしていて、奴隷を働かせるのも上流階級の召使などではなく、戦場や闘技場の場合が多い。つまり、いわゆる戦闘奴隷というやつである。
イリシャ連邦・アカエイア王国の首都でもある連邦首都ラケダイモーンには古代ロマヌム帝国時代以前から続く、長い伝統を誇る闘技場がある。戦闘奴隷は平時ではそこで同じ戦闘奴隷たちや魔獣などと模擬戦闘を行い、それが見世物として興行されているのだ。
ずっと昔は殺し合いをさせて血なまぐさい凄惨な戦いを売り物にしていたというが、今では安全にも充分配慮されたスポーツの感覚が強い。そして腕に覚えのある者たちの挑戦にも門戸が開かれている。
つまり、レギーナはその闘技場への飛び入り参戦を企てているわけだ。そうすれば確かに運動(という名の鍛練)にもなるし、ある程度の強敵との稽古にもなる。闘技場は戦士だけでなく魔術師同士の戦闘もあるため、クレアやミカエラも参戦すれば鍛錬にはなるだろう。
だがしかし。
「ひめ、参加したら絶対半年は入り浸ると思う…」
「そっ、そそそんなことなっ、ないわよ!?」
「姫ちゃん、目が泳いどうばい?」
ただでさえ勇者として人類屈指の実力を誇るレギーナである。戦って負けるとも思えないが、戦闘の強さ以外に価値を得られない戦闘奴隷たちにとっては挑戦しがいのある大きな壁であることに疑いはなく、参戦すればこぞって試合を申し込まれる事になるに違いない。そしてレギーナ自身が戦うことが大好きな性分であり、挑まれれば全て受けようとするだろう。
つまり彼女は、名乗り出る挑戦者を全て薙ぎ倒して絶対的王者として君臨し、挑む者がいなくなるまできっと梃子でも動かない。
そうして挑んでくる者たちを全て倒して高笑いする彼女の姿がアルベルトを含めて全員の脳裏にくっきりと思い浮かんでいたのだった。そしておそらく、レギーナ自身にも。
「そやけんラケダイモーンには行かんばい。当然アーテニにも寄らんけん、競技大会にも出させんけんね」
ラケダイモーンには闘技場があり、アーテニには競技場がある。競技場は模擬戦闘こそ行われないが、数年に一度西方世界各地で持ち回りで開かれている陸上競技大会の発祥の地であり、スタディオンレースやミリウムレースなどの競走、それに円盤投擲や投槍、個人格闘などの競技が日常的に開催されていて、常日頃から肉体を鍛えぬいた競技者たちが技を競っている。月一度のペースで競技大会が開かれており、こちらも一般参加を受け付けている。
ミカエラは闘技場だけでなく、この競技大会にもレギーナが出場を目論んでいると見抜いていた。
「まっ、まだ何も言ってないじゃないの!」
「言わんでも分かるっちゃ。クレアはもちろんおいちゃんにさえバレとっとに、まぁだ誤魔化せるて思うとると?」
「くっ…ううう!」
何とか言い逃れようとするレギーナに、ミカエラがビシッと指を突きつけて、万策尽きたかのようにレギーナが膝をつく。
勝負あり、そこまで。
「話がついたところで晩食にしましょうか」
ヴィオレがそう言って、リビングの扉の横に備え付けてあるフロントへの連絡ボタンを押す。そして彼女はすぐに顔を出した宿の従業員に晩食の準備を申しつけ、従業員が部屋を出ていったのを確認してソファに座るミカエラの隣に腰を下ろした。
そうしてすぐに運ばれてきた料理に全員で舌鼓を打つ。レギーナはまだ諦めきれない様子だったが、晩食を食べ進めるうちに機嫌もある程度戻ってきたようだった。
0
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる