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第二章後半【いざ東方へ】
【幕間3】秘密が多めの……(3)
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「全く、近頃の若い者は血の気が多くてイカンのう。特に“死神”よ、お主確か生け捕るとか言うて出てったのじゃったろう?」
一切の気配を感じなかった。そして手練の暗殺者ふたりの間合いに入るまで気付かれもしなかった。
老人は両手に刃渡りの短い直刀を握っていて、それを激突寸前だった両者の喉元に押し当てていた。それも体勢を低くして、右手の直刀を左の“影跳び”に、交差させるように伸ばした左手の直刀を右の“死神”に、ピタリと突き付けて微動だにしない。しかもその態勢で、老人はふたりのことを一瞥もしない。
老人が見ていたのは、折れた黒塗りの刃を持ったまま座り込んでいる男だった。
「そも、“黒旋”が怪我しておるというのに、何を遊んどる。それを放って自分が楽しんで如何するのじゃ“死神”よ」
「……………とりあえず、我を忘れたことに関しては謝罪を。それと、できればこれを下ろして頂けませんかね、“シノビ”」
「し、“シノビ”だと!?あの伝説の!?」
暗殺者でありながら“達人”までのし上がった男がいる。それが“シノビ”ことオロチ・ザンダユウである。遥か東方の果て極島から西方世界まで流れてきて、行く先々で無数の伝説を残してきたと伝わっている。
そのあまりの実力にどこの冒険者ギルドも政府も討伐を諦め、ついには特例として“達人”の認識票を交付され正規の冒険者として扱われるようになったという。
…というのが表向きの姿である。
「ほっほ、ワシャもう引退したでの。じゃから悠々自適の老後を送っとるただの隠居ジジイじゃ」
「………これだけの威圧を放っておいて、引退したとは笑わせてくれるわ」
“影跳び”が悔しそうに呟き、そして刃を手放した。一方で“死神”はそれを見て、どこから出したのか身の丈ほどもある大鎌を放り出した。
「そうそう。大人しくしてくれればそれでええんじゃよ」
「全く。貴方がいるせいですっかりラグも平和になりましたよ」
そう。今の“シノビ”はラグの治安を裏から守る守護者である。領主たる辺境伯ロイの懐刀として、ラグ情報部の長として、ラグのスラムに店を構える裏ギルド〈宵闇の帳〉亭に所属しながら、ラグに逃げてくる逃亡貴族たちの安全を一手に担う立場であった。
そして今回、“シノビ”率いる情報部はアルヴァイオンからの逃亡貴族である「ニー・ヒュー子爵」に「ストーン侯爵」から暗殺者が差し向けられたという情報を得て、その暗殺者である“影跳び”を迎え撃つべく配下の“死神”や“黒旋”を配して罠を張っていたのだ。
だが現場を任せたはずの“死神”が久々の強敵との戦いに酔い痴れて暴走しかけたため、やむなく姿を現したのだった。
「これ、俺ら出張ってきた意味あるんスかね」
いつの間にか“黒旋”のすぐ横に現れた細面の若い男が、彼を見るでもなく気だるげに呟いた。
「………まあ、“シノビ”の爺様まで出てきちゃあ、な」
言いたいことは分からないでもない“黒旋”。
彼が突然横に出てきたことに関しては言及しなかった。
「まあでも、俺はお前が出張ってくれて正直助かったよ“賽の目”。どうせ“素足”あたりも動いてるんだろ?爺様や“死神”だけだと息が詰まっちまう」
「あー、“素足”の兄さんは『元栓を締めに』行ってるッスね」
「おっ、じゃあ久々に“六本指”の話題が聞けそうだな」
「まっ、そんなわけで行きやしょう。“破戒僧”のオヤジが待ってるッスよ」
そう言って“賽の目”は“黒旋”を促して立たせた。
チラリと見やると、“シノビ”が“影跳び”を後ろ手に縛って連行していくところだった。“死神”の姿はもう消えていた。
「ほらほら、何してんスか。怪我したまんまだと『カイル』に戻れねっスよ」
「あっバカお前、仕事中は名前で呼ぶんじゃねえ!」
慌てたようにそう言って、“黒旋”ことカイルは先に歩き出していた“賽の目”を追う。宵闇の帳亭に戻って“破戒僧”の治療を受けたあとは、彼はまた妻の親友を影から見守る日々に戻ることになる。
赤ん坊の頃からずっと見守ってきた娘だ。だからこの先もずっと、少なくとも身体が動かなくなるまでは彼は見守り続けるつもりであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何も知らないホワイトはその後、また別の何人もに先導されながら住み慣れた我が家まで案内された。翌朝目覚めた時、いつも通りの気配を感じて、なぜだか分からないけど「もう大丈夫」と言われた気がした。
「私を守って下さってるんですよね。いつも有り難うございます」
誰も居ない虚空に向かって彼女は頭を下げた。いつかちゃんと顔を合わせながらお礼がしたいと思ったが、そんな日が来るのかどうか彼女には分からなかった。
出てきて下さいってお願いしたら、お顔を見せて下さるでしょうか。出てきて下さるといいのだけれど。
そんな事を思いながら朝食を準備しそれを食べ、彼女は今日も仕事へ向かう。
ラグの街はいつもと変わらぬ穏やかな朝の雰囲気に包まれて、昨夜のことが夢であったかのように静まり返っていた。
一切の気配を感じなかった。そして手練の暗殺者ふたりの間合いに入るまで気付かれもしなかった。
老人は両手に刃渡りの短い直刀を握っていて、それを激突寸前だった両者の喉元に押し当てていた。それも体勢を低くして、右手の直刀を左の“影跳び”に、交差させるように伸ばした左手の直刀を右の“死神”に、ピタリと突き付けて微動だにしない。しかもその態勢で、老人はふたりのことを一瞥もしない。
老人が見ていたのは、折れた黒塗りの刃を持ったまま座り込んでいる男だった。
「そも、“黒旋”が怪我しておるというのに、何を遊んどる。それを放って自分が楽しんで如何するのじゃ“死神”よ」
「……………とりあえず、我を忘れたことに関しては謝罪を。それと、できればこれを下ろして頂けませんかね、“シノビ”」
「し、“シノビ”だと!?あの伝説の!?」
暗殺者でありながら“達人”までのし上がった男がいる。それが“シノビ”ことオロチ・ザンダユウである。遥か東方の果て極島から西方世界まで流れてきて、行く先々で無数の伝説を残してきたと伝わっている。
そのあまりの実力にどこの冒険者ギルドも政府も討伐を諦め、ついには特例として“達人”の認識票を交付され正規の冒険者として扱われるようになったという。
…というのが表向きの姿である。
「ほっほ、ワシャもう引退したでの。じゃから悠々自適の老後を送っとるただの隠居ジジイじゃ」
「………これだけの威圧を放っておいて、引退したとは笑わせてくれるわ」
“影跳び”が悔しそうに呟き、そして刃を手放した。一方で“死神”はそれを見て、どこから出したのか身の丈ほどもある大鎌を放り出した。
「そうそう。大人しくしてくれればそれでええんじゃよ」
「全く。貴方がいるせいですっかりラグも平和になりましたよ」
そう。今の“シノビ”はラグの治安を裏から守る守護者である。領主たる辺境伯ロイの懐刀として、ラグ情報部の長として、ラグのスラムに店を構える裏ギルド〈宵闇の帳〉亭に所属しながら、ラグに逃げてくる逃亡貴族たちの安全を一手に担う立場であった。
そして今回、“シノビ”率いる情報部はアルヴァイオンからの逃亡貴族である「ニー・ヒュー子爵」に「ストーン侯爵」から暗殺者が差し向けられたという情報を得て、その暗殺者である“影跳び”を迎え撃つべく配下の“死神”や“黒旋”を配して罠を張っていたのだ。
だが現場を任せたはずの“死神”が久々の強敵との戦いに酔い痴れて暴走しかけたため、やむなく姿を現したのだった。
「これ、俺ら出張ってきた意味あるんスかね」
いつの間にか“黒旋”のすぐ横に現れた細面の若い男が、彼を見るでもなく気だるげに呟いた。
「………まあ、“シノビ”の爺様まで出てきちゃあ、な」
言いたいことは分からないでもない“黒旋”。
彼が突然横に出てきたことに関しては言及しなかった。
「まあでも、俺はお前が出張ってくれて正直助かったよ“賽の目”。どうせ“素足”あたりも動いてるんだろ?爺様や“死神”だけだと息が詰まっちまう」
「あー、“素足”の兄さんは『元栓を締めに』行ってるッスね」
「おっ、じゃあ久々に“六本指”の話題が聞けそうだな」
「まっ、そんなわけで行きやしょう。“破戒僧”のオヤジが待ってるッスよ」
そう言って“賽の目”は“黒旋”を促して立たせた。
チラリと見やると、“シノビ”が“影跳び”を後ろ手に縛って連行していくところだった。“死神”の姿はもう消えていた。
「ほらほら、何してんスか。怪我したまんまだと『カイル』に戻れねっスよ」
「あっバカお前、仕事中は名前で呼ぶんじゃねえ!」
慌てたようにそう言って、“黒旋”ことカイルは先に歩き出していた“賽の目”を追う。宵闇の帳亭に戻って“破戒僧”の治療を受けたあとは、彼はまた妻の親友を影から見守る日々に戻ることになる。
赤ん坊の頃からずっと見守ってきた娘だ。だからこの先もずっと、少なくとも身体が動かなくなるまでは彼は見守り続けるつもりであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何も知らないホワイトはその後、また別の何人もに先導されながら住み慣れた我が家まで案内された。翌朝目覚めた時、いつも通りの気配を感じて、なぜだか分からないけど「もう大丈夫」と言われた気がした。
「私を守って下さってるんですよね。いつも有り難うございます」
誰も居ない虚空に向かって彼女は頭を下げた。いつかちゃんと顔を合わせながらお礼がしたいと思ったが、そんな日が来るのかどうか彼女には分からなかった。
出てきて下さいってお願いしたら、お顔を見せて下さるでしょうか。出てきて下さるといいのだけれど。
そんな事を思いながら朝食を準備しそれを食べ、彼女は今日も仕事へ向かう。
ラグの街はいつもと変わらぬ穏やかな朝の雰囲気に包まれて、昨夜のことが夢であったかのように静まり返っていた。
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