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第二章後半【いざ東方へ】
2-26.穏やかに船に揺られて
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汽笛を鳴らしつつ、ゆっくりと遊覧船が桟橋を離れてゆく。
『このたびはご乗船まことにありがとうございます。〈海神の揺りかご〉号はこれよりラグシウム近海の“真珠”の合間を縫って、皆様に最上の景色と極上のひと時をお贈りすべく、しばしの旅にお連れ致します。皆様どうか、存分にお寛ぎ下さいますよう。
私、当船の船長を務めさせて頂きます、アレクサンドル・ホグシッチと申します。しばしの間お付き合い下さいませ』
船内に[拡声]の術式を利用した船内放送が流れる。
それを受けて船員が客席を回って着座した乗客たちに座席の腰帯を外すよう促して回る。レギーナたちもそれを受けて各々席を立ち、早速舷側へと寄っていく。
船は徐々に速度を上げ、舷側に出れば潮風が心地よい。けれど決して速くなりすぎることはなく、揺れもほとんど感じないため思ったよりも快適だ。
後方には遠くなっていくラグシウムの街並みが見えていて、なるほどひと粒の真珠のように白く煌めいていた。
「風が気持ちいいわね!」
「潮風の匂いが良かねえ。懐かしかぁ」
「これはいいわね。とても優雅で」
「おっきな、しんじゅ…!」
4人娘もそれぞれ笑顔で、あるいは驚きに満ちた顔で、あちこち見て回る。その後を微笑ましく見つめながらアルベルトがついて行く。
「この船、どうやって動いてるのかしら。帆船じゃなかったわよね?」
「櫂も見えなかったわね」
「ふしぎ…」
「あれやないと?軍艦やら外洋船やらと同じやない?」
巡航船の名の通り、船は沿岸域で一般的に用いられる帆船ではなく、動力炉と推進機関を備えた、主に外洋航路や軍艦に用いられるものと同じタイプの自航船だ。
「この船、多分最新式の動力船だと思うよ。前までは五段櫂船だったはずなんだけど、新しくなってるね」
「へえ、そうなの。どうやって動いてるの?」
「それはまあ、俺にもよく分かんないけど」
「おいちゃんにも分からんことのあるったい」
と言われても、アルベルトだって船にまで詳しいわけではないので答えられない。そもそも泳げないので船に乗る事だって稀なのだ。
動力船は機関部に備えた燃焼機関で燃料を燃やし、発生した熱で空気を圧縮した際に生じるエネルギーを推進力に転換して船体を動かしている。それにより魔術を使わずとも大きな動力を得られるのだ。魔術は使わず、というより魔術でこのサイズの船体を動かそうと思えば莫大な魔力が必要になるので、そもそも魔術は使えない。
機関部で発生させたエネルギーはシャフトを通じて船外後方下部、水面下に突き出たスクリューを回転させる動力となり、スクリューが回ることで推力を得て船は進む。スクリューは一般的によく目にする送風器という魔道具とよく似た構造になっており、回転することで一方向への流れを生む。送風器ならば気流だが、それを水中で用いれば水流になるわけだ。
ただしスクリューは水面下で稼働しているため、乗客の目に触れることはない。そのため詳しい構造や原理を知っていなければ『何もしないのに勝手に進む』と思われても不思議はなかった。
燃料は主に黒水と呼ばれる“燃える黒い水”が用いられる。鉱物などと同じく天然資源のひとつで、燃焼効率が高く強い火力を得られるのが特徴だ。それを燃やし、最適な燃焼状態を[保温]の術式で固定してやれば安定した推力を得られるのだ。
ただしこの船は遊覧船であって、船速を求められる軍艦ではないため出力が抑えられていてスピードも控えめだ。そのため乗車定員も少なめで、一度の航海で乗せられるのは200人までである。まだシーズン前ということもあり、乗客もレギーナたちの他にはさほど多くはなく…
いや満員ですねこれ。ラグシウム市民が蒼薔薇騎士団について乗り込んできてしまったようです。
「それにしても、相変わらずすごい見られてるけど…」
「だから慣れなさいってば」
と言われても、アルベルトが慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうである。
〈海神の揺りかご〉号は上下二階層構造になっていて、上層のさらに上の甲板にも出られるので実質三層構造だ。上層は最初に座っていた座席の大部屋が大半を占めていて、両舷に大きく窓が開いているがガラスなどは嵌っておらず、舷側に寄れば先ほどのように潮風を浴びられる。
下層に降りれば吃水線が近くなって、波飛沫を間近に感じられて迫力がある。波飛沫だけでなく、時には牙魚や島魚が見られることもあるという。ただし転落事故防止のためかこの層の舷側の窓はすべてガラスで嵌め殺してある。
この下層部には乗客に料理や飲み物を提供する飲食スペースやダンスホールなどもあり、景色を眺めるだけでなく様々な娯楽を体験できる施設が揃えられていた。
そして最上層、つまり甲板は当然、開放的な船外を存分に楽しめる。よく晴れていれば潮風とともに陽神の光を思うさま浴びることができ、ビーチに劣らぬほど海と空を満喫できるのだ。
船体の中央部は船橋や煙突など船体の重要部が集中しており、両舷には緊急時の救命ボートなどが並んでいて見晴らしの点ではやや損なわれるが、後部甲板は広く取られていてそこにはなんとプールまで備えられている。その周りにビーチチェアがいくつか並べられ、すでに水着姿になった乗客の男女が何人か寛いでいた。
いや、たった特大三の航海なのにプールて。
まあ見ての通り需要があるから付けたんでしょうけども、ねえ?
「…更衣室、あったわよね」
「姫ちゃん止めときて。早速水着になりたか気持ちは分かるばってんが、特大三しか乗っとられんとやけんあとが忙しかばい?」
「う…、そ、そうよね…」
(それに野次馬のようけ乗り込んどるけんね。姫ちゃんは視姦されるとも気にせんめえけど、ウチが気にするったいね)
やんわりとレギーナを止めつつ、本音は言わないミカエラであった。
『このたびはご乗船まことにありがとうございます。〈海神の揺りかご〉号はこれよりラグシウム近海の“真珠”の合間を縫って、皆様に最上の景色と極上のひと時をお贈りすべく、しばしの旅にお連れ致します。皆様どうか、存分にお寛ぎ下さいますよう。
私、当船の船長を務めさせて頂きます、アレクサンドル・ホグシッチと申します。しばしの間お付き合い下さいませ』
船内に[拡声]の術式を利用した船内放送が流れる。
それを受けて船員が客席を回って着座した乗客たちに座席の腰帯を外すよう促して回る。レギーナたちもそれを受けて各々席を立ち、早速舷側へと寄っていく。
船は徐々に速度を上げ、舷側に出れば潮風が心地よい。けれど決して速くなりすぎることはなく、揺れもほとんど感じないため思ったよりも快適だ。
後方には遠くなっていくラグシウムの街並みが見えていて、なるほどひと粒の真珠のように白く煌めいていた。
「風が気持ちいいわね!」
「潮風の匂いが良かねえ。懐かしかぁ」
「これはいいわね。とても優雅で」
「おっきな、しんじゅ…!」
4人娘もそれぞれ笑顔で、あるいは驚きに満ちた顔で、あちこち見て回る。その後を微笑ましく見つめながらアルベルトがついて行く。
「この船、どうやって動いてるのかしら。帆船じゃなかったわよね?」
「櫂も見えなかったわね」
「ふしぎ…」
「あれやないと?軍艦やら外洋船やらと同じやない?」
巡航船の名の通り、船は沿岸域で一般的に用いられる帆船ではなく、動力炉と推進機関を備えた、主に外洋航路や軍艦に用いられるものと同じタイプの自航船だ。
「この船、多分最新式の動力船だと思うよ。前までは五段櫂船だったはずなんだけど、新しくなってるね」
「へえ、そうなの。どうやって動いてるの?」
「それはまあ、俺にもよく分かんないけど」
「おいちゃんにも分からんことのあるったい」
と言われても、アルベルトだって船にまで詳しいわけではないので答えられない。そもそも泳げないので船に乗る事だって稀なのだ。
動力船は機関部に備えた燃焼機関で燃料を燃やし、発生した熱で空気を圧縮した際に生じるエネルギーを推進力に転換して船体を動かしている。それにより魔術を使わずとも大きな動力を得られるのだ。魔術は使わず、というより魔術でこのサイズの船体を動かそうと思えば莫大な魔力が必要になるので、そもそも魔術は使えない。
機関部で発生させたエネルギーはシャフトを通じて船外後方下部、水面下に突き出たスクリューを回転させる動力となり、スクリューが回ることで推力を得て船は進む。スクリューは一般的によく目にする送風器という魔道具とよく似た構造になっており、回転することで一方向への流れを生む。送風器ならば気流だが、それを水中で用いれば水流になるわけだ。
ただしスクリューは水面下で稼働しているため、乗客の目に触れることはない。そのため詳しい構造や原理を知っていなければ『何もしないのに勝手に進む』と思われても不思議はなかった。
燃料は主に黒水と呼ばれる“燃える黒い水”が用いられる。鉱物などと同じく天然資源のひとつで、燃焼効率が高く強い火力を得られるのが特徴だ。それを燃やし、最適な燃焼状態を[保温]の術式で固定してやれば安定した推力を得られるのだ。
ただしこの船は遊覧船であって、船速を求められる軍艦ではないため出力が抑えられていてスピードも控えめだ。そのため乗車定員も少なめで、一度の航海で乗せられるのは200人までである。まだシーズン前ということもあり、乗客もレギーナたちの他にはさほど多くはなく…
いや満員ですねこれ。ラグシウム市民が蒼薔薇騎士団について乗り込んできてしまったようです。
「それにしても、相変わらずすごい見られてるけど…」
「だから慣れなさいってば」
と言われても、アルベルトが慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうである。
〈海神の揺りかご〉号は上下二階層構造になっていて、上層のさらに上の甲板にも出られるので実質三層構造だ。上層は最初に座っていた座席の大部屋が大半を占めていて、両舷に大きく窓が開いているがガラスなどは嵌っておらず、舷側に寄れば先ほどのように潮風を浴びられる。
下層に降りれば吃水線が近くなって、波飛沫を間近に感じられて迫力がある。波飛沫だけでなく、時には牙魚や島魚が見られることもあるという。ただし転落事故防止のためかこの層の舷側の窓はすべてガラスで嵌め殺してある。
この下層部には乗客に料理や飲み物を提供する飲食スペースやダンスホールなどもあり、景色を眺めるだけでなく様々な娯楽を体験できる施設が揃えられていた。
そして最上層、つまり甲板は当然、開放的な船外を存分に楽しめる。よく晴れていれば潮風とともに陽神の光を思うさま浴びることができ、ビーチに劣らぬほど海と空を満喫できるのだ。
船体の中央部は船橋や煙突など船体の重要部が集中しており、両舷には緊急時の救命ボートなどが並んでいて見晴らしの点ではやや損なわれるが、後部甲板は広く取られていてそこにはなんとプールまで備えられている。その周りにビーチチェアがいくつか並べられ、すでに水着姿になった乗客の男女が何人か寛いでいた。
いや、たった特大三の航海なのにプールて。
まあ見ての通り需要があるから付けたんでしょうけども、ねえ?
「…更衣室、あったわよね」
「姫ちゃん止めときて。早速水着になりたか気持ちは分かるばってんが、特大三しか乗っとられんとやけんあとが忙しかばい?」
「う…、そ、そうよね…」
(それに野次馬のようけ乗り込んどるけんね。姫ちゃんは視姦されるとも気にせんめえけど、ウチが気にするったいね)
やんわりとレギーナを止めつつ、本音は言わないミカエラであった。
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