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第二章後半【いざ東方へ】
2-18.青海の真珠
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ザムリフェを出発したアプローズ号は、一路次のラグシウムを目指して走る。
今日も朝から雨模様で、御者台には出発前に[水膜]を[付与]し終えてある。
ザムリフェは渓谷沿いの都市だが、出発してしばらく走れば山々が途切れて広大な平野部が眼下に見下ろせるようになる。これが竜尾平野で、肥沃な穀倉地帯として知られている。
かつての長く続いた「スラヴィア争乱」の時代は、この穀倉地帯を支配下に収めようとした大国同士の争いでもあった。
だが、それももう昔の話。スラヴィア各都市の頑強な抵抗に遭った各国は盟約によってスラヴィア地方を不戦地帯と定め、その代わりにスラヴィアの、特に竜尾平野の各都市は穀物を中心とした農作物を積極的に各国に輸出することで平和を享受していた。
眼下に広がる竜尾平野のさらに向こう、見はるかすその先には青く輝く海がかすかに見えている。西方世界の南方に広がる南海の中でも特に温暖で美しい海と言われる“青海”である。
雨にけぶるその海は、雨の彼方にあってなお輝いているように見える。晴れていればさらに美しいことだろう。
「まだ遠いけど、海が見えてきたよ」
アルベルトが車内にそう告げると、慌ただしい足音とともに蒼薔薇騎士団の女子たちが御者台に駆け出してくる。
「海!?海が見えたのね!?」
「どこな?どこが海なん!?」
「ちょっとまだ、少し遠すぎるわね…」
「うみ…見えない…」
いやクレアが見えないのは多分前を塞がれてるからだと思います。
「ほら、あそこ。波が輝いてるでしょ」
「ん~見えるような見えないような…」
「なんや雨模様でよう分からんね」
「でも確かに、あれは海ね」
「クレアも~!見たい~!」
アルベルトが指し示す先を見はるかしつつ、女子たちが好き勝手にはしゃぎ合う。こうなると勇者パーティというよりただのお上り女子の一団である。
「今日は雨だからね、晴れていればここからでも綺麗に見えるんだけど」
それでなくとも御者台には[水膜]がかかっていて見通しが少し落ちている。この光景を何度か見て慣れているアルベルト以外にはよく分からなくても無理のないことだ。
「もっと近くなって綺麗に見えるようになったらまた呼ぶから、それまで待っててくれるかな」
「そうね。じゃあそうしましょ」
「なら楽しみに待たしてもらおうかね」
「雨なのが、残念よねえ」
「海、どこ?」
口々に自分に言い聞かせつつ車内に下がっていく年長三人の横を無理やりすり抜けて、ようやくクレアが御者台に出てこれたので、アルベルトが指し示して教えてやると、彼女は目を輝かせながら補助座に座り込んでしまった。アルベルトは苦笑しつつ、座りたいなら補助座ではなく助手座にするよう言いつけて、クレアも渋々ながら従った。
そんなふたりの様子を伺いながらスズが下り坂に入った回廊を駆ける。次の目的地、海辺の観光都市ラグシウムへ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「海ね!」
「海やねえ」
「ここまで来れば見間違いようがないわね」
「すごい…!」
昼前にはずいぶん進んで、誰の目にもはっきり海が視認できるようになっていた。なので改めてアルベルトが車内に声をかけ、それで全員が再び御者台に集まっている。
なおクレアはあのままずっと助手座に座りっぱなしなので、今度は邪魔されることなく特等席を独占していた。
「あれが“青海”。まあ青海はみんな分かると思うけど、これから行くのが…」
「“青海の真珠”でしょ!」
「ヴェネーシアよりか綺麗か街らしいやん」
「私もラグシウムは初めてだから、楽しみね」
一応念のため、といった説明を入れるアルベルトの声に年長三人の声が次々と被る。
「せいかいの、しんじゅ…?」
なぜ彼女たちがこんなにも前のめりかと言えば、それはラグシウムが青海の真珠と呼ばれる風光明媚な港湾都市であるからだ。
ラグシウムは青海沿岸の各都市、いずれも風光明媚な水辺の街としてよく知られるエトルリアのヴェネーシアやスラヴィアのスパラトム、あるいはファロス島などと比べても勝るとも劣らない景勝地として西方世界に広く知れ渡っていた。青海の竜脚半島側はなだらかな海岸線が広がる大規模なリゾート地が多いのに比べ、竜尾平野側は入り組んだ港湾や島嶼が多く、バラエティに富む景色で訪れる者を楽しませる。そしてラグシウムはその中でももっとも人気ある都市のひとつであった。
「で、そのラグシウムはまだ見えてこんとな?」
前方をきょろきょろ見渡しながらミカエラが尋ねる。
「ラグシウムは見えてこないよ。
まだ遠いし、それに…」
苦笑しつつアルベルトは答えた。
「ラグシウムは陸側からは見えないんだ」
ラグシウム。
“青海の真珠”と称されるその名の由来は、青海に輝くひと粒の真珠のような、小ぢんまりと纏まった狭い市域にある。海からの強烈な陽神の照り返しで気温が上がるのを防ぐため、街の家々はどれも白い壁に白い屋根をしていて、しかも海際にまで迫り出した山稜の急な斜面にしがみつくように建物が立ち並ぶため、海から見るとまるで大きな真珠がそこにぽつんと現れたかのように錯覚するのだ。
青い海に浮かぶ、ひと粒の真珠。それがラグシウムの美称の由来であった。
なお“真珠”とは海凄の貝類から稀に採れる宝石のことで、虹色に輝く乳白色の美しい石だ。宝石、と便宜上呼んではいるが、実際は貝殻とほぼ同じ成分であるという。
二枚貝なら大抵どの貝も形成するらしいが、宝石として珍重される丸く大きな粒が採れるのは主に真珠貝と呼ばれる種類である。他の貝種よりも明らかに良質で粒の大きな真珠を多く生成するので、いつしか貝の名前まで“真珠”になってしまったのだそうだ。
そして最近では、より大きくて丸い真珠を安定的に採取するために養殖の試みも進められているという。ラグシウムの今後の主要産業になると目されているそうだ。
今日も朝から雨模様で、御者台には出発前に[水膜]を[付与]し終えてある。
ザムリフェは渓谷沿いの都市だが、出発してしばらく走れば山々が途切れて広大な平野部が眼下に見下ろせるようになる。これが竜尾平野で、肥沃な穀倉地帯として知られている。
かつての長く続いた「スラヴィア争乱」の時代は、この穀倉地帯を支配下に収めようとした大国同士の争いでもあった。
だが、それももう昔の話。スラヴィア各都市の頑強な抵抗に遭った各国は盟約によってスラヴィア地方を不戦地帯と定め、その代わりにスラヴィアの、特に竜尾平野の各都市は穀物を中心とした農作物を積極的に各国に輸出することで平和を享受していた。
眼下に広がる竜尾平野のさらに向こう、見はるかすその先には青く輝く海がかすかに見えている。西方世界の南方に広がる南海の中でも特に温暖で美しい海と言われる“青海”である。
雨にけぶるその海は、雨の彼方にあってなお輝いているように見える。晴れていればさらに美しいことだろう。
「まだ遠いけど、海が見えてきたよ」
アルベルトが車内にそう告げると、慌ただしい足音とともに蒼薔薇騎士団の女子たちが御者台に駆け出してくる。
「海!?海が見えたのね!?」
「どこな?どこが海なん!?」
「ちょっとまだ、少し遠すぎるわね…」
「うみ…見えない…」
いやクレアが見えないのは多分前を塞がれてるからだと思います。
「ほら、あそこ。波が輝いてるでしょ」
「ん~見えるような見えないような…」
「なんや雨模様でよう分からんね」
「でも確かに、あれは海ね」
「クレアも~!見たい~!」
アルベルトが指し示す先を見はるかしつつ、女子たちが好き勝手にはしゃぎ合う。こうなると勇者パーティというよりただのお上り女子の一団である。
「今日は雨だからね、晴れていればここからでも綺麗に見えるんだけど」
それでなくとも御者台には[水膜]がかかっていて見通しが少し落ちている。この光景を何度か見て慣れているアルベルト以外にはよく分からなくても無理のないことだ。
「もっと近くなって綺麗に見えるようになったらまた呼ぶから、それまで待っててくれるかな」
「そうね。じゃあそうしましょ」
「なら楽しみに待たしてもらおうかね」
「雨なのが、残念よねえ」
「海、どこ?」
口々に自分に言い聞かせつつ車内に下がっていく年長三人の横を無理やりすり抜けて、ようやくクレアが御者台に出てこれたので、アルベルトが指し示して教えてやると、彼女は目を輝かせながら補助座に座り込んでしまった。アルベルトは苦笑しつつ、座りたいなら補助座ではなく助手座にするよう言いつけて、クレアも渋々ながら従った。
そんなふたりの様子を伺いながらスズが下り坂に入った回廊を駆ける。次の目的地、海辺の観光都市ラグシウムへ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「海ね!」
「海やねえ」
「ここまで来れば見間違いようがないわね」
「すごい…!」
昼前にはずいぶん進んで、誰の目にもはっきり海が視認できるようになっていた。なので改めてアルベルトが車内に声をかけ、それで全員が再び御者台に集まっている。
なおクレアはあのままずっと助手座に座りっぱなしなので、今度は邪魔されることなく特等席を独占していた。
「あれが“青海”。まあ青海はみんな分かると思うけど、これから行くのが…」
「“青海の真珠”でしょ!」
「ヴェネーシアよりか綺麗か街らしいやん」
「私もラグシウムは初めてだから、楽しみね」
一応念のため、といった説明を入れるアルベルトの声に年長三人の声が次々と被る。
「せいかいの、しんじゅ…?」
なぜ彼女たちがこんなにも前のめりかと言えば、それはラグシウムが青海の真珠と呼ばれる風光明媚な港湾都市であるからだ。
ラグシウムは青海沿岸の各都市、いずれも風光明媚な水辺の街としてよく知られるエトルリアのヴェネーシアやスラヴィアのスパラトム、あるいはファロス島などと比べても勝るとも劣らない景勝地として西方世界に広く知れ渡っていた。青海の竜脚半島側はなだらかな海岸線が広がる大規模なリゾート地が多いのに比べ、竜尾平野側は入り組んだ港湾や島嶼が多く、バラエティに富む景色で訪れる者を楽しませる。そしてラグシウムはその中でももっとも人気ある都市のひとつであった。
「で、そのラグシウムはまだ見えてこんとな?」
前方をきょろきょろ見渡しながらミカエラが尋ねる。
「ラグシウムは見えてこないよ。
まだ遠いし、それに…」
苦笑しつつアルベルトは答えた。
「ラグシウムは陸側からは見えないんだ」
ラグシウム。
“青海の真珠”と称されるその名の由来は、青海に輝くひと粒の真珠のような、小ぢんまりと纏まった狭い市域にある。海からの強烈な陽神の照り返しで気温が上がるのを防ぐため、街の家々はどれも白い壁に白い屋根をしていて、しかも海際にまで迫り出した山稜の急な斜面にしがみつくように建物が立ち並ぶため、海から見るとまるで大きな真珠がそこにぽつんと現れたかのように錯覚するのだ。
青い海に浮かぶ、ひと粒の真珠。それがラグシウムの美称の由来であった。
なお“真珠”とは海凄の貝類から稀に採れる宝石のことで、虹色に輝く乳白色の美しい石だ。宝石、と便宜上呼んではいるが、実際は貝殻とほぼ同じ成分であるという。
二枚貝なら大抵どの貝も形成するらしいが、宝石として珍重される丸く大きな粒が採れるのは主に真珠貝と呼ばれる種類である。他の貝種よりも明らかに良質で粒の大きな真珠を多く生成するので、いつしか貝の名前まで“真珠”になってしまったのだそうだ。
そして最近では、より大きくて丸い真珠を安定的に採取するために養殖の試みも進められているという。ラグシウムの今後の主要産業になると目されているそうだ。
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