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間章1【瘴脈討伐】
勇者様御一行のお仕事(9)
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[物理防御]は鎧や盾のように身を守る術式ではなく、皮膚の上にダメージを吸収する薄い層を張るようなものだ。だからいくら物理ダメージがないからと言っても、尖ったもので突かれればそれなりに痛覚を刺激する。また顔めがけて尖った角が跳んでくれば当然恐怖も感じる。
瞬間的に恐怖を覚えればどうしても防御姿勢を取ってしまうし、そうなると身体の動きが止まって、さらに標的にされる。
「ちょ、やめ、痛い痛い痛い痛い!」
だから必然、レギーナは防戦一方になった。一角兎はどこから跳んでくるのか見えないから避けようがないし、見えたところで立ち上がれないから躱すこともできない。しかもこいつら、まだ仕留めてもないのに齧ろうとするからそれも振り払わなくてはならない。
そして的が小さい上に数が多いからミカエラもクレアも魔術で援護してやることが咄嗟にできないでいる。すでにレギーナに纏わりついているから焼き払うわけにも、風で吹き飛ばすわけにもいかないし、そもそもこのあと何匹跳んでくるのか予測もつかない。それ以前に彼女たちだってすでに新たに魔物に囲まれていて、自分の身を守らねばならない。
「ちょ、姫ちゃん!上!」
しかもそうやってもがいているうちに、大股で歩み寄ってきた新手の単眼巨人が巨岩のような拳を振り上げている。あれを打ち下ろされれば、いかにレギーナが高い防御力を持つとはいえ打ち砕かれてしまうかも知れない。物理防御はそれを上回るダメージを食らってしまえば砕けてしまうのだ。
「───ああもう!」
レギーナのその声とともにドゥリンダナが光を放ち、その次の瞬間には彼女の姿が消えていた。
そして、たった今まで彼女が転がっていた場所に単眼巨人が拳を振り下ろし、そこに残っていた一角兎たちをまとめて叩き潰した。
彼女がドゥリンダナを“開放”したのだとミカエラが認識した時には、すでに単眼巨人の首が後ろから斬り飛ばされた後である。
「もう頭きた!」
レギーナの声だけがした。
ミカエラの目の前にいた三首獣の頭が全部いっぺんに飛んだ。次の瞬間にはクレアが焼こうとしていた鶏蛇の胴が左右に斬り裂かれた。空を悠々と飛んでいる翼狼も真っ二つになった。
単眼巨人も、爪刃熊も、鎧熊も二角馬も、その場にいた全ての魔獣も魔物も、あっという間に斬り刻まれ血煙に呑まれて崩れ落ちる。頭に血が上って我を忘れたレギーナが、不可視の颶風となってその場の全ての生命を魔力に還してゆく。
「ちょ、姫ちゃん待った!ストップ!」
大慌てでクレアに駆け寄って、渾身の[水膜]を張って斬撃の流れ弾を防ぎつつ、ミカエラが叫ぶ。だが血の暴風は止まらない。
「落ち着きぃて!霊力切れ起こすばい!?」
今彼女が戦線離脱してしまったら、始めたばかりの今夜の討伐はそこで終わりだ。終わるだけならまだしも、彼女が力尽きて止まった時にまだ生き残っている敵がいたらあっという間に彼女がピンチに陥ってしまう。自分たちのそばで力尽きてくれるならいいが、見えないほど遠くでそうなったら多分きっと守りきれない。
だが心を沈める[平静]をかけようにも、彼女がどこにいるか分からないし捕まえることさえ不可能だ。だから聞こえていると信じて呼びかけ続けるしかミカエラにはできない。
やがて、ミカエラとクレア以外の全ての生命がその場から失われた。そうなってもまだレギーナは姿を現さなかったが、しばらく[水膜]を張ったまま周囲を警戒していると、後方やや離れた場所でドサリと音がした。
「姫ちゃん!」
慌てて[水膜]を解いて駆け寄ったが、レギーナはすでに完全に意識を失っていた。危惧していた通り、霊力が尽きるまで“開放”し尽くしてしまったのだ。
だがとにかく、最悪の事態だけは免れた。そのことに安堵のため息をつきながらミカエラは彼女を背負う。
「クレア、帰ろう。こらもう2、3日は無理ばい。あんたドゥリンダナ持ってきちゃり」
「えー。ドゥリンダナ重いからやだ…」
「そげん言わんで持ってきぃよ。なくしたら大事するっちゃけん」
そう言って有無を言わさずミカエラは歩き出す。渓谷を出て砦小屋に戻るために。
そしてその後を、ぶつぶつ文句を言いながらもクレアがドゥリンダナを引きずってついていった。
瞬間的に恐怖を覚えればどうしても防御姿勢を取ってしまうし、そうなると身体の動きが止まって、さらに標的にされる。
「ちょ、やめ、痛い痛い痛い痛い!」
だから必然、レギーナは防戦一方になった。一角兎はどこから跳んでくるのか見えないから避けようがないし、見えたところで立ち上がれないから躱すこともできない。しかもこいつら、まだ仕留めてもないのに齧ろうとするからそれも振り払わなくてはならない。
そして的が小さい上に数が多いからミカエラもクレアも魔術で援護してやることが咄嗟にできないでいる。すでにレギーナに纏わりついているから焼き払うわけにも、風で吹き飛ばすわけにもいかないし、そもそもこのあと何匹跳んでくるのか予測もつかない。それ以前に彼女たちだってすでに新たに魔物に囲まれていて、自分の身を守らねばならない。
「ちょ、姫ちゃん!上!」
しかもそうやってもがいているうちに、大股で歩み寄ってきた新手の単眼巨人が巨岩のような拳を振り上げている。あれを打ち下ろされれば、いかにレギーナが高い防御力を持つとはいえ打ち砕かれてしまうかも知れない。物理防御はそれを上回るダメージを食らってしまえば砕けてしまうのだ。
「───ああもう!」
レギーナのその声とともにドゥリンダナが光を放ち、その次の瞬間には彼女の姿が消えていた。
そして、たった今まで彼女が転がっていた場所に単眼巨人が拳を振り下ろし、そこに残っていた一角兎たちをまとめて叩き潰した。
彼女がドゥリンダナを“開放”したのだとミカエラが認識した時には、すでに単眼巨人の首が後ろから斬り飛ばされた後である。
「もう頭きた!」
レギーナの声だけがした。
ミカエラの目の前にいた三首獣の頭が全部いっぺんに飛んだ。次の瞬間にはクレアが焼こうとしていた鶏蛇の胴が左右に斬り裂かれた。空を悠々と飛んでいる翼狼も真っ二つになった。
単眼巨人も、爪刃熊も、鎧熊も二角馬も、その場にいた全ての魔獣も魔物も、あっという間に斬り刻まれ血煙に呑まれて崩れ落ちる。頭に血が上って我を忘れたレギーナが、不可視の颶風となってその場の全ての生命を魔力に還してゆく。
「ちょ、姫ちゃん待った!ストップ!」
大慌てでクレアに駆け寄って、渾身の[水膜]を張って斬撃の流れ弾を防ぎつつ、ミカエラが叫ぶ。だが血の暴風は止まらない。
「落ち着きぃて!霊力切れ起こすばい!?」
今彼女が戦線離脱してしまったら、始めたばかりの今夜の討伐はそこで終わりだ。終わるだけならまだしも、彼女が力尽きて止まった時にまだ生き残っている敵がいたらあっという間に彼女がピンチに陥ってしまう。自分たちのそばで力尽きてくれるならいいが、見えないほど遠くでそうなったら多分きっと守りきれない。
だが心を沈める[平静]をかけようにも、彼女がどこにいるか分からないし捕まえることさえ不可能だ。だから聞こえていると信じて呼びかけ続けるしかミカエラにはできない。
やがて、ミカエラとクレア以外の全ての生命がその場から失われた。そうなってもまだレギーナは姿を現さなかったが、しばらく[水膜]を張ったまま周囲を警戒していると、後方やや離れた場所でドサリと音がした。
「姫ちゃん!」
慌てて[水膜]を解いて駆け寄ったが、レギーナはすでに完全に意識を失っていた。危惧していた通り、霊力が尽きるまで“開放”し尽くしてしまったのだ。
だがとにかく、最悪の事態だけは免れた。そのことに安堵のため息をつきながらミカエラは彼女を背負う。
「クレア、帰ろう。こらもう2、3日は無理ばい。あんたドゥリンダナ持ってきちゃり」
「えー。ドゥリンダナ重いからやだ…」
「そげん言わんで持ってきぃよ。なくしたら大事するっちゃけん」
そう言って有無を言わさずミカエラは歩き出す。渓谷を出て砦小屋に戻るために。
そしてその後を、ぶつぶつ文句を言いながらもクレアがドゥリンダナを引きずってついていった。
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