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間章1【瘴脈討伐】
勇者様御一行のお仕事(5)
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「思ったより多いわね」
いかにも面倒そうなレギーナの呟き。
彼女の眼下には今、朝靄にけぶるレファ渓谷のほぼ全域が見通せている。
見張りの砦小屋はよく計算されて建てられていた。上階の物見台に上がると、渓谷が一望できたのだ。そしてそこに、魔獣の群れがいくつも見える。
さすがに袖すり合うほどひしめいているわけではないが、それでもそこかしこで群れ同士の小競り合いが起こっているのが見て取れる。そして、その中を悠々と闊歩する魔物たち。小鬼や醜人などの群れる魔物から、単独で闊歩する緑鬼や単眼巨人といった鬼種や巨人種、さらには魔族の姿もある。他にも双頭獣や複数の獣の特徴を備えた合成獣などの姿も見える。
ところどころに生えている草木はただのそれかと思いきや、よく見れば人樹や食人草だったりする。瘴気に当てられて植物までもが魔物に堕ちているのだ。
ふと砦小屋を影が覆い、レギーナはつられて空を見上げる。そこには巨大な魔獣が悠々と空を飛んでいた。
「げ、空魚までいるじゃない」
空魚、とは天空をまるで海のように泳ぐ巨大な魚の姿をした白い魔獣である。いやこの場合は魔魚というべきか。
その見た目は外洋で稀に見かける島魚によく似ているが、大きさはその数倍から十数倍もある。ほとんどは剣も弓矢も届かない天空高くを飛んでいるが、狩りをする時にだけ稀に地上すれすれまで降りてくる。
「まあ、空魚はとりあえず気にせんで良かろ」
一緒に物見台に上がっているミカエラが言う。
空魚は魔獣の一種だが、ほとんどは高空に留まっていて人や獣を襲うことはない。狩りをする時でも大抵は野生の翼竜などを狩るため、地表に降りて狩りをすること自体が稀であり、そのため一般的には無害な魔獣とされているのだ。今だって比較的低空を飛んではいるが、それだけだ。渓谷のような狭い場所にはそもそも降りてこない。
「ま、そうね。さっさと片付けましょ」
面倒くさそうにそれだけ言って、レギーナはさっさと物見台を降りて行ってしまう。面倒くさいのは間違いないし、パーティ唯一の前衛としてあの大量の敵を相手にするのは彼女なので、彼女には面倒くさがる権利がある。
だからミカエラは苦笑しつつ見やって、それから彼女を追いかけて物見台を降りて行く。一緒に物見台に上っていたクレアが、その後を終始無言のまま追いかけて行った。
ウチが剣士やったらねえ、とミカエラは思うことがある。実際、剣術の腕前だけなら彼女は自分がレギーナにそう劣っているとは思わない。〈賢者の学院〉に入る前、まだ子供だった時分には練習でも互角に打ち合っていたし、あの頃はお互いどちらが“勇者”になれるか張り合っていたのだ。
だが体捌きと敏捷性の違いで次第に差がついてゆき、彼女がエトルリア王家に代々伝わる宝剣ドゥリンダナを継承する可能性があったことなどもあって、それでミカエラは彼女には敵わないと諦めたのだ。そして今度は魔術師を目指したものの、学院の入学試験において本物の「魔術の天才」というものを目の当たりにし、結果的に自分のもっとも得意な分野である法術師を目指すことになったのだ。
その選択と結末には不満はない。収まるべくして収まった結果とも言える。だがたとえそうであってもレギーナに負担をかけているのは間違いないのだ。だったらせめて自分にできる事をしよう。クレアとともに魔術で彼女をサポートし、彼女が負傷すれば全力で癒そう。そう改めて心に誓うミカエラである。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【注記】
モンスターや動物の漢字表記には一部当て字を含むオリジナルが含まれています。なのでそれに関するツッコミはご遠慮下さいませ。
いかにも面倒そうなレギーナの呟き。
彼女の眼下には今、朝靄にけぶるレファ渓谷のほぼ全域が見通せている。
見張りの砦小屋はよく計算されて建てられていた。上階の物見台に上がると、渓谷が一望できたのだ。そしてそこに、魔獣の群れがいくつも見える。
さすがに袖すり合うほどひしめいているわけではないが、それでもそこかしこで群れ同士の小競り合いが起こっているのが見て取れる。そして、その中を悠々と闊歩する魔物たち。小鬼や醜人などの群れる魔物から、単独で闊歩する緑鬼や単眼巨人といった鬼種や巨人種、さらには魔族の姿もある。他にも双頭獣や複数の獣の特徴を備えた合成獣などの姿も見える。
ところどころに生えている草木はただのそれかと思いきや、よく見れば人樹や食人草だったりする。瘴気に当てられて植物までもが魔物に堕ちているのだ。
ふと砦小屋を影が覆い、レギーナはつられて空を見上げる。そこには巨大な魔獣が悠々と空を飛んでいた。
「げ、空魚までいるじゃない」
空魚、とは天空をまるで海のように泳ぐ巨大な魚の姿をした白い魔獣である。いやこの場合は魔魚というべきか。
その見た目は外洋で稀に見かける島魚によく似ているが、大きさはその数倍から十数倍もある。ほとんどは剣も弓矢も届かない天空高くを飛んでいるが、狩りをする時にだけ稀に地上すれすれまで降りてくる。
「まあ、空魚はとりあえず気にせんで良かろ」
一緒に物見台に上がっているミカエラが言う。
空魚は魔獣の一種だが、ほとんどは高空に留まっていて人や獣を襲うことはない。狩りをする時でも大抵は野生の翼竜などを狩るため、地表に降りて狩りをすること自体が稀であり、そのため一般的には無害な魔獣とされているのだ。今だって比較的低空を飛んではいるが、それだけだ。渓谷のような狭い場所にはそもそも降りてこない。
「ま、そうね。さっさと片付けましょ」
面倒くさそうにそれだけ言って、レギーナはさっさと物見台を降りて行ってしまう。面倒くさいのは間違いないし、パーティ唯一の前衛としてあの大量の敵を相手にするのは彼女なので、彼女には面倒くさがる権利がある。
だからミカエラは苦笑しつつ見やって、それから彼女を追いかけて物見台を降りて行く。一緒に物見台に上っていたクレアが、その後を終始無言のまま追いかけて行った。
ウチが剣士やったらねえ、とミカエラは思うことがある。実際、剣術の腕前だけなら彼女は自分がレギーナにそう劣っているとは思わない。〈賢者の学院〉に入る前、まだ子供だった時分には練習でも互角に打ち合っていたし、あの頃はお互いどちらが“勇者”になれるか張り合っていたのだ。
だが体捌きと敏捷性の違いで次第に差がついてゆき、彼女がエトルリア王家に代々伝わる宝剣ドゥリンダナを継承する可能性があったことなどもあって、それでミカエラは彼女には敵わないと諦めたのだ。そして今度は魔術師を目指したものの、学院の入学試験において本物の「魔術の天才」というものを目の当たりにし、結果的に自分のもっとも得意な分野である法術師を目指すことになったのだ。
その選択と結末には不満はない。収まるべくして収まった結果とも言える。だがたとえそうであってもレギーナに負担をかけているのは間違いないのだ。だったらせめて自分にできる事をしよう。クレアとともに魔術で彼女をサポートし、彼女が負傷すれば全力で癒そう。そう改めて心に誓うミカエラである。
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【注記】
モンスターや動物の漢字表記には一部当て字を含むオリジナルが含まれています。なのでそれに関するツッコミはご遠慮下さいませ。
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