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間章1【瘴脈討伐】

勇者様御一行のお仕事(3)

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 しばらくは川沿いを進む。獣や魔獣がちらほら出るが多いという程ではないし、川の中にも特に見当たらないのでまだ大量発生とまではいかないのだろう。
 本来の定期巡回は花季はるの終わり頃の予定だったというから、今回の討伐は10日以上前倒しされている計算になる。それもあって、棲息数はさほど多くないと予想された。

 ヴィオレが探索者スカウトたちの独自の目印を的確に読んで一行を先導していき、その後ろにレギーナ、次いでクレア、最後尾にミカエラが脚竜の手綱を引くという隊列で森深い山道を進んでいく。
 山道と言っても獣道に毛が生えた程度で、整備されているわけではない。こんな危険な山中に用がある者などいやしないから、瘴脈の定期巡回でこの先の見張り小屋に向かう冒険者以外に通る者もないのだ。

「黒狼のおるよ」

 最後尾からミカエラが声をかける。[感知]はこの中で彼女がもっとも得意なので、ヴィオレの索敵と並行して展開しているのだ。

「何匹?」
「20。まだ“牙狼ファングウルフ”にはなっとらんね」

 黒狼はただの獣だが、群れで組織的に獲物を追い詰めて狩りをする厄介な相手だ。それが瘴気で魔獣化すれば体躯が倍以上に膨れ上がり、牙が長く歪に伸びた禍々しい見た目の「牙狼」になる。組織的に狩りをする習性は変わらないので脅威度だけが上がる。
 ただ、レギーナたちにとっては物の数ではない。

「クレア」
「分かってる」

 レギーナとクレアは一言ずつしか交わさない。それだけで意思疎通がかなうのは、それがもう何度繰り返したか分からないやり取りだからだ。
 そこから少し進むと、[感知]を使わずとも気配が漂ってくるのが分かるようになる。囲まれている…と思うそばから2、3頭が目の前に飛び出した。黒狼は獲物が複数いる場合、こうして囮を出して相手を分断しようとする。

「[光矢こうし]──」

 飛び出してきた黒狼に向かってクレアが掌を向けながら呟く。その掌に光が集まったかと思うと光の矢が現れる。3本出現したそれは、それぞれ出てきた黒狼に向かって一直線に飛んでいき、瞬時に頭を貫いて全て絶命させた。
 直後に森の中から倍以上の個体が躍り出るが、出てきたその位置にはレギーナが待ち構えている。彼女が“ドゥリンダナ”を抜き、それを軽く振るうとそれだけで黒狼の首が飛ぶ。逆襲され混乱した黒狼が慌てて散開しようとするが、残念ながら彼女のスピードの方が上だ。すぐに追いつかれ、ひと振りごとに黒狼たちは絶命していく。
 ほどなくして全ての黒狼が屍を晒した。クレアはあの後もう一発[光矢]を放っただけで、あとは全てレギーナが斬り飛ばした。

「準備運動ぐらいにはなったかいね?」
「ぜーんぜん。“爪刃熊サーベルベア”ぐらいじゃないと」
「爪刃熊ではないけれど、“鎧熊アーマーベア”が近付いて来てるわね」
「あ、じゃあそれでもいいわ」

 この辺りに出てくる獣の中でもっとも恐れられるのが“灰熊”である。文字通り灰色の毛並みの巨大な熊で、これ単体でも中級ランクの冒険者パーティが命がけで討伐するような難敵だ。
 それが魔獣化したのが“爪刃熊”で、前脚の4本の爪が左右とも片刃の剣のように鋭く伸び、器用に立ち上がってそれを振るうようになる。ただでさえ脅威となる獣が武器を装備するわけで、並の冒険者では太刀打ちさえ難しいだろう。
 ちなみに“鎧熊”も灰熊の魔獣で、こちらは全身の毛が硬化して頑丈な鎧を纏ったような姿になる。攻撃力は灰熊のまま、防御力が何倍にも跳ね上がるのでこれも大変な脅威だ。

「要するに、黒狼さっきのは狩られよったわけたい」

 ミカエラの言うとおりだろう。黒狼の群れは魔獣に襲われて逃げてきただけなのだ。

 鎧熊はすぐに現れた。通常見かける個体よりも一回り大きな個体で、明らかに瘴脈の影響を受けていると見える。
 鎧熊がレギーナに気付いて立ち上がった。その上背がレギーナの倍以上あるが、彼女は特に恐れた風もない。

 咆哮を上げながら鎧熊が振り上げた前脚を振り下ろす。レギーナはひらりと身を躱すとその脇腹にドゥリンダナを叩き込んだ。

「あ、った」

 硬いと言いながらも、ドゥリンダナは鎧熊の胴体を真っ二つにしていた。

「ぼちぼち渓谷が近くなってきた感じ?」
「このまま真っ直ぐにしばらく進めば渓谷に入るわ。言われた小屋はこの少し先から曲がって、山をしばらく登ったところにあるわね」

 まるで興味を失ったかのように崩れ落ちる鎧熊から目を逸らし、レギーナがヴィオレに質問する。それにヴィオレも落ち着き払って答えている。
 ふたりとも、鎧熊の絶命を疑っていない態度だ。

「なら、どげんする?」

 確認するかのようなミカエラの質問。陽神は西に傾き始めていて、空が茜色に色付き始めている。
 このまま渓谷に突入して夜間に活発になる魔物たちを間引くか、それとも今日のところは小屋に入って一休みするか。

「私はどっちでもいいけど」
「まあサウロフス種この子もいることだし、ひとまず小屋に向かうべきかしらね」
「歩くの…やだ…」

「ほんなら小屋さい行こっかね」

 ミカエラのその一言で次の行動が決まった。
 決定するのはあくまでもリーダーであるレギーナだが、彼女が特に意思を見せない場合はたいていミカエラが決定することになる。この時も彼女たちはだった。


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