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第二章前半【いざ東方へ】
2-7.温泉の街サライボスナ(1)
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「見えてきたよ。あれがサライボスナの街だ」
覗き窓越しにアルベルトが車内に声をかけ、それで連絡用ドアからレギーナたちが姿を見せる。彼女たちの顔が何やら期待に輝いているのは気のせいではない。
「あれがあなたの言ってた『温泉の街』ね!」
行く手には、西の海に向かって少しずつ沈んでいく陽神の茜色の光に染まった城壁が遠くに見える。スズの走行スピードを考えて計算し直した結果、朝早めに発てば1日で宿場町をひとつ飛ばしてサライボスナまで行けるだろうと結論し、そしてその通りになっている。
サライボスナは山間の渓谷沿いに延びる歴史ある都市で、スラヴィア地方では二番目に人口の多い街だ。古代ロマヌム帝国時代にはただの山塞で人口もそう多くなかったというが、帝国の滅亡後に温泉が湧くことが発見されて、それで観光都市として大きく発展したという。
街が大きくなり人口も増えた結果、かつてのスラヴィア争乱の時代にはサライボスナ軍は大部隊を編成でき、しかも温泉で疲れや傷を癒やしながら粘り強く戦ったので各国軍を大いに苦しめたと伝わっている。
今ではそんな戦乱の記憶もとうに薄れて街は観光客と湯治客で賑わっていて、すっかり平和を謳歌していた。
なお飛ばしたカシュテルの街はブルナムと同じく古い街だが、現在はサライボスナ辺境伯の支配域に組み込まれていて、泊まる必要も逗留する必要もなかった。
「さすがに今度は着いたら辺境伯公邸さい挨拶せんならんね」
「わ、分かってるわよ!?」
「どうかいね~?姫ちゃん着いたらそのまま公衆浴場さいすっ飛んで行きかねん勢いやったけんねえ?」
「そ、そんな事ないってば!」
サライボスナは温泉が有名な観光都市なので、渓谷沿いに延びた街の中のそこかしこに公衆浴場がいくつも設置されていて、市民も旅人も多くが安い料金で利用することができる。それを話したところ彼女たちの食いつきがハンパなく、やはりそこは若い女性らしい反応だった。
で、それからずっと「街が見えてきたら教えてよね!」と言われ続けていたわけだ。
レギーナもミカエラも今は鎧や法服を脱いでいて私服姿だ。だからこうして見てる分には、ただの温泉旅行に来たお嬢さんグループなんだけどなあ、と内心で苦笑するアルベルトである。まあ単なる温泉旅行客が領主公邸なんかに挨拶したりしないので、その時点でもう違和感があるのだが。
なお今日から季節は雨季に入っているが、今日のところはまだよく晴れている。五季も暦の通りに厳密に移り変わるわけでなく、毎年いくばくかズレていくので、もしかすると本当はまだ花季の終わりに当たるのかも知れない。
まあそれはともかく、今は入城手続きが先である。陽神が完全に沈んで夜になると門が閉められてしまうので、それまでに手続きを終えて入城しなくてはならない。そのためにサライボスナの西門にはすでに脚竜車の列ができている。
列の最後尾に並んだところで、そのよく目立つ車体に驚いた守衛が飛んできて、勇者一行だと知って手続きを優先しようとする。それをレギーナが叱りとばして、順番通りに手続きを済ませて入城した。
そういう風に勇者だとか王族だとかの特権を使うことをレギーナは嫌う。事あるごとに『姫様と呼ぶな』と言うのもその一環なのだろう。そういうところも勇者として支持を得る一因なのだろうとアルベルトは理解しているが、当の本人にはそんな自覚は全くなさそうである。
ともあれ、入城してまずは領主公邸へ直行し、門衛に来意を告げて領主への面会を求め、レギーナたちは型通りの挨拶を済ませて来たようだ。その間アルベルトは御者なのでアプローズ号で待機し、ヴィオレは例によって街中に姿を消している。
レギーナたちが戻ってくるのと前後してヴィオレもアプローズ号に帰って来て、彼女の案内で〈渓谷のせせらぎ〉亭にチェックインした。
「私たちは浴場に行くけど、あなたはどうするの?」
「今日は長く走らせたからね、まずはスズを労ってやろうかと思ってるよ。浴場に行くのは晩食の後かな」
「ほんじゃ、ウチらはお先に浴びてきますわ」
「うん、行ってらっしゃい。
…ああでも、確か湯着を買わないと」
そう言えば伝え忘れていたと思ってアルベルトが言うと、案の定怪訝な顔をされる。
「湯着?なにそれ?」
「ここの温泉は公衆浴場だからね。家庭や宿の風呂と違って見知らぬ人と入り合わせるから、裸じゃダメなんだ」
「あー、それでその湯着っちゅうんを着て肌ば隠さんといけんとですか」
「え、じゃあ身体洗えないじゃない!」
お風呂なのに素肌が晒せないと知ってレギーナが不満を露わにする。まあ温泉に入り慣れていないなら普通の反応だろう。
「手足と髪は洗わないと逆にマナー違反だけどね。それに公衆浴場はそれぞれ場所によって効能が違うはずだから、入り比べる楽しみもあるよ」
「効能、って?」
「温泉っていうのはただのお湯じゃなくて、薬効成分が湯に含まれてるんだ。だから怪我や病気を治すのに効果があったり、腰痛や筋肉痛をほぐしたり、後は美容に効果があったり…」
「「「「美容!? 」」」」
全員揃って今日イチの食いつき。
やはりそこは女子であった。
「どこ!?美容に効く浴場ってどこなのよ!?」
「フロントに浴場マップのあったけん貰ってきたばい!」
「探すのよ!一番近い美容の浴場はどこ!?」
そんなに焦らなくても浴場は逃げないのだが。
まああまり遅くなると浴場も閉まってしまうが、それならそれで宿の風呂を使えばいいだけである。何しろヴィオレが見つけてきたのはこのサライボスナでもっとも格式の高い宿で、レギーナたちのチェックインした一等客室には専用の露天風呂すら付いている。
にも関わらず彼女たちが公衆浴場に拘るのは、それが他の街にはないこの街独自のものだからだ。つまりサライボスナに来なければ公衆浴場には入れず、サライボスナに来たからには公衆浴場を使わない選択肢はないのだ。
「あったわ。ここね」
「よし、じゃあ行くわよ!」
「でも、湯着は…?」
「湯着はそれぞれの公衆浴場で売ってるはずだよ。あと宿のフロントでも言えば多分買えると思う」
というかそれ以外では湯着は買えない。用途が限定されるので一般の商会では取り扱っていないのだ。
ちなみにここの女性用湯着は胸部と腹部それに腰部まで覆うワンピースタイプの、平たく言えば水着である。脱ぎ着しやすいように背中の部分に大きく切れ込みが入っていて、そこに通された紐で絞って体型に合わせ、その紐を脇の下で前に回して胸の前か、紐が長い場合には胸元で交差させてうなじで結んで留める。布製であるため濡れて透けないように、紺色ないし黒色であるのが一般的だ。
はいそこ。「ス○水」とか言わないように。
なお男性用の湯着は腰部だけ覆う、こちらもいわゆる海パンタイプになる。腰部に通した紐で縛って落ちないようにはするが、それ以外は割とフリーである。ポロリがあってはマズいのでサイズは大きめだ。
「それから、入浴用のセットも買うことになるからそのつもりで。あと入湯のしきたりみたいなのが最初にレクチャーされるから…」
「もういいわよ!分かったから!ちゃんとやるから!」
焦れていたレギーナの堪忍袋の緒が切れた。
そうして彼女たちは慌ただしく準備して宿を出て行った。
覗き窓越しにアルベルトが車内に声をかけ、それで連絡用ドアからレギーナたちが姿を見せる。彼女たちの顔が何やら期待に輝いているのは気のせいではない。
「あれがあなたの言ってた『温泉の街』ね!」
行く手には、西の海に向かって少しずつ沈んでいく陽神の茜色の光に染まった城壁が遠くに見える。スズの走行スピードを考えて計算し直した結果、朝早めに発てば1日で宿場町をひとつ飛ばしてサライボスナまで行けるだろうと結論し、そしてその通りになっている。
サライボスナは山間の渓谷沿いに延びる歴史ある都市で、スラヴィア地方では二番目に人口の多い街だ。古代ロマヌム帝国時代にはただの山塞で人口もそう多くなかったというが、帝国の滅亡後に温泉が湧くことが発見されて、それで観光都市として大きく発展したという。
街が大きくなり人口も増えた結果、かつてのスラヴィア争乱の時代にはサライボスナ軍は大部隊を編成でき、しかも温泉で疲れや傷を癒やしながら粘り強く戦ったので各国軍を大いに苦しめたと伝わっている。
今ではそんな戦乱の記憶もとうに薄れて街は観光客と湯治客で賑わっていて、すっかり平和を謳歌していた。
なお飛ばしたカシュテルの街はブルナムと同じく古い街だが、現在はサライボスナ辺境伯の支配域に組み込まれていて、泊まる必要も逗留する必要もなかった。
「さすがに今度は着いたら辺境伯公邸さい挨拶せんならんね」
「わ、分かってるわよ!?」
「どうかいね~?姫ちゃん着いたらそのまま公衆浴場さいすっ飛んで行きかねん勢いやったけんねえ?」
「そ、そんな事ないってば!」
サライボスナは温泉が有名な観光都市なので、渓谷沿いに延びた街の中のそこかしこに公衆浴場がいくつも設置されていて、市民も旅人も多くが安い料金で利用することができる。それを話したところ彼女たちの食いつきがハンパなく、やはりそこは若い女性らしい反応だった。
で、それからずっと「街が見えてきたら教えてよね!」と言われ続けていたわけだ。
レギーナもミカエラも今は鎧や法服を脱いでいて私服姿だ。だからこうして見てる分には、ただの温泉旅行に来たお嬢さんグループなんだけどなあ、と内心で苦笑するアルベルトである。まあ単なる温泉旅行客が領主公邸なんかに挨拶したりしないので、その時点でもう違和感があるのだが。
なお今日から季節は雨季に入っているが、今日のところはまだよく晴れている。五季も暦の通りに厳密に移り変わるわけでなく、毎年いくばくかズレていくので、もしかすると本当はまだ花季の終わりに当たるのかも知れない。
まあそれはともかく、今は入城手続きが先である。陽神が完全に沈んで夜になると門が閉められてしまうので、それまでに手続きを終えて入城しなくてはならない。そのためにサライボスナの西門にはすでに脚竜車の列ができている。
列の最後尾に並んだところで、そのよく目立つ車体に驚いた守衛が飛んできて、勇者一行だと知って手続きを優先しようとする。それをレギーナが叱りとばして、順番通りに手続きを済ませて入城した。
そういう風に勇者だとか王族だとかの特権を使うことをレギーナは嫌う。事あるごとに『姫様と呼ぶな』と言うのもその一環なのだろう。そういうところも勇者として支持を得る一因なのだろうとアルベルトは理解しているが、当の本人にはそんな自覚は全くなさそうである。
ともあれ、入城してまずは領主公邸へ直行し、門衛に来意を告げて領主への面会を求め、レギーナたちは型通りの挨拶を済ませて来たようだ。その間アルベルトは御者なのでアプローズ号で待機し、ヴィオレは例によって街中に姿を消している。
レギーナたちが戻ってくるのと前後してヴィオレもアプローズ号に帰って来て、彼女の案内で〈渓谷のせせらぎ〉亭にチェックインした。
「私たちは浴場に行くけど、あなたはどうするの?」
「今日は長く走らせたからね、まずはスズを労ってやろうかと思ってるよ。浴場に行くのは晩食の後かな」
「ほんじゃ、ウチらはお先に浴びてきますわ」
「うん、行ってらっしゃい。
…ああでも、確か湯着を買わないと」
そう言えば伝え忘れていたと思ってアルベルトが言うと、案の定怪訝な顔をされる。
「湯着?なにそれ?」
「ここの温泉は公衆浴場だからね。家庭や宿の風呂と違って見知らぬ人と入り合わせるから、裸じゃダメなんだ」
「あー、それでその湯着っちゅうんを着て肌ば隠さんといけんとですか」
「え、じゃあ身体洗えないじゃない!」
お風呂なのに素肌が晒せないと知ってレギーナが不満を露わにする。まあ温泉に入り慣れていないなら普通の反応だろう。
「手足と髪は洗わないと逆にマナー違反だけどね。それに公衆浴場はそれぞれ場所によって効能が違うはずだから、入り比べる楽しみもあるよ」
「効能、って?」
「温泉っていうのはただのお湯じゃなくて、薬効成分が湯に含まれてるんだ。だから怪我や病気を治すのに効果があったり、腰痛や筋肉痛をほぐしたり、後は美容に効果があったり…」
「「「「美容!? 」」」」
全員揃って今日イチの食いつき。
やはりそこは女子であった。
「どこ!?美容に効く浴場ってどこなのよ!?」
「フロントに浴場マップのあったけん貰ってきたばい!」
「探すのよ!一番近い美容の浴場はどこ!?」
そんなに焦らなくても浴場は逃げないのだが。
まああまり遅くなると浴場も閉まってしまうが、それならそれで宿の風呂を使えばいいだけである。何しろヴィオレが見つけてきたのはこのサライボスナでもっとも格式の高い宿で、レギーナたちのチェックインした一等客室には専用の露天風呂すら付いている。
にも関わらず彼女たちが公衆浴場に拘るのは、それが他の街にはないこの街独自のものだからだ。つまりサライボスナに来なければ公衆浴場には入れず、サライボスナに来たからには公衆浴場を使わない選択肢はないのだ。
「あったわ。ここね」
「よし、じゃあ行くわよ!」
「でも、湯着は…?」
「湯着はそれぞれの公衆浴場で売ってるはずだよ。あと宿のフロントでも言えば多分買えると思う」
というかそれ以外では湯着は買えない。用途が限定されるので一般の商会では取り扱っていないのだ。
ちなみにここの女性用湯着は胸部と腹部それに腰部まで覆うワンピースタイプの、平たく言えば水着である。脱ぎ着しやすいように背中の部分に大きく切れ込みが入っていて、そこに通された紐で絞って体型に合わせ、その紐を脇の下で前に回して胸の前か、紐が長い場合には胸元で交差させてうなじで結んで留める。布製であるため濡れて透けないように、紺色ないし黒色であるのが一般的だ。
はいそこ。「ス○水」とか言わないように。
なお男性用の湯着は腰部だけ覆う、こちらもいわゆる海パンタイプになる。腰部に通した紐で縛って落ちないようにはするが、それ以外は割とフリーである。ポロリがあってはマズいのでサイズは大きめだ。
「それから、入浴用のセットも買うことになるからそのつもりで。あと入湯のしきたりみたいなのが最初にレクチャーされるから…」
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