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第二章前半【いざ東方へ】
2-5.クレアとミカエラ(3)
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「でもそれはそれとして、あの子に『お父さん』って呼ばれるのは、それは俺のせいじゃないから勘弁して欲しいとこだけどね…」
「それたいなあ…親の愛情ば知らんもんやけん、どうも憧れのあるごたるっちゃんなあ」
そこに関してはミカエラも弱っているようだった。どうにもならない事だけに、対処に困っているのだろう。
しかしレギーナだけでなく、ミカエラも相当に人のいい娘だ。アルベルトの記憶に間違いがなければ、彼女だってクレアの祖父ガルシアと同じ『七賢人』のひとりに数えられる“神慮の賢聖”ことファビオ・ジョーナンクの孫娘のはずである。
ファビオは先々代の神教主祭司徒で、ファビオは父に続いて主祭司徒を務めて話題になった人物だ。だから彼女だってレギーナほどでなくとも相当な貴顕のお嬢様であり、少なくとも神教徒のひとりであるアルベルトにとっては、ファビオの孫娘というだけで彼女はほとんど“雲の上の存在”と言って差し支えない程である。
それなのにこの娘にはそうした家柄を鼻にかける様子が全くない。それどころか学校の同級生に必ずひとりくらい居そうな、男女誰とでも分け隔てなく仲良くなってしまうような、そんな気安くて素朴な付き合いやすさを感じるのだ。
だからアルベルトも、4人の中ではミカエラが一番気安いし話しやすい。目のやり場に困りにくいというだけでなく、美女であるのにそれを意識せずに話せるというのはなかなかに得難い資質であるように思われた。
「あー、いや。うちはそげん偉か家やないけんね」
やや照れ臭そうに彼女は言う。
「うちの爺ちゃんやら、ウチが『世界中色んなとこば見てみたか』って言うただけで主祭司徒ばこき辞めて旅さい連れてってくれんしゃったぐらいやし」
「えっ、そんな理由!?」
ファビオ・ジョーナンクの突然の主祭司徒辞任は当時かなり話題になったものだ。何しろ死去以外での主祭司徒交代はおよそ100年ぶりの珍事であったのでアルベルトもはっきり記憶しているが、まさかそんな理由だったとは。
「単純に『孫バカ』っちゃんね、うちの爺ちゃんは。ウチのやりたかことは何でもさせてくれんしゃった」
昔を懐かしむように、思い出しながらミカエラは言う。
「やけんウチも爺ちゃんの教えは全部きっちり守っとるとよ。筋の通らん事ばしたらつまらん、人に偉そうにしたらつまらん、男女で態度ば変えたらつまらん、生まれやら種族で差別したらつまらんて、いっつも口癖のごと言いよんしゃった」
「そっか、だからミカエラさんは人あたりがよくて誰にでも優しいんだね」
そう言われて、思わず赤面するところなんかはまさしく善良な性質がよく出ている。
「そういう風に育てられたにしたって、なかなかできる事じゃないと思うよ?やっぱりどうしても周りの人たちは家柄や、親や祖父の名声を見て欲目や贔屓目で接してしまうものだから、知らず知らずのうちに自分でもそれを当然だと思ってしまっても仕方ないと思うし」
特に彼女やレギーナのような生まれついての貴顕の家系なら、物心ついた頃には周りはそうした大人で溢れていたことだろう。
「でもミカエラさんにしてもレギーナさんにしても、自分の力や生まれや地位を全然鼻にかけてないし、それを利用しようなんて思ったこともないでしょ?」
そして家柄だけでなく、彼女たちは若くして勇者と認められるほどの実力も備えている。それがたとえ自らの努力の結果だとしても、家柄の地位権力と自分の実力とがあってなお天狗になっていないというのは、ある意味で奇跡と言ってもいいだろう。
「だから“大地の賢者”も大事な孫娘を託す気になったんじゃないかな」
思えば“輝ける虹の風”の皆、特にユーリにそうした一面があった。だからアルベルトもアナスタシアも安心して溶け込むことができたし、だからこそあのパーティは上手く行ったのだと思う。
それを考えれば、彼女たちとは今後も仲良くやっていけそうだ、と安心するアルベルトであった。
「あのくさ、そげん褒めてもなんも出らんばい?」
「思ったことをそのまま言ってるだけだよ?」
「…口の上手かっちゃけん、もう…」
あまり褒められ慣れてないのか、赤面しつつそっぽを向いて、彼女は黙ってしまった。
弱り果ててミカエラを呼ぶレギーナの声が聞こえてきて、それで彼女はそっぽを向いたまま口の中で何ごとか言い訳めいた呟きを残して、車内に消えて行った。ドアが開いた時、まだ泣いているクレアの声が少しだけ聞こえてきた。
それを見ながら聞きながら、この子達が与えられた使命をきちんと果たせるようにできる事は何でもしよう、精一杯サポートしようと、改めて誓うアルベルトであった。
そしてそんな彼の姿をチラチラ確認しながらスズが駆ける。彼女の軽快な足取りからすれば、まだ陽神が高いうちにブルナムにたどり着けそうである。
「それたいなあ…親の愛情ば知らんもんやけん、どうも憧れのあるごたるっちゃんなあ」
そこに関してはミカエラも弱っているようだった。どうにもならない事だけに、対処に困っているのだろう。
しかしレギーナだけでなく、ミカエラも相当に人のいい娘だ。アルベルトの記憶に間違いがなければ、彼女だってクレアの祖父ガルシアと同じ『七賢人』のひとりに数えられる“神慮の賢聖”ことファビオ・ジョーナンクの孫娘のはずである。
ファビオは先々代の神教主祭司徒で、ファビオは父に続いて主祭司徒を務めて話題になった人物だ。だから彼女だってレギーナほどでなくとも相当な貴顕のお嬢様であり、少なくとも神教徒のひとりであるアルベルトにとっては、ファビオの孫娘というだけで彼女はほとんど“雲の上の存在”と言って差し支えない程である。
それなのにこの娘にはそうした家柄を鼻にかける様子が全くない。それどころか学校の同級生に必ずひとりくらい居そうな、男女誰とでも分け隔てなく仲良くなってしまうような、そんな気安くて素朴な付き合いやすさを感じるのだ。
だからアルベルトも、4人の中ではミカエラが一番気安いし話しやすい。目のやり場に困りにくいというだけでなく、美女であるのにそれを意識せずに話せるというのはなかなかに得難い資質であるように思われた。
「あー、いや。うちはそげん偉か家やないけんね」
やや照れ臭そうに彼女は言う。
「うちの爺ちゃんやら、ウチが『世界中色んなとこば見てみたか』って言うただけで主祭司徒ばこき辞めて旅さい連れてってくれんしゃったぐらいやし」
「えっ、そんな理由!?」
ファビオ・ジョーナンクの突然の主祭司徒辞任は当時かなり話題になったものだ。何しろ死去以外での主祭司徒交代はおよそ100年ぶりの珍事であったのでアルベルトもはっきり記憶しているが、まさかそんな理由だったとは。
「単純に『孫バカ』っちゃんね、うちの爺ちゃんは。ウチのやりたかことは何でもさせてくれんしゃった」
昔を懐かしむように、思い出しながらミカエラは言う。
「やけんウチも爺ちゃんの教えは全部きっちり守っとるとよ。筋の通らん事ばしたらつまらん、人に偉そうにしたらつまらん、男女で態度ば変えたらつまらん、生まれやら種族で差別したらつまらんて、いっつも口癖のごと言いよんしゃった」
「そっか、だからミカエラさんは人あたりがよくて誰にでも優しいんだね」
そう言われて、思わず赤面するところなんかはまさしく善良な性質がよく出ている。
「そういう風に育てられたにしたって、なかなかできる事じゃないと思うよ?やっぱりどうしても周りの人たちは家柄や、親や祖父の名声を見て欲目や贔屓目で接してしまうものだから、知らず知らずのうちに自分でもそれを当然だと思ってしまっても仕方ないと思うし」
特に彼女やレギーナのような生まれついての貴顕の家系なら、物心ついた頃には周りはそうした大人で溢れていたことだろう。
「でもミカエラさんにしてもレギーナさんにしても、自分の力や生まれや地位を全然鼻にかけてないし、それを利用しようなんて思ったこともないでしょ?」
そして家柄だけでなく、彼女たちは若くして勇者と認められるほどの実力も備えている。それがたとえ自らの努力の結果だとしても、家柄の地位権力と自分の実力とがあってなお天狗になっていないというのは、ある意味で奇跡と言ってもいいだろう。
「だから“大地の賢者”も大事な孫娘を託す気になったんじゃないかな」
思えば“輝ける虹の風”の皆、特にユーリにそうした一面があった。だからアルベルトもアナスタシアも安心して溶け込むことができたし、だからこそあのパーティは上手く行ったのだと思う。
それを考えれば、彼女たちとは今後も仲良くやっていけそうだ、と安心するアルベルトであった。
「あのくさ、そげん褒めてもなんも出らんばい?」
「思ったことをそのまま言ってるだけだよ?」
「…口の上手かっちゃけん、もう…」
あまり褒められ慣れてないのか、赤面しつつそっぽを向いて、彼女は黙ってしまった。
弱り果ててミカエラを呼ぶレギーナの声が聞こえてきて、それで彼女はそっぽを向いたまま口の中で何ごとか言い訳めいた呟きを残して、車内に消えて行った。ドアが開いた時、まだ泣いているクレアの声が少しだけ聞こえてきた。
それを見ながら聞きながら、この子達が与えられた使命をきちんと果たせるようにできる事は何でもしよう、精一杯サポートしようと、改めて誓うアルベルトであった。
そしてそんな彼の姿をチラチラ確認しながらスズが駆ける。彼女の軽快な足取りからすれば、まだ陽神が高いうちにブルナムにたどり着けそうである。
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