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第二章前半【いざ東方へ】
2-4.クレアとミカエラ(2)
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と、再び連絡用ドアが開く。
姿を現したのは今度はミカエラだ。
「いやぁ、おいちゃんえらい懐かれたばいね」
少しだけニヤニヤしながら、彼女はクレアが座っていた補助座ではなく左側の助手座に座る。補助座はアルベルトの御者座側に跳ね上げられたままで、アルベルトとミカエラの間には補助座の分の距離が空く。
その距離感はアルベルトを少し安心させた。クレアほどグラマラスではないので風の強い御者台に座っていても目のやり場に困るようなことは少ないが、それでも彼女とて妙齢の美女には違いない。なるべく距離を取ってもらえた方が有り難かった。
何しろアルベルトだって健康な成人男性なのだ。女性は嫌いではなかったし、それが若くて美人ならなおさらだ。でも普段から女づきあいをしないので、特に初対面に近い人だとどうしても意識してしまう。
というか普段からその手の女性問題には相当に気を使っていて、だからこそギルドでもホワイトと話すときは顔以外見ないように気を付けていたし、アヴリーやニースたちとも手を伸ばして触れ合えるような位置まで近付くことはほとんどなかった。
女性を触りたければ相応の娼館に行けばいいのだから、日常生活や職場でわざわざ社会人生命を賭けてまで色目を使う必要もなかったし、むしろ誤解されないようにするのに必死だったのだ。
「あん子くさ、親のおらんとよね」
ミカエラは話し始めた。
クレアの両親は、彼女が1歳になるかならないかの頃に流行った伝染病で相次いで亡くなったのだという。それで残った唯一の親族である祖父が旅先から戻って来て、初等教育を終えるまで男手ひとつで育て上げ、それからずっと彼女を連れて一緒に旅していたらしい。
「ウチと姫ちゃんが蒼薔薇騎士団ば立ち上げて、魔術師ば探そうてなった時にまずガルシア様ば探したとよ。“放浪の大賢者”ば勧誘できりゃあえらい太かアドバンテージになるやろうて思うたけんね」
彼女たちは“放浪の大賢者”こと大地の賢者ガルシア・パスキュールをパーティメンバーに勧誘したという。世界に名高い『七賢人』のひとりに数えられるガルシアが特定のパーティに所属したとなれば、確かに大きな話題になったことだろう。
「そん時に紹介されたとがあん子やったとよ。『ワシのような老いぼれを引っ張り出さずとも、この子で充分じゃ』て言われてね」
そう。クレア・パスキュールこそは“大地の賢者”ガルシアの孫娘で、大賢者の薫陶とお墨付きを得た若き天才魔術師、新世代のホープなのだ。
「それが去年…あー、もう一昨年になるったいね。あん子はまだ11歳やったと。そん時にガルシア様からあん子の両親の話やら色々教えてもろうて、それで直々によろしく言うて頭ば下げられたけんくさ、やけん姫ちゃんも姉代わりで張り切っとっとよ」
なるほど、それでさっきの剣幕だったのか。
きっとレギーナは真面目で責任感が強い性格で、それでクレアの交友関係や将来にも責任を持つつもりなのだろう。そして今も居室から聞こえてくる弱り果てた宥め声からすれば、どうやらアルベルトに負けず劣らずのお人好しで、クレアにはきっと甘いのだろう。
そして彼女は大国の姫君とは思えないほど気さくで人当たりがいい。初対面でも普段通りだったアルベルトにも咎めだてしなかったし、勇者なのはすぐに分かるとしても、王族だというのは言われなければすぐには分からないだろう。
いい意味で『らしくない』のがレギーナという娘だった。
「クレアが入ってくれたけん蒼薔薇騎士団は『可愛らしか女ん子だけのパーティ』て方向性も決まったし、あん子はウチらみんなの可愛い妹分やしで、どげんしたっちゃ過保護になるったいね」
そう言って、ミカエラは照れたようにはにかんだ。レギーナだけでなく、彼女もクレアに対して強い責任感を持っているようだ。きっと本当の姉妹のように普段から仲がいいのだろう。
「やけん!あん子にヘンなちょっかいやら出したらぼてくりこかすっけんね!」
とほっこりしていたら、なんか物凄そうな言葉で脅された。
「ぼてくりこか…す?」
「えっあ、あー、いや。分からんなら分からんでよかばい。
なんかなし、至らんちょっかいやら出したら姫ちゃんが黙っとらんけん、そのつもりでおってばい」
意味が通じなかったことに何やら安堵しつつ、それでもミカエラは釘を刺すのを忘れない。
というかこの様子だと、クレアに何かあればレギーナだけでなくミカエラも激怒しそうな雰囲気である。それだけはアルベルトにもきっちりと伝わった。
「分かったよ。それは約束する」
だからアルベルトもそこはきちんと守ることを誓う。それでようやくミカエラもまた笑顔に戻った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【注記】
「ぼてくりこかす」を「半殺し」と訳したのは『極めて穏当な表現』です。博多、じゃない、ファガータ出身の皆さんならお分かりになるかと思いますが、到底そんなものではない物騒な言葉です。
繰り返します。『極めて穏当な表現』です。
姿を現したのは今度はミカエラだ。
「いやぁ、おいちゃんえらい懐かれたばいね」
少しだけニヤニヤしながら、彼女はクレアが座っていた補助座ではなく左側の助手座に座る。補助座はアルベルトの御者座側に跳ね上げられたままで、アルベルトとミカエラの間には補助座の分の距離が空く。
その距離感はアルベルトを少し安心させた。クレアほどグラマラスではないので風の強い御者台に座っていても目のやり場に困るようなことは少ないが、それでも彼女とて妙齢の美女には違いない。なるべく距離を取ってもらえた方が有り難かった。
何しろアルベルトだって健康な成人男性なのだ。女性は嫌いではなかったし、それが若くて美人ならなおさらだ。でも普段から女づきあいをしないので、特に初対面に近い人だとどうしても意識してしまう。
というか普段からその手の女性問題には相当に気を使っていて、だからこそギルドでもホワイトと話すときは顔以外見ないように気を付けていたし、アヴリーやニースたちとも手を伸ばして触れ合えるような位置まで近付くことはほとんどなかった。
女性を触りたければ相応の娼館に行けばいいのだから、日常生活や職場でわざわざ社会人生命を賭けてまで色目を使う必要もなかったし、むしろ誤解されないようにするのに必死だったのだ。
「あん子くさ、親のおらんとよね」
ミカエラは話し始めた。
クレアの両親は、彼女が1歳になるかならないかの頃に流行った伝染病で相次いで亡くなったのだという。それで残った唯一の親族である祖父が旅先から戻って来て、初等教育を終えるまで男手ひとつで育て上げ、それからずっと彼女を連れて一緒に旅していたらしい。
「ウチと姫ちゃんが蒼薔薇騎士団ば立ち上げて、魔術師ば探そうてなった時にまずガルシア様ば探したとよ。“放浪の大賢者”ば勧誘できりゃあえらい太かアドバンテージになるやろうて思うたけんね」
彼女たちは“放浪の大賢者”こと大地の賢者ガルシア・パスキュールをパーティメンバーに勧誘したという。世界に名高い『七賢人』のひとりに数えられるガルシアが特定のパーティに所属したとなれば、確かに大きな話題になったことだろう。
「そん時に紹介されたとがあん子やったとよ。『ワシのような老いぼれを引っ張り出さずとも、この子で充分じゃ』て言われてね」
そう。クレア・パスキュールこそは“大地の賢者”ガルシアの孫娘で、大賢者の薫陶とお墨付きを得た若き天才魔術師、新世代のホープなのだ。
「それが去年…あー、もう一昨年になるったいね。あん子はまだ11歳やったと。そん時にガルシア様からあん子の両親の話やら色々教えてもろうて、それで直々によろしく言うて頭ば下げられたけんくさ、やけん姫ちゃんも姉代わりで張り切っとっとよ」
なるほど、それでさっきの剣幕だったのか。
きっとレギーナは真面目で責任感が強い性格で、それでクレアの交友関係や将来にも責任を持つつもりなのだろう。そして今も居室から聞こえてくる弱り果てた宥め声からすれば、どうやらアルベルトに負けず劣らずのお人好しで、クレアにはきっと甘いのだろう。
そして彼女は大国の姫君とは思えないほど気さくで人当たりがいい。初対面でも普段通りだったアルベルトにも咎めだてしなかったし、勇者なのはすぐに分かるとしても、王族だというのは言われなければすぐには分からないだろう。
いい意味で『らしくない』のがレギーナという娘だった。
「クレアが入ってくれたけん蒼薔薇騎士団は『可愛らしか女ん子だけのパーティ』て方向性も決まったし、あん子はウチらみんなの可愛い妹分やしで、どげんしたっちゃ過保護になるったいね」
そう言って、ミカエラは照れたようにはにかんだ。レギーナだけでなく、彼女もクレアに対して強い責任感を持っているようだ。きっと本当の姉妹のように普段から仲がいいのだろう。
「やけん!あん子にヘンなちょっかいやら出したらぼてくりこかすっけんね!」
とほっこりしていたら、なんか物凄そうな言葉で脅された。
「ぼてくりこか…す?」
「えっあ、あー、いや。分からんなら分からんでよかばい。
なんかなし、至らんちょっかいやら出したら姫ちゃんが黙っとらんけん、そのつもりでおってばい」
意味が通じなかったことに何やら安堵しつつ、それでもミカエラは釘を刺すのを忘れない。
というかこの様子だと、クレアに何かあればレギーナだけでなくミカエラも激怒しそうな雰囲気である。それだけはアルベルトにもきっちりと伝わった。
「分かったよ。それは約束する」
だからアルベルトもそこはきちんと守ることを誓う。それでようやくミカエラもまた笑顔に戻った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【注記】
「ぼてくりこかす」を「半殺し」と訳したのは『極めて穏当な表現』です。博多、じゃない、ファガータ出身の皆さんならお分かりになるかと思いますが、到底そんなものではない物騒な言葉です。
繰り返します。『極めて穏当な表現』です。
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