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第一章【出立まで】

1-21.蒼薔薇騎士団“第五の女”

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「ティレクス種?」
「あれは人には馴れんやろ?」

 脚竜車を牽くのに用いられるのは、通常はイグノドン、サウロフス、ハドロフスなどの草食種の脚竜である。
 イグノドン種は小型で温厚、単頭牽きにも複数牽きにも向いていてスピードの調節がしやすく、街中で乗るような小型車両ならイグノドン種を使うのが一般的だ。
 サウロフス種は中型で温厚、単頭牽きにも複数牽きにも向き、通常の荷駄車や移動車はサウロフス種が多い。
 ハドロフス種は草食だが大型で気性が荒く、単頭牽きに向いていて、魔獣程度なら自分で戦って追い払うこともできるので旅行用脚竜車はハドロフス種が多い。

 肉食種で一般的なのがアロサウル種だ。大型で獰猛、力が強くスピードが出せて単頭牽きに向くため、重量があって牽引力を必要とする大型の荷駄車や長期旅行用などに採用されることがある。好戦的なため一般的な移動用脚竜車だけでなく、戦場で使われる竜戦車を牽かせることさえあるくらいだ。

 そしてティレクス種というのはアロサウル種よりも一回り大型の肉食種で、野生ではアロサウル種すら狩ることもあるという、肉食種では最強クラスの脚竜である。かなり獰猛なため調教が非常に困難、というか一般的には調教不可能とされており、そのため通常は脚竜車を牽かせる用途には用いない。人との関わりもせいぜい野生のものを捕らえてきて動物園ビバリウムで展示される事がある程度だ。
 というか集落の近くに出現すれば冒険者ギルドに討伐依頼が出されることもあるくらいで、他の脚竜と同じように家畜として扱われることなど基本的にはあり得ない。要するに猛獣である。

「いやあ、ティレクス種を調教できるかって言われるとなあ…」
「普通ならそうでございましょうな」

 アルベルトが困ったように頭を掻いて、支部長が同意する。そして続けて言ったのだ。

「ですが、『人によく馴れたティレクスがいる』となれば、いかがですかな?」

 聞けば、幼竜の頃から隣の隊商ギルドで飼われている個体がいるらしい。生まれたばかりで群れからはぐれたらしく、偶然拾って育てた隊商ギルドの従業員スタッフを親と思い込むほど懐いているという。
 ただ、今やすっかり成竜になって飼育も大変になり、隊商ギルドでも持て余しているのだとか。

「ティレクスならばアロサウルよりも大きくて力も強く、何よりその個体ならば人にも従順です。強さにおいても見栄えにおいても、勇者様方そしてこの車体に相応しいかと存じますが」

 そう言われて一同はそれぞれ顔を見合わせる。
 というかこの支部長、さては別口でティレクス種を売り込もうと最初から考えていたに違いない。売上は上がるし隊商ギルドにもいい顔ができるしで、なかなか抜け目のないことだ。さすがに商工ギルドの支部長にまで登りつめるだけのことはある。

「………当然、そら譲渡なわけないっちゃろ?」
「ははは。お勉強させて頂きますとも」

 ほら、やっぱり。

「とりあえず、実際に見てみないことには決められないわね」

 そのレギーナの一言で、支部長の案内で隊商ギルドに出向くことになった。
 兎にも角にも見てみないことには何とも言えない。使えそうならまあよし、使えなさそうならアロサウル種でも大型の個体を探すか、あるいはハドロフス種の二頭牽きなども検討しなくてはならなくなるだろう。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「でっっか!何あれ!?」
なんなあらあれえずかぁ~!」
「はわわわわ…!」
「本当にこれ、人を襲わないのかしら?」

 全員の顔が青ざめるのも無理はない。東門を出て城壁の外にある隊商ギルドの脚竜用放牧地、その肉食種用の放牧地のただ中に、それはいたのだ。
 かなり距離はあったが、周りに何頭か見えるアロサウル種よりも明らかに一回り大きく、その個体はまるでその場の王であるかのような威厳さえ備えていた。

 それが隊商ギルドの案内役に気づいて、咆哮を上げてこちらに駆けてくるものだから大事おおごとだ。レギーナは腰からドゥリンダナを抜きかけるしクレアは慌てて魔術の詠唱を開始するしで、案内役が押し止めなければ危うく戦闘に入りかけるところだった。

「大丈夫、大丈夫です心配いりませんよ。ただじゃれてるだけですから」

 巨大な鼻先を押し付けられながら案内役の青年が言う。いやどう見ても押されて振り回されて大丈夫ではなさそうなのだが。
 だが確かに噛み付いたり襲う様子は見られない。それどころか喉を鳴らして尻尾を振って、本当に甘えているようにさえ見えてくるから不思議だ。
 いやまあ長くて強靭な尻尾をブンブン振り回されるのは、それはそれで恐怖を惹起させるのだが。

「スズは人間のことをみんな仲間だと思ってますから襲ったりしませんよ。もしかすると自分のことも人間だと思ってるかも知れません」
「「いやいや、ないわよやろ」」

 案内役の言葉にレギーナとミカエラがいつものようにハモってツッコむ。なんならツッコミの裏手までタイミングが揃っている。

「でもまあ、確かにこれなら調教の心配は要らないかも知れないね」

 アルベルトがそう言って前に出て、スズと呼ばれたティレクスの方へと手を伸ばす。スズはそれを見て、初対面の人間を値踏みするように目を細めて、それから鼻面を寄せて匂いを嗅いでくる。
 次の瞬間、その鼻面を押し付けられてアルベルトが吹っ飛ばされた。

「ちょっと!襲うじゃないの!」
「ちょ、おいちゃん大丈夫な!?」
「あはは。女の子だから男性はちょっと気恥ずかしいのかも」
「そういう問題なのかしら、これ?」

 口々に騒ぐ周りの人間たちを尻目に、スズはレギーナをじっと見据えると、なんとその場に座り込んだ。
 姿勢を低くし、頭を地につけ、まるでひれ伏すように。

「…へえ、これは初めて見たな」

 案内役の青年が驚く。
 それはティレクス種が滅多に見せることのない、服従のポーズだったのだ。

「きっとこの子にも、誰が勇者様なのか分かったんでしょうね。
この姿勢を取ったということは、もう絶対大丈夫ですよ。彼女は勇者様に従います」

「そ、そう。ならいいけど」

 驚きつつもかしずかれ慣れているレギーナはそれを自然と受け入れるが、

「「「「って、この子メスなの!? 」」」」

 蒼薔薇騎士団の全員が珍しく綺麗にハモった。
 そして全員で顔を見合わせる。

「そう、女の子なの。そうなんだ…」

 思案顔でレギーナが呟く。

「まあ女ん子なら、ねえ?」

 同意を求めるかのようにミカエラが呟く。

「レギーナには従順なようだし、いいのではないかしらね?」

 ダメを押すようにヴィオレが言う。

「どのへんが、女の子…?」

 クレアはまだ半信半疑だ。

「オスよりも顔が小さいですし、前脚も小さくて可愛いでしょう?それに背中もなだらかでスタイルがいい。親バカと言われるかも知れませんが、美人だと思いますよ?」

 案内役の青年はどことなく自分の娘を自慢しているかのようだが、子供どころか結婚もしてなさそうな若者にそう言われても。
 だが蹲ったままのスズの顔が、何となくドヤ顔に見えてくるから不思議だ。

「んで?購入するとしていくらぐらいなん?」

 仕方なくミカエラが、聞かなくてはならないことを聞く。

「ええと、隊商ギルドうちの支部長に言われてるのはこのくらいで…」
「そらもう少し色つけてもらわなアレやね」
「でしたら支部長に直接仰って下さい」
「まあそれもそうやんな」

 何となく購入する流れになっているのは、傅かれたレギーナがすっかりその気になっているからだ。付き合いの長いミカエラがそれを敏感に察知していて、それで案内役と交渉を始めているわけだ。

 ともかく、こうしてティレクス種のスズは特注脚竜車とともに蒼薔薇騎士団のお買上げとなった。蒼薔薇騎士団の“第五の女”の誕生である。

 なおアルベルトは無事だったが、ふっ飛ばされた先でアロサウル種に追い回されてまた転げ回り、ほうほうの体で戻ってきた時には体じゅう草だらけで爆笑を誘っていた。


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