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第一章【出立まで】
1-12.薬草採取の引き継ぎ
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神殿にミックを連れて挨拶に行った翌日から、薬草採取の依頼は早速ミック宛てに切り替った。
「アルさん宛ての依頼…ミック君に来てるんだけど」
「うん、彼宛てに変えてもらうように昨日頼んできたからね」
「昨日の今日で、もう!?」
「うん。神殿長に直接言ったからさ」
そこまで言って、ようやくアヴリーも納得した顔になる。
「ああ、それで。でもミック君ひとりで大丈夫なの?」
「正直、まだ自信ないです…」
そう言うミックの顔は緊張に青ざめていて、でももう腰にはアルベルトの普段使っている薬草袋が鈴なりの革ベルトが巻かれている。
「まあ、まだしばらくは俺も一緒に行くから心配いらないよ。それに」
アルベルトはそう言って後ろを振り返る。そこに、ミックがいつも一緒にいるあの少女がいた。
「今日はアリアも一緒だから。いいとこ見せないとな」
少女、アリアは身元保証の意味も兼ねて冒険者登録を済ませていた。だが依頼を受けたことはなく、当然認識票も白だ。
「が…がんばりましゅ…!」
精一杯の決意表明だが、恐怖からか緊張からか声が裏返っている。
「…ねえファーナ」
「絶対言ってくると思ったよ~」
「悪いけど、頼めるかしら?」
「はいはい、分かってるって」
アリアの様子に不安を抑えきれないアヴリーがファーナを呼んで、彼女は呼ばれるのが分かっていたみたいにアルベルトの横にやってくる。
彼女はアルベルトと同じくソロで活動しているので、こういう時は身軽に動けるのだ。実力もあり容姿も端麗で多くのパーティから勧誘の手が途切れることがないが、何故か彼女は頑なにソロを貫き通している。
アルベルトあたりは独りが好きなんだろうと思っていて気にも留めていないが、アヴリーはパーティを組ませたがっている。パーティに所属した方が経験も実績も早く積めるしランクも上げやすいからだ。
そして、新人ふたりの引率なので今度はアルベルトもファーナの同行を断ったりしない。そもそも先日のピンチだってファーナが一緒だったら毒矢で追い詰められるところまで行かなかった可能性が高かったのだから、その同じ轍を踏むわけにもいかない。
それにラグ山の黒狼の噂はまだ消えていないし、セルペンスたちがいなくなったことでアヴリーに迫る危険ももはやない。
「じゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
そうして、即席の薬草採取パーティはラグ山へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしてもアルさん、すっごい所通るねえ」
ファーナが額の汗を拭いながらアルベルトに声をかける。かけながら左手はアリアの手を引いている。
「獣道だから通りづらいのは申し訳ないけどね、誰でも通れるようにしてしまったら貴重な薬草を盗まれちゃうからね」
「あー、まあ確かにね」
ファーナも道中で貴重なステラリアなどの群生地があることを聞いているので、言われて納得の表情になる。
「で、そのステラリアの群生地だよ」
藪を抜けたところに、先日、“蒼薔薇騎士団”を案内した群生地が目の前に広がっていた。
「おお~、これは壮観」
ファーナが驚嘆の声を上げる。
アルベルトはファーナとアリアにまず一輪ずつ吸わせてやった。なおミックはすでに経験済みだ。
「あっまーい!」
「美味しい…!」
こうやって驚く顔を見るのもアルベルトにとっては楽しみのひとつだ。
レギーナには『誰にも教えてない』とは言ったが、二ヶ所あるステラリアの群生地は、何人かには口止めした上で片方ずつだけ教えていたりする。アルベルトも時にはラグを留守にする事があり、今までもミックみたいに薬草採取を教えたこともあるのだ。
ついでに言えば、ステラリア群生地の場所を教えた相手には、わざと全て違うルートからの行き方を教えている。教えた人たちがもしも群生地を悪用しようとしたり結託しようとしても、行き道が分からなくなるように仕向けているのだ。だから当然、蒼薔薇騎士団に教えたルートとミックやファーナを案内したルートも異なっている。
採取の際の注意点を改めて教えながらミックに作業させ、彼はたどたどしいながらも無事に作業を終える。それからまた藪を抜けて次の群生地に行って、そちらでもまた注意点を言い聞かせながら作業させる。
せっかくついて来たのだからとアリアにも作業を手伝ってもらい、ファーナにはその間周囲の警戒を頼んでおく。
「まだちょっと遠いけど、これ多分黒狼だと思う」
「ん…ああ、多分そうだね」
[感知]が使える先輩冒険者ふたりが顔を見合わせて、それを見て新米冒険者ふたりが震え上がる。
「だだだ、大丈夫なんですよね!?」
「うん。気付かれる前に移動しようか」
アルベルトはそう言って、まだ採取途中だったが切り上げさせた。ラグ山に群生する薬草はどれも複数の群生地を持っているので、一ヶ所で無理に採取する必要もないのだ。
ただ、まだミックがその群生地の全てを把握していないので、引き上げるのも場合によりけりだ。特に頂上付近や山の裏手にはまだ連れて行っていないので、そのあたりもおいおい教えなければならない。
というか、その前に[感知]を教える方が先か。
[感知]という術式は無属性魔術の「補助魔術」のひとつである。魔術の術式は基本的に五色の魔力に分類されているが、中には未分類のものや色を問わない術式もあって、そういう術式を無属性魔術と総称する。
無属性魔術でもっともよく知られているのは「防御魔術」だろう。物理攻撃をはね返す物理防御、魔術攻撃を無効化する魔術防御、そのほか魔力や毒などによる様々な干渉に抵抗するための魔力抵抗の3種があって、全て究めたらほとんどダメージを負わなくなるという。ただしあくまでも魔力による魔術の術式なので解除されうるし、そもそも防御力を超える威力で攻撃されたら破られてしまうので過信は禁物だ。
そして「補助魔術」というのは主に未分類の術式をまとめてそう呼んでいて、なかなか便利な魔術が揃っている。[感知]はそのひとつで、他に知らない言語を読み書きするための[翻読]や、使い魔を使役する[召喚]などがある。
[感知]は周囲の魔力を目視に頼らずに捜す術式だ。自分の霊力を周囲に延ばし網のように張り巡らせて、そこにある程度の大きさの魔力の塊が触れれば気付けるようにする。ある程度の大きさ、つまり獣や魔獣、人間などの魔力を感知しやすい。
この時、[感知]のための霊力の網をいかに細く薄くして広範囲に拡げられるかがカギになる。自分の霊力には限りがあるので、太いままでは範囲も広がらないし逆探知されやすくもなるからだ。
[感知]をかければ、瘴気をまとった魔獣や魔物ならばすぐそれと分かるので接敵する前に逃げられるし、獣や人間などであれば位置や動き、数などもおおよそ把握できるので避けたり待ち伏せしたりもできる。冒険するにはほぼ必須の能力と言ってよく、そればかりか熟練の猟師や漁師たちにも使う者がいる。高レベルの術者になると森の外から森全体を把握したり、ひとつの都市を丸ごと探知範囲に含めたりできるらしい。
アルベルトとファーナに先導される形で黒狼の群れから離れ、4人はまた次の群生地にやってきた。さっき途中で切り上げてしまったレフェクという薬草の、別の群生地だ。
レフェクは比較的ありふれた薬草でラグ山だけでなくあちこちに群生地が残っていて、需要も多いので毎日のように採取依頼がある。株ごと抜いてよく洗い、丸ごと煮詰めて取ったエキスは体力回復に効果があって、仕事を毎日遅くまで頑張るお父さんなどに人気だ。
ここで残りの株数を確保して、また次へ。
「アルさん毎日こんな地道な作業してたの~?なんかちょっと尊敬するわソレ」
ファーナが感心したような声を上げる。
「尊敬されるほど大した事はしてないけどね。簡単だし、誰にでもできるし」
「誰にでもは無理だよ~。少なくともアタシは無理。だって飽きちゃうもん」
なるほど、そう言われればファーナみたいな飽きやすいタイプには無理なのか。
それを18年もひたすら続けているアルベルトは、もしかすると彼女にとっては神様か聖者みたいに見えているのかも知れない。
「ミックはどうかな?やっぱり飽きそうかい?」
「えっと、まだ飽きるほどやってないから分かりません…」
なるほど、それもそうだ。
「アルさん宛ての依頼…ミック君に来てるんだけど」
「うん、彼宛てに変えてもらうように昨日頼んできたからね」
「昨日の今日で、もう!?」
「うん。神殿長に直接言ったからさ」
そこまで言って、ようやくアヴリーも納得した顔になる。
「ああ、それで。でもミック君ひとりで大丈夫なの?」
「正直、まだ自信ないです…」
そう言うミックの顔は緊張に青ざめていて、でももう腰にはアルベルトの普段使っている薬草袋が鈴なりの革ベルトが巻かれている。
「まあ、まだしばらくは俺も一緒に行くから心配いらないよ。それに」
アルベルトはそう言って後ろを振り返る。そこに、ミックがいつも一緒にいるあの少女がいた。
「今日はアリアも一緒だから。いいとこ見せないとな」
少女、アリアは身元保証の意味も兼ねて冒険者登録を済ませていた。だが依頼を受けたことはなく、当然認識票も白だ。
「が…がんばりましゅ…!」
精一杯の決意表明だが、恐怖からか緊張からか声が裏返っている。
「…ねえファーナ」
「絶対言ってくると思ったよ~」
「悪いけど、頼めるかしら?」
「はいはい、分かってるって」
アリアの様子に不安を抑えきれないアヴリーがファーナを呼んで、彼女は呼ばれるのが分かっていたみたいにアルベルトの横にやってくる。
彼女はアルベルトと同じくソロで活動しているので、こういう時は身軽に動けるのだ。実力もあり容姿も端麗で多くのパーティから勧誘の手が途切れることがないが、何故か彼女は頑なにソロを貫き通している。
アルベルトあたりは独りが好きなんだろうと思っていて気にも留めていないが、アヴリーはパーティを組ませたがっている。パーティに所属した方が経験も実績も早く積めるしランクも上げやすいからだ。
そして、新人ふたりの引率なので今度はアルベルトもファーナの同行を断ったりしない。そもそも先日のピンチだってファーナが一緒だったら毒矢で追い詰められるところまで行かなかった可能性が高かったのだから、その同じ轍を踏むわけにもいかない。
それにラグ山の黒狼の噂はまだ消えていないし、セルペンスたちがいなくなったことでアヴリーに迫る危険ももはやない。
「じゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
そうして、即席の薬草採取パーティはラグ山へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしてもアルさん、すっごい所通るねえ」
ファーナが額の汗を拭いながらアルベルトに声をかける。かけながら左手はアリアの手を引いている。
「獣道だから通りづらいのは申し訳ないけどね、誰でも通れるようにしてしまったら貴重な薬草を盗まれちゃうからね」
「あー、まあ確かにね」
ファーナも道中で貴重なステラリアなどの群生地があることを聞いているので、言われて納得の表情になる。
「で、そのステラリアの群生地だよ」
藪を抜けたところに、先日、“蒼薔薇騎士団”を案内した群生地が目の前に広がっていた。
「おお~、これは壮観」
ファーナが驚嘆の声を上げる。
アルベルトはファーナとアリアにまず一輪ずつ吸わせてやった。なおミックはすでに経験済みだ。
「あっまーい!」
「美味しい…!」
こうやって驚く顔を見るのもアルベルトにとっては楽しみのひとつだ。
レギーナには『誰にも教えてない』とは言ったが、二ヶ所あるステラリアの群生地は、何人かには口止めした上で片方ずつだけ教えていたりする。アルベルトも時にはラグを留守にする事があり、今までもミックみたいに薬草採取を教えたこともあるのだ。
ついでに言えば、ステラリア群生地の場所を教えた相手には、わざと全て違うルートからの行き方を教えている。教えた人たちがもしも群生地を悪用しようとしたり結託しようとしても、行き道が分からなくなるように仕向けているのだ。だから当然、蒼薔薇騎士団に教えたルートとミックやファーナを案内したルートも異なっている。
採取の際の注意点を改めて教えながらミックに作業させ、彼はたどたどしいながらも無事に作業を終える。それからまた藪を抜けて次の群生地に行って、そちらでもまた注意点を言い聞かせながら作業させる。
せっかくついて来たのだからとアリアにも作業を手伝ってもらい、ファーナにはその間周囲の警戒を頼んでおく。
「まだちょっと遠いけど、これ多分黒狼だと思う」
「ん…ああ、多分そうだね」
[感知]が使える先輩冒険者ふたりが顔を見合わせて、それを見て新米冒険者ふたりが震え上がる。
「だだだ、大丈夫なんですよね!?」
「うん。気付かれる前に移動しようか」
アルベルトはそう言って、まだ採取途中だったが切り上げさせた。ラグ山に群生する薬草はどれも複数の群生地を持っているので、一ヶ所で無理に採取する必要もないのだ。
ただ、まだミックがその群生地の全てを把握していないので、引き上げるのも場合によりけりだ。特に頂上付近や山の裏手にはまだ連れて行っていないので、そのあたりもおいおい教えなければならない。
というか、その前に[感知]を教える方が先か。
[感知]という術式は無属性魔術の「補助魔術」のひとつである。魔術の術式は基本的に五色の魔力に分類されているが、中には未分類のものや色を問わない術式もあって、そういう術式を無属性魔術と総称する。
無属性魔術でもっともよく知られているのは「防御魔術」だろう。物理攻撃をはね返す物理防御、魔術攻撃を無効化する魔術防御、そのほか魔力や毒などによる様々な干渉に抵抗するための魔力抵抗の3種があって、全て究めたらほとんどダメージを負わなくなるという。ただしあくまでも魔力による魔術の術式なので解除されうるし、そもそも防御力を超える威力で攻撃されたら破られてしまうので過信は禁物だ。
そして「補助魔術」というのは主に未分類の術式をまとめてそう呼んでいて、なかなか便利な魔術が揃っている。[感知]はそのひとつで、他に知らない言語を読み書きするための[翻読]や、使い魔を使役する[召喚]などがある。
[感知]は周囲の魔力を目視に頼らずに捜す術式だ。自分の霊力を周囲に延ばし網のように張り巡らせて、そこにある程度の大きさの魔力の塊が触れれば気付けるようにする。ある程度の大きさ、つまり獣や魔獣、人間などの魔力を感知しやすい。
この時、[感知]のための霊力の網をいかに細く薄くして広範囲に拡げられるかがカギになる。自分の霊力には限りがあるので、太いままでは範囲も広がらないし逆探知されやすくもなるからだ。
[感知]をかければ、瘴気をまとった魔獣や魔物ならばすぐそれと分かるので接敵する前に逃げられるし、獣や人間などであれば位置や動き、数などもおおよそ把握できるので避けたり待ち伏せしたりもできる。冒険するにはほぼ必須の能力と言ってよく、そればかりか熟練の猟師や漁師たちにも使う者がいる。高レベルの術者になると森の外から森全体を把握したり、ひとつの都市を丸ごと探知範囲に含めたりできるらしい。
アルベルトとファーナに先導される形で黒狼の群れから離れ、4人はまた次の群生地にやってきた。さっき途中で切り上げてしまったレフェクという薬草の、別の群生地だ。
レフェクは比較的ありふれた薬草でラグ山だけでなくあちこちに群生地が残っていて、需要も多いので毎日のように採取依頼がある。株ごと抜いてよく洗い、丸ごと煮詰めて取ったエキスは体力回復に効果があって、仕事を毎日遅くまで頑張るお父さんなどに人気だ。
ここで残りの株数を確保して、また次へ。
「アルさん毎日こんな地道な作業してたの~?なんかちょっと尊敬するわソレ」
ファーナが感心したような声を上げる。
「尊敬されるほど大した事はしてないけどね。簡単だし、誰にでもできるし」
「誰にでもは無理だよ~。少なくともアタシは無理。だって飽きちゃうもん」
なるほど、そう言われればファーナみたいな飽きやすいタイプには無理なのか。
それを18年もひたすら続けているアルベルトは、もしかすると彼女にとっては神様か聖者みたいに見えているのかも知れない。
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