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第一章【出立まで】
1-7.勇者様御一行の社会見学(2)
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「はー。なかなか器用に獣道ば見つけんしゃあね」
「貴方、野伏の素質があるんじゃなくて?」
「んもう。なんでこんな所をわざわざ通らなきゃいけないの?こんな藪なんて斬り払えばいいじゃない!」
ミカエラが感心する。
ヴィオレも褒めている。
それに対して文句たらたらなのはレギーナだ。曲がりなりにも勇者であり冒険者のはしくれだが、そこはやはり王族である。邪魔するものは全て薙ぎ倒すとでも言わんばかりだ。
「森は壊してはいけないんだ。でないと獣が逃げたりして生態系が狂ってしまうから」
アルベルトが説明する。説明しながらクレアが歩くのをサポートしている。
一行の中でクレアだけが未成年だった。こんな獣道など歩いたこともない様子でひとりだけ遅れ気味だったから、アルベルトが時折戻っては彼女が通りやすいように藪をかき分けたり手を取ったりして進ませている。
「まあまあ姫ちゃん。ウチらが無理について来たっちゃけん、文句言わんのこうや」
「そうだけど、こんなの聞いてない!」
聞いてないも何も、「彼の普通の1日が見たい」と言い出したのはレギーナである。勇者パーティについてこれる実力があるかどうか確かめる、という名目で今朝になって思いつきで決めたのだから、文句があるなら今朝の自分に言ってほしいものだ。
そんなこんなでしばらく進むと開けた広場に出た。広場と言っても円形や四角形に森が消失しているわけではなく、木々が裂けるように分かれて陽神の光が射し込む隙間ができている、と言ったほうが適切だろう。
朝の陽光の降り注ぐ中、広場には白い小さな花が咲き乱れている。陽の光に無数の花が煌めいていて、それはなかなかに幻想的な光景だった。
「…へえ」
レギーナが小さく感嘆の声を上げる。
「ああ、こらあステラリアの花やん。こげな群生地のまだ残っとったばいね」
ミカエラも少し驚いている。
ステラリアというのは霊力回復に効果があると言われる薬草だ。
霊力。
万物を構成する魔力のうち、人類を構成するもののことを特にそう呼ぶ。人類は神々の写し身であり、他の動植物とは違う。そういう考え方があって、それで人体を構成する魔力を特に霊力と呼ぶのだ。
霊力は人体に備わる霊炉という器官で生成され、人の生命力や活力の源であり行使する魔術の起動エネルギーとなる。だが人体を解剖してもどこにも霊炉に相当する器官が見つけられず、そのため魂に結び付いた概念的な器官なのだろうと考えられている。
そもそも魔力や霊力自体が目に見えないものであるのだから、霊炉もそういう目には見えないものなのだろうと深く考えられてはいない。
一般的には心臓が霊炉を兼ねていると見做されているが、そうと証明されたわけではない。
霊炉は酷使し過ぎると霊力を生成しなくなって活動が止まる。そして霊力は生命力や活力の源なのだから、それが涸渇すれば人は死ぬ。
これが、『人が死ぬ』という現象のメカニズムだとされている。
それを避けるために霊炉は適宜休ませなくてはならず、また霊炉の稼働に必要な燃料を随時補充しなければならない。その燃料補給が食事であり、休養が睡眠である。だからそのいずれかでも欠かすと霊炉が止まって人は死ぬ。必ず死ぬのだ。
そして霊炉は経年でも劣化して稼働を止める。それが老化という現象で、長く生きすぎても人は死ぬ。だから人はみなその老化を少しでも遅らせて長生きしようともがき、霊炉を少しでも労り長持ちさせようとする。そのためにも食事と睡眠は必要なのだ。
そしてそれ以外に霊力を、霊炉を回復させる手段はないとされている。
で、ステラリアである。食事と睡眠以外に手段がないはずの霊力の回復に効果があるとされていて、それで多くの需要がある。
効能があるのは花粉と蜜だ。だから採取して蜜を集めて精製し、水や調味料を加えて水蜜に加工し、それにさらに他の成分原料なども加えて固めて錠剤にする。そのほか、花蜂に集めさせたものは蜂蜜としても売られている。
ちなみに花蜂はステラリアの蜜を覚えさせるとなぜかステラリアの花粉しか採ってこなくなる。そのため咲いている絶対数が少なくともステラリア100%の蜜が作れるのだ。ただし当然ながら少量しか作れないが。
そのためステラリアの蜂蜜は最高級品であり、限られた富裕層しか口にできない。
正直な話、ステラリアの蜜は霊力の回復に関して効果が実証されているわけではない。だが実際に用いた人の大半が効果を実感していて、気のせいと決めつけるには説得力が弱い。
冒険者たちや野山で仕事する猟師たちはステラリアが咲いているのを見かけると、その花を手折って花粉を直接吸引する。小さな花で花粉もごく少量だが、ひと口吸うだけでも疲れが癒やされ、ふた口吸えば活力が戻る。
多くの人がそうやって効果を実感しているからこそ、ステラリアは世界中で手折られ採取されて多くの群生地が失われた。ミカエラの言うとおり、これほど固まって咲いているほうが今や珍しいのだ。
「今日採るのは50株分だけだから、それ以上は触ったらダメだよ」
荒らされる前にアルベルトが釘を刺す。
例え相手が勇者パーティであろうとも、彼は必要な忠告と警告を省略するつもりはなかった。愚直なまでに生真面目な男、それがアルベルトという冒険者である。
「貴方、野伏の素質があるんじゃなくて?」
「んもう。なんでこんな所をわざわざ通らなきゃいけないの?こんな藪なんて斬り払えばいいじゃない!」
ミカエラが感心する。
ヴィオレも褒めている。
それに対して文句たらたらなのはレギーナだ。曲がりなりにも勇者であり冒険者のはしくれだが、そこはやはり王族である。邪魔するものは全て薙ぎ倒すとでも言わんばかりだ。
「森は壊してはいけないんだ。でないと獣が逃げたりして生態系が狂ってしまうから」
アルベルトが説明する。説明しながらクレアが歩くのをサポートしている。
一行の中でクレアだけが未成年だった。こんな獣道など歩いたこともない様子でひとりだけ遅れ気味だったから、アルベルトが時折戻っては彼女が通りやすいように藪をかき分けたり手を取ったりして進ませている。
「まあまあ姫ちゃん。ウチらが無理について来たっちゃけん、文句言わんのこうや」
「そうだけど、こんなの聞いてない!」
聞いてないも何も、「彼の普通の1日が見たい」と言い出したのはレギーナである。勇者パーティについてこれる実力があるかどうか確かめる、という名目で今朝になって思いつきで決めたのだから、文句があるなら今朝の自分に言ってほしいものだ。
そんなこんなでしばらく進むと開けた広場に出た。広場と言っても円形や四角形に森が消失しているわけではなく、木々が裂けるように分かれて陽神の光が射し込む隙間ができている、と言ったほうが適切だろう。
朝の陽光の降り注ぐ中、広場には白い小さな花が咲き乱れている。陽の光に無数の花が煌めいていて、それはなかなかに幻想的な光景だった。
「…へえ」
レギーナが小さく感嘆の声を上げる。
「ああ、こらあステラリアの花やん。こげな群生地のまだ残っとったばいね」
ミカエラも少し驚いている。
ステラリアというのは霊力回復に効果があると言われる薬草だ。
霊力。
万物を構成する魔力のうち、人類を構成するもののことを特にそう呼ぶ。人類は神々の写し身であり、他の動植物とは違う。そういう考え方があって、それで人体を構成する魔力を特に霊力と呼ぶのだ。
霊力は人体に備わる霊炉という器官で生成され、人の生命力や活力の源であり行使する魔術の起動エネルギーとなる。だが人体を解剖してもどこにも霊炉に相当する器官が見つけられず、そのため魂に結び付いた概念的な器官なのだろうと考えられている。
そもそも魔力や霊力自体が目に見えないものであるのだから、霊炉もそういう目には見えないものなのだろうと深く考えられてはいない。
一般的には心臓が霊炉を兼ねていると見做されているが、そうと証明されたわけではない。
霊炉は酷使し過ぎると霊力を生成しなくなって活動が止まる。そして霊力は生命力や活力の源なのだから、それが涸渇すれば人は死ぬ。
これが、『人が死ぬ』という現象のメカニズムだとされている。
それを避けるために霊炉は適宜休ませなくてはならず、また霊炉の稼働に必要な燃料を随時補充しなければならない。その燃料補給が食事であり、休養が睡眠である。だからそのいずれかでも欠かすと霊炉が止まって人は死ぬ。必ず死ぬのだ。
そして霊炉は経年でも劣化して稼働を止める。それが老化という現象で、長く生きすぎても人は死ぬ。だから人はみなその老化を少しでも遅らせて長生きしようともがき、霊炉を少しでも労り長持ちさせようとする。そのためにも食事と睡眠は必要なのだ。
そしてそれ以外に霊力を、霊炉を回復させる手段はないとされている。
で、ステラリアである。食事と睡眠以外に手段がないはずの霊力の回復に効果があるとされていて、それで多くの需要がある。
効能があるのは花粉と蜜だ。だから採取して蜜を集めて精製し、水や調味料を加えて水蜜に加工し、それにさらに他の成分原料なども加えて固めて錠剤にする。そのほか、花蜂に集めさせたものは蜂蜜としても売られている。
ちなみに花蜂はステラリアの蜜を覚えさせるとなぜかステラリアの花粉しか採ってこなくなる。そのため咲いている絶対数が少なくともステラリア100%の蜜が作れるのだ。ただし当然ながら少量しか作れないが。
そのためステラリアの蜂蜜は最高級品であり、限られた富裕層しか口にできない。
正直な話、ステラリアの蜜は霊力の回復に関して効果が実証されているわけではない。だが実際に用いた人の大半が効果を実感していて、気のせいと決めつけるには説得力が弱い。
冒険者たちや野山で仕事する猟師たちはステラリアが咲いているのを見かけると、その花を手折って花粉を直接吸引する。小さな花で花粉もごく少量だが、ひと口吸うだけでも疲れが癒やされ、ふた口吸えば活力が戻る。
多くの人がそうやって効果を実感しているからこそ、ステラリアは世界中で手折られ採取されて多くの群生地が失われた。ミカエラの言うとおり、これほど固まって咲いているほうが今や珍しいのだ。
「今日採るのは50株分だけだから、それ以上は触ったらダメだよ」
荒らされる前にアルベルトが釘を刺す。
例え相手が勇者パーティであろうとも、彼は必要な忠告と警告を省略するつもりはなかった。愚直なまでに生真面目な男、それがアルベルトという冒険者である。
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