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第一章【出立まで】
1-4.案内人としての初仕事
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「ミカエラさんどうしたんだい?表まで声が聞こえてきたよ?」
「あっおいちゃん!ちょお聞いちゃりぃよ!」
聞けば、レギーナの要求を全て呑もうとすれば宮殿みたいなサイズになるのだという。それだけでなく従者、料理人、御者、執事など諸々連れて行くと言い出したらしく、それら使用人の居室や食材、調度品、道具類などなど、レギーナの要求がとどまることを知らないのだとか。
「んー、要するにレギーナ姫様は道中に何が必要か分からないから、全部揃えないと不安なんだよね?」
「…っ、そうよ。だってそんな長旅なんて初めてなんだもん。
ていうかなんであなたが口を出すの!?関係ないじゃない!あと“姫様”はやめて!」
憮然とした表情でレギーナが言う。ついさっき自分で雇ったとはいえ、部外者であるところのアルベルトに口を出されるのは我慢ならないといった様子だ。
というかミカエラには姫ちゃんと呼ばせているのに「姫様」はダメなのか。その変なところでの拘りがアルベルトには少し面白い。
「えっと、じゃあ、『レギーナさん』って呼ぶのは?」
「…まあ、それならいいわ」
「じゃあレギーナさん、御者は俺がするからいいよ。あと料理もできるし、脚竜の調教もある程度できるから。せっかく雇われたんだし、そういう雑用は全部俺の仕事ってことでいいんじゃないかな」
「え、できるの?」
「元々、“輝ける虹の風”でもそのあたりは俺の担当だったからね」
先代勇者パーティの御者兼コックが目の前にいると知って、レギーナの勢いがやや鈍る。
「食材に関してはあまり高級なものや稀少なものは使えないと思うけど、冷蔵器を取り付ければ保存も利くし仕入れも少なくなると思うんだよね」
「おっ、そら良か考えやん」
ミカエラが名案だとばかりにポンと手を打つ。
「脚竜を肉食種にして、冷蔵器を大型にすれば脚竜の餌も一緒に保存できるよ。道中に出てくる獣や魔獣を食べさせてもいいしね」
「あら、じゃあ草食種の餌を大量に積む必要もなくなるわね」
草食種を使うとばかり思っていたのだろう、ヴィオレが意外そうな顔をする。
「お風呂に関してはある程度諦めて貰わなくちゃダメだけど、無理に旅程を急ぐんじゃなくてなるべくきちんと街で宿を取るようにしよう。そうすれば脚竜車にお風呂を付ける必要もなくなるし」
「あ、クレアもそっちが、いい…」
目を少しだけ輝かせながら、クレアが呟く。
「おいちゃん、なんか旅慣れとんしゃあね?」
「だって実際に東方世界まで行ったからね。それにそれまでも虹の風でアルヴァイオンとかガリオンとかアウストリーとか回ったし」
というか“輝ける虹の風”は普通の移動用脚竜車で東方まで行ったのだ。居室だけは改造して寝室を付けたものの、男女混合パーティだったにも関わらずカーテンの間仕切りだけで雑魚寝をしたものだった。
「…じゃあ、従者は?」
「それは今までの旅でもいなかったんじゃない?」
「居らんやったねえ」
「それで大丈夫だったのなら、今回も大丈夫だよ」
旅慣れたアルベルトがひとつひとつ懸念を消し去ったことで、ようやくレギーナも落ち着いて来たようだ。
「でも、でも!ベッドは大事よ!」
「それはもちろんそうだね。だからそこは妥協しないでいいと思う」
最後のひと押しにレギーナの要求を呑んでやることで、ようやく彼女は陥落した。
「…分かった。じゃあ、任せるわ」
レギーナのその一言にアルベルトやミカエラはもちろん、遠巻きにこわごわ眺めていた商人たちや職人たちもホッと胸を撫で下ろす。要望通りに作ろうとすれば新たな技術革新が必要になるのはほぼ間違いなかったし、そうなると完成がいつになるか覚束ない。しかもそれでいて通常どおりの工期で作れとか言われかねなかったので戦々恐々としていたのだ。
「…助かったぁ~」
だが、一番安堵していたのはミカエラだった。レギーナがここまで強硬にワガママを発揮したのは初めてで、さすがに彼女も持て余していたのだった。
「いやもうほんなこつ助かったばいおいちゃん!一時やらどげんしょうかて思うたけんね!」
「いやまあレギーナさんの不安も分かるからね。雇われたからには俺も多少はアピールしないとだし」
「にしたっちゃ、なんかもうすっかい姫ちゃんの扱いの分かってしもうたごたんね!こらぁウチも今後楽させてもらわるうか知れんばい!」
安心したからか、ミカエラのファガータ訛が強くなっている。そのせいか、不安が解消して安心したはずの商人や職人たちの頭に再び?マークが浮いているのを、アルベルトは敢えて無視した。
というかアルベルトだってミカエラのファガータ弁を全部理解しているわけではなく、半分くらいは雰囲気だ。残りの半分は、昔関わったファガータ商人がいたから何となく分かる、その程度だ。
ファガータ人の知り合いがいたからこそ、ミカエラと初めて会った時だってそれがファガータ訛だと分かっただけなのだ。
「移動時の居室は中央で、レギーナさんたちの主寝室はその後方で。
で、俺の寝室だけど、寝床とある程度の荷物だけ置ければそれでいいからね」
それからようやく発注する脚竜車のレイアウトを決める話し合いが始まり、アルベルトは紙に図を描いて部屋割を提案していく。
「え、それじゃトイレサイズじゃない!?」
トイレサイズとは酷い言い草だが、王族の常識的には狭い部屋ならだいたいそんなもんである。
「いやこれで充分だよ。で、水回りはこっちに固めて、居室を通らないでいいように廊下も付けようか。それから水は屋根に容器を置いて雨水を溜めよう。濾過装置を付ければ…」
「あ、水はウチが出せるけん良かよ」
「ああ、そっか。青派だもんね」
「そういうこったい♪」
ということで最終的に寝室2つ、居間ひとつ、荷物室ひとつと水回りを備えた豪勢な長旅用の特注脚竜車の図案が完成した。ロングサイズだが既存の技術で製作可能で費用もそこそこ抑えられる。
だがこの件におけるアルベルトの一番の功績は。
「え、二段ベッドにするの!?」
「うん。その方が床面積の節約にもなるしね」
「二段ベッドやら、〈賢者の学院〉の寮生活ば思い出すばいね♪」
レギーナもミカエラと同じことを考えたようで、その後ずっと上機嫌だったのだった。
「あっおいちゃん!ちょお聞いちゃりぃよ!」
聞けば、レギーナの要求を全て呑もうとすれば宮殿みたいなサイズになるのだという。それだけでなく従者、料理人、御者、執事など諸々連れて行くと言い出したらしく、それら使用人の居室や食材、調度品、道具類などなど、レギーナの要求がとどまることを知らないのだとか。
「んー、要するにレギーナ姫様は道中に何が必要か分からないから、全部揃えないと不安なんだよね?」
「…っ、そうよ。だってそんな長旅なんて初めてなんだもん。
ていうかなんであなたが口を出すの!?関係ないじゃない!あと“姫様”はやめて!」
憮然とした表情でレギーナが言う。ついさっき自分で雇ったとはいえ、部外者であるところのアルベルトに口を出されるのは我慢ならないといった様子だ。
というかミカエラには姫ちゃんと呼ばせているのに「姫様」はダメなのか。その変なところでの拘りがアルベルトには少し面白い。
「えっと、じゃあ、『レギーナさん』って呼ぶのは?」
「…まあ、それならいいわ」
「じゃあレギーナさん、御者は俺がするからいいよ。あと料理もできるし、脚竜の調教もある程度できるから。せっかく雇われたんだし、そういう雑用は全部俺の仕事ってことでいいんじゃないかな」
「え、できるの?」
「元々、“輝ける虹の風”でもそのあたりは俺の担当だったからね」
先代勇者パーティの御者兼コックが目の前にいると知って、レギーナの勢いがやや鈍る。
「食材に関してはあまり高級なものや稀少なものは使えないと思うけど、冷蔵器を取り付ければ保存も利くし仕入れも少なくなると思うんだよね」
「おっ、そら良か考えやん」
ミカエラが名案だとばかりにポンと手を打つ。
「脚竜を肉食種にして、冷蔵器を大型にすれば脚竜の餌も一緒に保存できるよ。道中に出てくる獣や魔獣を食べさせてもいいしね」
「あら、じゃあ草食種の餌を大量に積む必要もなくなるわね」
草食種を使うとばかり思っていたのだろう、ヴィオレが意外そうな顔をする。
「お風呂に関してはある程度諦めて貰わなくちゃダメだけど、無理に旅程を急ぐんじゃなくてなるべくきちんと街で宿を取るようにしよう。そうすれば脚竜車にお風呂を付ける必要もなくなるし」
「あ、クレアもそっちが、いい…」
目を少しだけ輝かせながら、クレアが呟く。
「おいちゃん、なんか旅慣れとんしゃあね?」
「だって実際に東方世界まで行ったからね。それにそれまでも虹の風でアルヴァイオンとかガリオンとかアウストリーとか回ったし」
というか“輝ける虹の風”は普通の移動用脚竜車で東方まで行ったのだ。居室だけは改造して寝室を付けたものの、男女混合パーティだったにも関わらずカーテンの間仕切りだけで雑魚寝をしたものだった。
「…じゃあ、従者は?」
「それは今までの旅でもいなかったんじゃない?」
「居らんやったねえ」
「それで大丈夫だったのなら、今回も大丈夫だよ」
旅慣れたアルベルトがひとつひとつ懸念を消し去ったことで、ようやくレギーナも落ち着いて来たようだ。
「でも、でも!ベッドは大事よ!」
「それはもちろんそうだね。だからそこは妥協しないでいいと思う」
最後のひと押しにレギーナの要求を呑んでやることで、ようやく彼女は陥落した。
「…分かった。じゃあ、任せるわ」
レギーナのその一言にアルベルトやミカエラはもちろん、遠巻きにこわごわ眺めていた商人たちや職人たちもホッと胸を撫で下ろす。要望通りに作ろうとすれば新たな技術革新が必要になるのはほぼ間違いなかったし、そうなると完成がいつになるか覚束ない。しかもそれでいて通常どおりの工期で作れとか言われかねなかったので戦々恐々としていたのだ。
「…助かったぁ~」
だが、一番安堵していたのはミカエラだった。レギーナがここまで強硬にワガママを発揮したのは初めてで、さすがに彼女も持て余していたのだった。
「いやもうほんなこつ助かったばいおいちゃん!一時やらどげんしょうかて思うたけんね!」
「いやまあレギーナさんの不安も分かるからね。雇われたからには俺も多少はアピールしないとだし」
「にしたっちゃ、なんかもうすっかい姫ちゃんの扱いの分かってしもうたごたんね!こらぁウチも今後楽させてもらわるうか知れんばい!」
安心したからか、ミカエラのファガータ訛が強くなっている。そのせいか、不安が解消して安心したはずの商人や職人たちの頭に再び?マークが浮いているのを、アルベルトは敢えて無視した。
というかアルベルトだってミカエラのファガータ弁を全部理解しているわけではなく、半分くらいは雰囲気だ。残りの半分は、昔関わったファガータ商人がいたから何となく分かる、その程度だ。
ファガータ人の知り合いがいたからこそ、ミカエラと初めて会った時だってそれがファガータ訛だと分かっただけなのだ。
「移動時の居室は中央で、レギーナさんたちの主寝室はその後方で。
で、俺の寝室だけど、寝床とある程度の荷物だけ置ければそれでいいからね」
それからようやく発注する脚竜車のレイアウトを決める話し合いが始まり、アルベルトは紙に図を描いて部屋割を提案していく。
「え、それじゃトイレサイズじゃない!?」
トイレサイズとは酷い言い草だが、王族の常識的には狭い部屋ならだいたいそんなもんである。
「いやこれで充分だよ。で、水回りはこっちに固めて、居室を通らないでいいように廊下も付けようか。それから水は屋根に容器を置いて雨水を溜めよう。濾過装置を付ければ…」
「あ、水はウチが出せるけん良かよ」
「ああ、そっか。青派だもんね」
「そういうこったい♪」
ということで最終的に寝室2つ、居間ひとつ、荷物室ひとつと水回りを備えた豪勢な長旅用の特注脚竜車の図案が完成した。ロングサイズだが既存の技術で製作可能で費用もそこそこ抑えられる。
だがこの件におけるアルベルトの一番の功績は。
「え、二段ベッドにするの!?」
「うん。その方が床面積の節約にもなるしね」
「二段ベッドやら、〈賢者の学院〉の寮生活ば思い出すばいね♪」
レギーナもミカエラと同じことを考えたようで、その後ずっと上機嫌だったのだった。
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