上 下
21 / 334
第一章【出立まで】

1-4.案内人としての初仕事

しおりを挟む
「ミカエラさんどうしたんだい?表まで声が聞こえてきたよ?」
「あっおいちゃん!ちょお聞いちゃりぃ聞いてよ!」

 聞けば、レギーナの要求を全て呑もうとすれば宮殿みたいなサイズになるのだという。それだけでなく従者、料理人、御者、執事など諸々連れて行くと言い出したらしく、それら使用人の居室や食材、調度品、道具類などなど、レギーナの要求がとどまることを知らないのだとか。

「んー、要するにレギーナ姫様は道中に何が必要か分からないから、全部揃えないと不安なんだよね?」

「…っ、そうよ。だってそんな長旅なんて初めてなんだもん。
ていうかなんであなたが口を出すの!?関係ないじゃない!あと“姫様”はやめて!」

 憮然とした表情でレギーナが言う。ついさっき自分で雇ったとはいえ、部外者であるところのアルベルトに口を出されるのは我慢ならないといった様子だ。
 というかミカエラには姫ちゃんと呼ばせているのに「姫様」はダメなのか。その変なところでの拘りがアルベルトには少し面白い。

「えっと、じゃあ、『レギーナさん』って呼ぶのは?」
「…まあ、それならいいわ」
「じゃあレギーナさん、御者は俺がするからいいよ。あと料理もできるし、脚竜の調教もある程度できるから。せっかく雇われたんだし、そういう雑用は全部俺の仕事ってことでいいんじゃないかな」
「え、できるの?」
「元々、“輝ける虹の風”でもそのあたりは俺の担当だったからね」

 先代勇者パーティの御者兼コックが目の前にいると知って、レギーナの勢いがやや鈍る。

「食材に関してはあまり高級なものや稀少なものは使えないと思うけど、冷蔵器を取り付ければ保存も利くし仕入れも少なくなると思うんだよね」
「おっ、そら良か考えやん」

 ミカエラが名案だとばかりにポンと手を打つ。

「脚竜を肉食種にして、冷蔵器を大型にすれば脚竜の餌も一緒に保存できるよ。道中に出てくる獣や魔獣を食べさせてもいいしね」
「あら、じゃあ草食種の餌を大量に積む必要もなくなるわね」

 草食種を使うとばかり思っていたのだろう、ヴィオレが意外そうな顔をする。

「お風呂に関してはある程度諦めて貰わなくちゃダメだけど、無理に旅程を急ぐんじゃなくてなるべくきちんと街で宿を取るようにしよう。そうすれば脚竜車にお風呂を付ける必要もなくなるし」
「あ、クレアもそっちが、いい…」

 目を少しだけ輝かせながら、クレアが呟く。

「おいちゃん、なんか旅慣れとんしゃあね?」
「だって実際に東方世界まで行ったからね。それにそれまでも虹の風でアルヴァイオンとかガリオンとかアウストリーとか回ったし」

 というか“輝ける虹の風”は普通の移動用脚竜車で東方まで行ったのだ。居室だけは改造して寝室を付けたものの、男女混合パーティだったにも関わらずカーテンの間仕切りだけで雑魚寝をしたものだった。

「…じゃあ、従者は?」
「それは今までの旅でもいなかったんじゃない?」
らんやったねえ」
「それで大丈夫だったのなら、今回も大丈夫だよ」

 旅慣れたアルベルトがひとつひとつ懸念を消し去ったことで、ようやくレギーナも落ち着いて来たようだ。

「でも、でも!ベッドは大事よ!」
「それはもちろんそうだね。だからそこは妥協しないでいいと思う」

 最後のひと押しにレギーナの要求を呑んでやることで、ようやく彼女は陥落した。

「…分かった。じゃあ、任せるわ」

 レギーナのその一言にアルベルトやミカエラはもちろん、遠巻きにこわごわ眺めていた商人たちや職人たちもホッと胸を撫で下ろす。要望通りに作ろうとすれば新たな技術革新が必要になるのはほぼ間違いなかったし、そうなると完成がいつになるか覚束ない。しかもそれでいて通常どおりの工期で作れとか言われかねなかったので戦々恐々としていたのだ。

「…助かったぁ~」

 だが、一番安堵していたのはミカエラだった。レギーナがここまで強硬にワガママを発揮したのは初めてで、さすがに彼女も持て余していたのだった。

「いやもうほんなこつ本当に助かったばいおいちゃん!一時いっときやらどげんしょうどうしようかて思うたけんね!」
「いやまあレギーナさんの不安も分かるからね。雇われたからには俺も多少はアピールしないとだし」
にしたっちゃにしても、なんかもうすっかいすっかり姫ちゃんの扱いの分かってしもうたしまったごたんみたいね!こらぁウチも今後楽させてもらわるうもらえるか知れんばい!」

 安心したからか、ミカエラのファガータ訛が強くなっている。そのせいか、不安が解消して安心したはずの商人や職人たちの頭に再び?マークが浮いているのを、アルベルトは敢えて無視した。
 というかアルベルトだってミカエラのファガータ弁を全部理解しているわけではなく、半分くらいは雰囲気だ。残りの半分は、昔関わったファガータ商人がいたから何となく分かる、その程度だ。
 ファガータ人の知り合いがいたからこそ、ミカエラと初めて会った時だってそれがファガータ訛だと分かっただけなのだ。


「移動時の居室は中央で、レギーナさんたちの主寝室はその後方で。
で、俺の寝室だけど、寝床とある程度の荷物だけ置ければそれでいいからね」

 それからようやく発注する脚竜車のレイアウトを決める話し合いが始まり、アルベルトは紙に図を描いて部屋割を提案していく。

「え、それじゃトイレサイズじゃない!?」

 トイレサイズとは酷い言い草だが、王族レギーナの常識的には狭い部屋ならだいたいそんなもんである。

「いやこれで充分だよ。で、水回りはこっちに固めて、居室を通らないでいいように廊下も付けようか。それから水は屋根に容器を置いて雨水を溜めよう。濾過装置を付ければ…」
「あ、水はウチが出せるけん良かよ」
「ああ、そっか。青派だもんね」
「そういうこったい♪」

 ということで最終的に寝室2つ、居間ひとつ、荷物室ひとつと水回りを備えた豪勢な長旅用の特注脚竜車の図案が完成した。ロングサイズだが既存の技術で製作可能で費用もそこそこ抑えられる。
 だがこの件におけるアルベルトの一番の功績は。

「え、二段ベッドにするの!?」
「うん。その方が床面積の節約にもなるしね」
「二段ベッドやら、〈賢者の学院〉の寮生活ば思い出すばいね♪」

 レギーナもミカエラと同じことを考えたようで、その後ずっと上機嫌だったのだった。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ホスト異世界へ行く

REON
ファンタジー
「勇者になってこの世界をお救いください」 え?勇者? 「なりたくない( ˙-˙ )スンッ」 ☆★☆★☆ 同伴する為に客と待ち合わせしていたら異世界へ! 国王のおっさんから「勇者になって魔王の討伐を」と、異世界系の王道展開だったけど……俺、勇者じゃないんですけど!?なに“うっかり”で召喚してくれちゃってんの!? しかも元の世界へは帰れないと来た。 よし、分かった。 じゃあ俺はおっさんのヒモになる! 銀髪銀目の異世界ホスト。 勇者じゃないのに勇者よりも特殊な容姿と特殊恩恵を持つこの男。 この男が召喚されたのは本当に“うっかり”だったのか。 人誑しで情緒不安定。 モフモフ大好きで自由人で女子供にはちょっぴり弱い。 そんな特殊イケメンホストが巻きおこす、笑いあり(?)涙あり(?)の異世界ライフ! ※注意※ パンセクシャル(全性愛)ハーレムです。 可愛い女の子をはべらせる普通のハーレムストーリーと思って読むと痛い目をみますのでご注意ください。笑

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

戦国時代に機関車。

ゆみすけ
ファンタジー
ペリー来航を阻止できる日本だ。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...