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第一章【出立まで】

1-3.商工ギルドでのトラブル

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「あー、裁定も終わったところで独り言でも呟くとしようか」

 すると、ひとつ大仰に咳払いをして、そっぽを向いた辺境伯が何やら言い出した。

「被害者が被害者だったものだから、“魔剣士”どのの口添えがあったのだよな、そう言えば。それに実際の犯人捕縛にあたった当代勇者パーティからも温情の嘆願を出されてしまっては、一介の辺境伯としては呑まざるを得んというものだよな」

 魔剣士、それは先々代の勇者パーティで最年少にしてリーダーを務めたザラック・ドラゴンシーカの二つ名だ。今アルベルトたちの前でわざとらしく独り言を言っている先々代の勇者ロイ、彼を差し置いてまでリーダーを務めた男だが、実はその人物が現在の〈竜の泉〉亭のギルドマスターを務めている。
 つまりアヴリーたちは商売敵に助けられたわけだ。
 とはいえ〈黄金の杯〉亭と〈竜の泉〉亭は別に不仲なわけではなく、一方的に敵視しているのも〈黄金の杯〉亭の現マスターのステファンだけなので、これは特に驚くことでもない。

 むしろ驚いたのは『当代勇者パーティからの嘆願』である。初めてラグにやって来て誰とも利害関係のないはずの彼女らが嘆願した、それも勇者本人つまりレギーナではなく勇者パーティと言及した、それは即ち、ミカエラがアルベルトの意を汲んでくれたということに他ならない。
 熱い想いがこみ上げてきて、アルベルトは目を閉じる。大きな借りを作ってしまったと、彼は心中で頭を下げずにはいられなかった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 〈黄金の杯〉亭に戻るアヴリーと別れて、アルベルトは商工ギルドを訪れた。

 ラグの商工ギルドは隊商ギルドと同じ建物に入っていて、東門のほど近くにある。商工ギルドと隊商ギルドはともに西方世界全体の統一組織で、ラグにあるのはどちらもその支部になる。
 商工ギルドは商人と職人たちのギルドである。元々はそれぞれ別のギルドだったのだが、安定的に商品を仕入れたい商人たちと売り先を確保したい職人たちの利害が一致して統合されてできたギルドだ。
 そして隊商ギルドは都市間あるいは国家間の輸送を専門に扱うギルドである。ひとつの国内の都市間など近距離輸送ならともかく、複数の都市を経たり国境を跨ぐような長距離輸送は第三者の手に委ねた方がトラブルの元になりにくいため、必要とされて成り立っている。構成員は主に隊商専門の交易商人たちや各地を旅して回る行商人たちだ。

 両者が同じ建物にあることで、商談や荷物の仕入れや中継、輸送など主要業務に利便性が出るため、隊商や商人たちからは好評だ。おまけに建物のすぐ目の前にはラグでもっとも人気の料理亭レストランである〈自由の夜明け〉亭があって、わざわざここで昼食を取るために出立を昼過ぎに遅らせる隊商もいるほどだ。

 その商工ギルドの建物内から騒ぎ声がする。
 なんだろう、と思う間もなくファガータ弁の叫びが聞こえてきて、それだけで全てをアルベルトは察した。

 駆け込んで受付で蒼薔薇騎士団に呼ばれていると伝え、部屋に案内してもらう。
 部屋の中にはテーブルを挟んで言い争っているレギーナとミカエラ、それを呆れつつ見ているヴィオレとクレア。部屋の隅には商人と職人と思しき数人の男たちが固まって震えている。

やけんだからそげんそんなにこげんこんななんもかんも何もかも付けられんて言いよるやろうもん!」
「要るってば!私が要るの!」

 一体何があったというのだろうか。


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