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第一章【出立まで】
1-2.襲撃事件の後始末
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「〈大地の顎〉亭のアルベルト氏襲撃事件の件ですね。こちらへどうぞ」
防衛隊詰所で来意を告げると、何だか不思議な事を言われた気がする。
首を傾げたままのアルベルトとアヴリーは会議室のような一室に通され、部屋に備え付けのテーブルと椅子を指し示され着席を促されて「こちらでお待ち下さい」と言われてそのまま放置された。
どのくらい経っただろうか、大砂振り子一回分(約30分)ぐらいは待たされた気がする。
“砂振り子”とはこの世界の時計代わりの魔道具である。ひょうたん型のガラス容器に色砂が封入してあり、色砂を容器の片方に集めてそれを上側にして設置すると、色砂が落ちきったら自動で上下がひっくり返るようにできている。そのひっくり返った回数で時間を数えるのだ。
五種類あり、微小が約1分、小が約5分、中が約10分、大が約30分、そして特大が約1時間でひっくり返る。特大は特に時間を測る基本単位にもなっていて、例えば朝の夜明けと同時に特大砂振り子をひっくり返して落ちきるまでの時間を「朝の特大(砂振り子)一回目」略して「朝一」というのは西方世界全体で共通の表現にもなっている。
ついでに言えば夜明けの瞬間には“朝鳴鳥”が必ず鳴くので夜明けの時間を間違うこともないし、大抵の人は朝鳴鳥の鳴き声を目覚まし代わりに起きる。
この世界の時刻表示はいわゆる不定時法の一種で、夜明けから日没までが「1日」である。陽神が地平から顔を出すと「朝」、陽神が中天に差し掛かると「昼」で、朝は季節にもよるが特大で6~7回分、昼は特大で7~8回分を数える。「昼食」は昼に入って食べるのではなく、慣例として朝六や朝七に食べて休憩し、昼一からはまた働き始めるのが一般的だ。
なお日没後は「夜」だが、これは1日に含まれない。そのため地域によっては夜は「時のこぼれる闇」だとか「日の隙間」とか呼ばれている。夜の時間を数える概念もないので、大都市圏では特に、夜は時間を気にせずに遊べるという認識の人もいる。
ちなみに「夕方」の概念もなく、陽神が完全に沈むまでは「昼」である。ところが昼と夜の境目あたりを「晩」と呼ぶ習慣があって、だからその時間帯に食べる1日最後の食事を「晩食」という。
これは昼七や昼八の途中で日没を迎えて夜になるからだと思われる。昼でも夜でもないから「晩」なのだ。
「お待たせしたね」
「りょ、領主さま!?」
部屋に入ってきた人物を見て二人とも仰天する。なんとラグ辺境伯、ロイ・バートランド・ラグ本人が現れたのだ。
年の頃は60歳前後、口髭を蓄えて穏やかに微笑む姿からは想像も出来ないが、かつて世界を何度も救った伝説の勇者ロイその人である。さすがに老境に差し掛かって後進に役目を譲ってこそいるが、実は公式に引退を表明したことはなく、故に「現役の勇者」でもある。
現に今なお年に数度、都市の統治を配下に任せて旅に出ている、という噂がある。もちろん公表されないのであくまでも噂だが、もしそれが事実であってもこの人ならばきっと、と誰もが納得するだろう。
「〈黄金の杯〉亭ギルドマスター代行のアヴリー・ルーラヴィーン嬢と今回の被害者であるアルベルト・ヴィパーヴァ氏だね。そう畏まらんでもよろしい。
今回のことは案件が案件なだけにね、私が自ら裁定を下すことにしたのだよ」
慌てて立ち上がるふたりを手で制し、着席を促しつつ自身も彼らの向かいに座ってから、辺境伯ロイはそう言った。
「…と、仰いますと…?」
狐につままれたような顔になるアヴリーに、辺境伯は事の経緯を説明し始める。
「今回のことは、冒険者ギルド〈黄金の杯〉亭に対する〈大地の顎〉亭の不当なる攻撃であった。それで相違ないね?」
「え、いえ…そのですね…」
「聞けば冒険者セルペンス・ヴァイスは〈黄金の杯〉亭に所属しながら密かに自ら冒険者ギルド〈大地の顎〉亭を立ち上げそのギルドマスターとなり、〈黄金の杯〉亭から所属冒険者を引き抜いた上で、その勧誘を断った冒険者・アルベルト氏を害さんとした」
「…。」
「セルペンスは独自に依頼を引き受け、自ら〈大地の顎〉亭の所属冒険者に依頼を割り振っていたという。メンバーはセルペンスを含めて14名、その規模になるともはや単体の冒険者ギルドとして見做して構わんだろう」
だんだんと、アルベルトにもアヴリーにも辺境伯の言わんとする事が分かってきた。
「〈大地の顎〉亭は未承認ギルドでありながら、正規の冒険者ギルドを装って不当に依頼を受けていた。それだけでなく、その他の業務内容を調査したところ暴行傷害、詐欺、恐喝、強盗、殺人および殺人未遂…。まあ、これではとても承認申請など申し立てられんだろうな」
つまり、今回のことは〈黄金の杯〉亭内の冒険者同士の不祥事などではなく、セルペンスが非合法の冒険者ギルドを立ち上げて正規のギルドである〈黄金の杯〉亭に攻撃をかけた、というのが今回の真相だと、少なくとも表向きはそう処理すると、辺境伯は言っているのだ。
「それで、相違ないね?」
「…はい」
だからアヴリーも頷くしかない。
これは完全に温情措置であった。長い歴史を持ちラグの発展と安全のために多大な功績のある〈黄金の杯〉亭を守ると、辺境伯はそう言ってくれているのだ。
だからその寛大な処置に、アヴリーは涙を流して謝した。その温情を蹴って利を得る者など誰も居なかったし、それを受け入れて不利益を被るものもまた居なかったのだから。
「よし、ではこれで聴取及び裁定を終えるとしよう」
満足そうに辺境伯はそう言って締めくくろうとする。
「あの、ガンヅたちはどうなるんですか?」
だが、どうしても気になったのでアルベルトはつい聞いてしまった。
「…そうだな、“毒蛇”こと首謀者セルペンス・ヴァイス及び、今回の実行犯である“双刀”ことガンヅ・アンドロ・ウゼス、それに“刺蜂”ことローリン・グストンの三名は…まあ極刑は免れまいな。我が市街の安全を脅かし、あまつさえ市民に手をかけたのだから。
その他の構成員は、その罪過に応じて懲役か労役か追放か、その期間ともども決めるとしよう。ただいずれにせよ、冒険者認識票の剥奪は確定だな」
全員が殺されるわけではないと分かってアルベルトはホッとする。どこまでもお人好しな男だった。
防衛隊詰所で来意を告げると、何だか不思議な事を言われた気がする。
首を傾げたままのアルベルトとアヴリーは会議室のような一室に通され、部屋に備え付けのテーブルと椅子を指し示され着席を促されて「こちらでお待ち下さい」と言われてそのまま放置された。
どのくらい経っただろうか、大砂振り子一回分(約30分)ぐらいは待たされた気がする。
“砂振り子”とはこの世界の時計代わりの魔道具である。ひょうたん型のガラス容器に色砂が封入してあり、色砂を容器の片方に集めてそれを上側にして設置すると、色砂が落ちきったら自動で上下がひっくり返るようにできている。そのひっくり返った回数で時間を数えるのだ。
五種類あり、微小が約1分、小が約5分、中が約10分、大が約30分、そして特大が約1時間でひっくり返る。特大は特に時間を測る基本単位にもなっていて、例えば朝の夜明けと同時に特大砂振り子をひっくり返して落ちきるまでの時間を「朝の特大(砂振り子)一回目」略して「朝一」というのは西方世界全体で共通の表現にもなっている。
ついでに言えば夜明けの瞬間には“朝鳴鳥”が必ず鳴くので夜明けの時間を間違うこともないし、大抵の人は朝鳴鳥の鳴き声を目覚まし代わりに起きる。
この世界の時刻表示はいわゆる不定時法の一種で、夜明けから日没までが「1日」である。陽神が地平から顔を出すと「朝」、陽神が中天に差し掛かると「昼」で、朝は季節にもよるが特大で6~7回分、昼は特大で7~8回分を数える。「昼食」は昼に入って食べるのではなく、慣例として朝六や朝七に食べて休憩し、昼一からはまた働き始めるのが一般的だ。
なお日没後は「夜」だが、これは1日に含まれない。そのため地域によっては夜は「時のこぼれる闇」だとか「日の隙間」とか呼ばれている。夜の時間を数える概念もないので、大都市圏では特に、夜は時間を気にせずに遊べるという認識の人もいる。
ちなみに「夕方」の概念もなく、陽神が完全に沈むまでは「昼」である。ところが昼と夜の境目あたりを「晩」と呼ぶ習慣があって、だからその時間帯に食べる1日最後の食事を「晩食」という。
これは昼七や昼八の途中で日没を迎えて夜になるからだと思われる。昼でも夜でもないから「晩」なのだ。
「お待たせしたね」
「りょ、領主さま!?」
部屋に入ってきた人物を見て二人とも仰天する。なんとラグ辺境伯、ロイ・バートランド・ラグ本人が現れたのだ。
年の頃は60歳前後、口髭を蓄えて穏やかに微笑む姿からは想像も出来ないが、かつて世界を何度も救った伝説の勇者ロイその人である。さすがに老境に差し掛かって後進に役目を譲ってこそいるが、実は公式に引退を表明したことはなく、故に「現役の勇者」でもある。
現に今なお年に数度、都市の統治を配下に任せて旅に出ている、という噂がある。もちろん公表されないのであくまでも噂だが、もしそれが事実であってもこの人ならばきっと、と誰もが納得するだろう。
「〈黄金の杯〉亭ギルドマスター代行のアヴリー・ルーラヴィーン嬢と今回の被害者であるアルベルト・ヴィパーヴァ氏だね。そう畏まらんでもよろしい。
今回のことは案件が案件なだけにね、私が自ら裁定を下すことにしたのだよ」
慌てて立ち上がるふたりを手で制し、着席を促しつつ自身も彼らの向かいに座ってから、辺境伯ロイはそう言った。
「…と、仰いますと…?」
狐につままれたような顔になるアヴリーに、辺境伯は事の経緯を説明し始める。
「今回のことは、冒険者ギルド〈黄金の杯〉亭に対する〈大地の顎〉亭の不当なる攻撃であった。それで相違ないね?」
「え、いえ…そのですね…」
「聞けば冒険者セルペンス・ヴァイスは〈黄金の杯〉亭に所属しながら密かに自ら冒険者ギルド〈大地の顎〉亭を立ち上げそのギルドマスターとなり、〈黄金の杯〉亭から所属冒険者を引き抜いた上で、その勧誘を断った冒険者・アルベルト氏を害さんとした」
「…。」
「セルペンスは独自に依頼を引き受け、自ら〈大地の顎〉亭の所属冒険者に依頼を割り振っていたという。メンバーはセルペンスを含めて14名、その規模になるともはや単体の冒険者ギルドとして見做して構わんだろう」
だんだんと、アルベルトにもアヴリーにも辺境伯の言わんとする事が分かってきた。
「〈大地の顎〉亭は未承認ギルドでありながら、正規の冒険者ギルドを装って不当に依頼を受けていた。それだけでなく、その他の業務内容を調査したところ暴行傷害、詐欺、恐喝、強盗、殺人および殺人未遂…。まあ、これではとても承認申請など申し立てられんだろうな」
つまり、今回のことは〈黄金の杯〉亭内の冒険者同士の不祥事などではなく、セルペンスが非合法の冒険者ギルドを立ち上げて正規のギルドである〈黄金の杯〉亭に攻撃をかけた、というのが今回の真相だと、少なくとも表向きはそう処理すると、辺境伯は言っているのだ。
「それで、相違ないね?」
「…はい」
だからアヴリーも頷くしかない。
これは完全に温情措置であった。長い歴史を持ちラグの発展と安全のために多大な功績のある〈黄金の杯〉亭を守ると、辺境伯はそう言ってくれているのだ。
だからその寛大な処置に、アヴリーは涙を流して謝した。その温情を蹴って利を得る者など誰も居なかったし、それを受け入れて不利益を被るものもまた居なかったのだから。
「よし、ではこれで聴取及び裁定を終えるとしよう」
満足そうに辺境伯はそう言って締めくくろうとする。
「あの、ガンヅたちはどうなるんですか?」
だが、どうしても気になったのでアルベルトはつい聞いてしまった。
「…そうだな、“毒蛇”こと首謀者セルペンス・ヴァイス及び、今回の実行犯である“双刀”ことガンヅ・アンドロ・ウゼス、それに“刺蜂”ことローリン・グストンの三名は…まあ極刑は免れまいな。我が市街の安全を脅かし、あまつさえ市民に手をかけたのだから。
その他の構成員は、その罪過に応じて懲役か労役か追放か、その期間ともども決めるとしよう。ただいずれにせよ、冒険者認識票の剥奪は確定だな」
全員が殺されるわけではないと分かってアルベルトはホッとする。どこまでもお人好しな男だった。
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