上 下
17 / 323
序章【運命の出会い】

0-16.ということで依頼されました

しおりを挟む
 彼女たち蒼薔薇騎士団は蛇王に関する調査にあたって、ひとつ重要なことを調べ損ねていた。先代勇者である勇者ユーリの率いたパーティ、すなわち“輝ける五色の風”が改名していたことに気付かなかったのだ。だから彼女たちは、改名前に何度かメンバーの入れ替えがあった事にも気付いていなかった。
 もしもそれを調べられていれば、虹の風時代にアルベルトが在籍していたこともきっと気付いたはずだった。

(そりゃそうなるわよねえ。先代勇者パーティの元メンバーが、ランクも上げずに未だに毎日薬草採ってるなんて、普通は思わないもの…)

 頭を抱えながら内心でため息を吐くのはアヴリーだ。きっと蒼薔薇騎士団の面々だってアルベルトが熟練者エキスパート凄腕アデプトぐらいになっていれば素直に信じられるのだろうが、よりにもよってただの一人前インディペンデンスのままで、聞いた限りだと森で殺されかけても剣さえ抜かなかったというのだから、信じろという方がどうかしている。
 だが彼が先々代の勇者パーティ“竜を捜す者たち”の一員にして“最後の歌姫”と称される伝説の吟遊詩人、バーブラ・スート・ライサウンドの名と“輝ける五色の風”の名を出したことで、ある程度の信憑性は担保されてしまっている。
 そして、蒼薔薇騎士団の面々がそれを信じていいものやら迷っているのも見て取れた。

 だから彼女は口を開く。

「彼が“輝ける五色の風”の元メンバーなのは事実です。彼自身は一介の冒険者に過ぎませんが、脱退してからは亡くなった元の仲間の墓を守る傍ら、ラグの冒険者や人々のために神殿から依頼されて薬草の採取と群生地の管理を行っています。
そのことは辺境伯もご存知で、彼が望まない限りはランク昇格試験も行わなくてよい、とご許可頂いております」

 そう、だからアヴリーはアルベルトを何とか翻意させようと、しきりに昇格試験を受けるよう奨めていたのだ。もうそろそろ薬草採取も後任に譲って、その経歴に相応しい地位と名声を得てほしいと、そう願っていた。
 だがアルベルトが望まない限り昇格試験が行えないのだから、まず彼にその気になってもらわなければならなかったのだ。

「今のラグ辺境伯って言ったら…」
「ロイ様…」
「先々代の勇者様よねえ」

「どうやら、こらぁ信じるしかなかごたんね」

 ミカエラのその一言が、蒼薔薇騎士団の総意になった。

「よし、分かったわ!あなた、私達について来なさい!」

 突然レギーナが立ち上がり、アルベルトに向かって指を突き付ける。

「えっ?」
「私達を案内して東方世界へ、蛇王の封じられている蛇封山まで案内しなさいって言ってるの!」

「いや姫ちゃん?話だけ聞いとったらよかっちゃない?」
「なんでよ?東方世界なんて行ったこともないんだし、道案内は必要でしょ?」
「そらそうかも知らんばってんけど、同行さしたさせたら新加入かて間違われろうもん…」
 
 可愛らしい女の子だけのパーティ、それが蒼薔薇騎士団のパーティコンセプトである。その中にアルベルトのような中年のおっさんが交じるのは違和感も甚だしい。
 若干一名、すでにコンセプトを外れている気がしないでもないが、それはツッコむだけ野暮というものだ。

「誰も加入させるなんて言ってないじゃない。それにどのみち『道先案内人』は必要でしょ?大丈夫よそんなの見れば分かるんだから!」

 何故か自信満々なレギーナの姿に、ミカエラはひとつため息を吐いて抵抗を諦める。

「道先案内人としてアルベルトをお雇いになる、ということでよろしいですね?」

 アヴリーが確認する。

「…そやね。それがウチらからの正式な依頼っちゅうことで処理してもろうてもらって構わんですよ」
「では契約の詳細ですが…」
「そうねえ、依頼内容は封印現地までの案内とそれに伴う雑事の処理、東方世界に至ってからの現地との折衝、ってところかしら?」
「期間は目的ば達成して封印ば修正し終えるまで、でどげんどうかいな」
「報酬は…その都度現物あるいは金銭で本人に直接支給、でいいかしらね?」
「もちろん仲介料はギルドの規定通り即金でお支払いしますけん」

「いや勝手に話を進めないでもらえるかな?」

 急な話の展開に、慌てたアルベルトが抗議の声を上げた。

「あらなに?世界を滅ぼすような恐ろしい魔王を相手に、か弱い女の子だけで立ち向かえって言うわけ?」
「いやか弱いって言われても…。君は勇者なんだし、どう考えたって君たちの方が強いじゃないか…」

 それに今の話だとアルベルトは単なる案内人ポーターでしかないのに、そんな助っ人扱いされても困る。

「あなただって元とはいえ勇者パーティの一員でしょ!?可愛い後輩を助けようとか思わないの!?」
「いや、ユーリが勇者になったのって俺が抜けて随分経ってからだし」

 ユーリが正式に勇者と認定されたのはアルベルトの脱退後。新たに人員を補充してパーティが“輝ける五色の風”と改名してからのことである。より具体的には改名後さらに1年ほど実績を積んでからの話なので、アルベルトには自分が勇者パーティの元メンバーだという自覚は全くなかった。
 彼の感覚では所属していたのはあくまでも“輝ける虹の風”であって、勇者パーティである“輝ける五色の風”に所属していたつもりなどなかった。例えて言うなら「元同僚が出世して偉くなった」という感覚に近く、勇者パーティの一員として扱われるのは違和感しかなかったのだ。

「どっちにしたってもう決めたことよ。四の五の言ってないで覚悟決めなさいよ!」

 レギーナが傲然と胸を張る。
 これはどうも、言い出したら聞かないタイプのようだ。

 アヴリーがチラリとアルベルトを見る。


 アルベルトはしばらく逡巡していたが、やがてひとつ小さく息を吐く。
 あまりに突然の話で困惑しかなく、自分には身に余る大役だとも思う。だが彼女たちには命を救ってもらった恩があり、それは返さなければならない。そしてどうやら自分の知識と経験は彼女たちの求めるものに合致している。
 何よりも、二度とないと思っていた蛇王への再挑戦リベンジの機会を与えられたのだ。そう考えれば、自分にとっては願ってもないことだ。

 やがて彼は顔を真っ直ぐ上げると、しっかりとレギーナの顔を見た。

「思ってもみない話だったけど、確かに俺がやれることはあると思う。それに命を助けてもらったお礼もしないとだし。
だからこの依頼、喜んで受けさせて頂きます」

 彼はキッパリと言い切った。
 その顔には揺るぎない決意が浮かんでいた。

「よし、じゃあ決まりね!」
「ほんならよろしゅうな、アルベルトさん」
「よろしく。いい旅にしましょう?」
「…。」

 蒼薔薇騎士団の面々が次々とアルベルトに握手を求める。クレアだけは無言でやや恥ずかしそうだったが、それでも最後はしっかりと彼の手を取った。


 こうして、ラグのしがない低ランク冒険者だったはずのアルベルトの運命は大きく変わり始めた。一度は「落第」した男がこの先どういう活躍を見せるのか、それは本人にもまだ分からない。
 ただこの時はまだ、これが丸1年にも及ぶ長い長い旅になろうとは、この場の誰もが知る由もなかったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...