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序章【運命の出会い】
0-3.〈黄金の杯〉亭のいつもの風景
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ラグの北門を出てしばらく道なりに進むと次第に登り坂になっていく。そのまま進めば森に入り、そこからはラグ山の山中だ。
ラグ山は昔からなぜか「人を寄せ付けない山」と言われていて、先代のラグ辺境伯が鉱山の開発に成功するまでは人の気配もない森深い山だったという。だが今は山の中腹にラグ市が運営し採掘している銀鉱山があり、そこで働く鉱夫たちの村がある。
その鉱夫村からもう少し登ったところに、やや小さいながらも静謐で神秘的な雰囲気を湛えた湖がある。昔から「竜の棲む泉」と言われていて、この湖のほとりで昔から営業していたのが冒険者ギルド〈竜の泉〉亭だった。
だが自由都市になり冒険者が増えて、この湖の周りも喧騒に包まれるようになってしまい、それで〈竜の泉〉亭はやむなくラグ市内に店舗を移したのだという。
それ以来、〈黄金の杯〉亭がほぼ独占していたラグ市内の冒険者のシェアは〈竜の泉〉亭と〈黄金の杯〉亭でほぼ二分する形になっている。〈黄金の杯〉亭としては大幅に業績を落とした恰好で、だから今年に入って就任した新ギルドマスターが躍起になってシェア奪い返しに奔走している。
それはさておき、アルベルトの向かう先は鉱夫村でも竜の泉でもない。鉱夫村の手前の森の中で道から逸れて森の奥へと向かう。
獣道を少し行くとぽっかり開けた森の中の広場に出た。近くに川が流れていて、薬草の群生地になっている。ここと、このほかにいくつかある群生地を回ってアルベルトは薬草を採取して回るのだ。
群生地をいくつも周り、依頼書にある種類の薬草や香草、毒草を依頼された株数の分だけ採取し終えると、アルベルトは帰路につく。群生しているからといって決して採りすぎたりはしない。
こうした薬草の群生地は西方世界各地で少しずつ数を減らしていて、ラグ山は今や貴重な山になりつつあった。幸い、アルベルトの他は駆け出しの新人冒険者が時折薬草採取を受ける事があるだけで、だからラグ山の群生地は事実上アルベルトが管理しているようなものだ。
なので、彼が無理に採りすぎたりしない限りはラグ山の群生地はまだまだ安泰と言えるだろう。
まだ陽も高く、帰るには少々早い時間だったが、そんなわけでアルベルトは山を下りて〈黄金の杯〉亭に戻ってきた。
「アルさんお帰り。今日は早かったね」
「ただいまアヴリー。今日は順調に採れたからね」
客のいない店内でテーブルを拭いていたアヴリーが彼に気付いて声をかけてきた。
〈黄金の杯〉亭は冒険者たちを送り出した昼前にはまず食堂として開店し、交易の隊商やその護衛、行商人たちに昼食を提供する。そして宵の口からは酒場として酒と料理を振る舞う店になる。
今の時間はちょうどその合間で、だからアヴリーもややのんびりとしていた。
「アヴリーさぁん、あんま大声出さないで…」
そのアヴリーから少し離れたテーブルに突っ伏している娘がいる。頭に手を当てて、かなり具合が悪そうだ。
「大声、って言うほど声張ってないでしょ。
てかニース、あんたね、まだ酒が抜けてないの?」
その姿に、アヴリーが呆れたような声を上げる。
「だぁってぇ、昨夜のお客さんメッチャ飲ますんだもん…」
「だから飲み過ぎんなっていつも言ってるでしょう!そんなんで今夜仕事できんのアンタ!?」
「だぁからぁ、大声出さないでってば…」
この1ヶ月ですっかりお馴染みになった、新人とベテランのいつものやり取りである。
「そんな事だろうと思ってね、酔い覚ましも採ってきたよ」
「マジ!?やたっ!アルさんありがとう!マジ助かる~!」
苦笑しつつ、アルベルトが腰の薬草袋から薬草を一株取り出すと、喜色もあらわにニースが飛びついてくる。
「ハックマンさぁん!これで酔い覚まし作ってぇ~!」
そして半ばひったくるようにして薬草を受け取ると、彼女はお礼もそこそこに厨房の料理人の元へと駆けていった。
「あっ、こら!
…ったくもうあの子ったら。
ごめんねアルさん、酔い覚ましの代金、あの子の給金から抜いとくから」
「いやいや、そんなの可哀想だよ。どうせ大した手間でもないんだし、酒場の営業に穴を開けるよりマシでしょ?」
「ホントにもう。アルさんちょっと人が良すぎるわよ?」
呆れたような口調ながらアヴリーはどこか嬉しそうだ。ニースだけでなくアヴリー自身もこうして助けられた事が何度もあって、彼の優しさは身に沁みているのだった。
「ところでさ、何度も言うようだけど、やっぱり受ける気ないの?昇格試験」
「そうだね、気持ちは有り難いけど、ランクを上げちゃうと薬草採取の仕事が受けられなくなるからね」
「…そっか。やっぱダメかぁ」
一転して落胆するアヴリーである。
ラグ山は昔からなぜか「人を寄せ付けない山」と言われていて、先代のラグ辺境伯が鉱山の開発に成功するまでは人の気配もない森深い山だったという。だが今は山の中腹にラグ市が運営し採掘している銀鉱山があり、そこで働く鉱夫たちの村がある。
その鉱夫村からもう少し登ったところに、やや小さいながらも静謐で神秘的な雰囲気を湛えた湖がある。昔から「竜の棲む泉」と言われていて、この湖のほとりで昔から営業していたのが冒険者ギルド〈竜の泉〉亭だった。
だが自由都市になり冒険者が増えて、この湖の周りも喧騒に包まれるようになってしまい、それで〈竜の泉〉亭はやむなくラグ市内に店舗を移したのだという。
それ以来、〈黄金の杯〉亭がほぼ独占していたラグ市内の冒険者のシェアは〈竜の泉〉亭と〈黄金の杯〉亭でほぼ二分する形になっている。〈黄金の杯〉亭としては大幅に業績を落とした恰好で、だから今年に入って就任した新ギルドマスターが躍起になってシェア奪い返しに奔走している。
それはさておき、アルベルトの向かう先は鉱夫村でも竜の泉でもない。鉱夫村の手前の森の中で道から逸れて森の奥へと向かう。
獣道を少し行くとぽっかり開けた森の中の広場に出た。近くに川が流れていて、薬草の群生地になっている。ここと、このほかにいくつかある群生地を回ってアルベルトは薬草を採取して回るのだ。
群生地をいくつも周り、依頼書にある種類の薬草や香草、毒草を依頼された株数の分だけ採取し終えると、アルベルトは帰路につく。群生しているからといって決して採りすぎたりはしない。
こうした薬草の群生地は西方世界各地で少しずつ数を減らしていて、ラグ山は今や貴重な山になりつつあった。幸い、アルベルトの他は駆け出しの新人冒険者が時折薬草採取を受ける事があるだけで、だからラグ山の群生地は事実上アルベルトが管理しているようなものだ。
なので、彼が無理に採りすぎたりしない限りはラグ山の群生地はまだまだ安泰と言えるだろう。
まだ陽も高く、帰るには少々早い時間だったが、そんなわけでアルベルトは山を下りて〈黄金の杯〉亭に戻ってきた。
「アルさんお帰り。今日は早かったね」
「ただいまアヴリー。今日は順調に採れたからね」
客のいない店内でテーブルを拭いていたアヴリーが彼に気付いて声をかけてきた。
〈黄金の杯〉亭は冒険者たちを送り出した昼前にはまず食堂として開店し、交易の隊商やその護衛、行商人たちに昼食を提供する。そして宵の口からは酒場として酒と料理を振る舞う店になる。
今の時間はちょうどその合間で、だからアヴリーもややのんびりとしていた。
「アヴリーさぁん、あんま大声出さないで…」
そのアヴリーから少し離れたテーブルに突っ伏している娘がいる。頭に手を当てて、かなり具合が悪そうだ。
「大声、って言うほど声張ってないでしょ。
てかニース、あんたね、まだ酒が抜けてないの?」
その姿に、アヴリーが呆れたような声を上げる。
「だぁってぇ、昨夜のお客さんメッチャ飲ますんだもん…」
「だから飲み過ぎんなっていつも言ってるでしょう!そんなんで今夜仕事できんのアンタ!?」
「だぁからぁ、大声出さないでってば…」
この1ヶ月ですっかりお馴染みになった、新人とベテランのいつものやり取りである。
「そんな事だろうと思ってね、酔い覚ましも採ってきたよ」
「マジ!?やたっ!アルさんありがとう!マジ助かる~!」
苦笑しつつ、アルベルトが腰の薬草袋から薬草を一株取り出すと、喜色もあらわにニースが飛びついてくる。
「ハックマンさぁん!これで酔い覚まし作ってぇ~!」
そして半ばひったくるようにして薬草を受け取ると、彼女はお礼もそこそこに厨房の料理人の元へと駆けていった。
「あっ、こら!
…ったくもうあの子ったら。
ごめんねアルさん、酔い覚ましの代金、あの子の給金から抜いとくから」
「いやいや、そんなの可哀想だよ。どうせ大した手間でもないんだし、酒場の営業に穴を開けるよりマシでしょ?」
「ホントにもう。アルさんちょっと人が良すぎるわよ?」
呆れたような口調ながらアヴリーはどこか嬉しそうだ。ニースだけでなくアヴリー自身もこうして助けられた事が何度もあって、彼の優しさは身に沁みているのだった。
「ところでさ、何度も言うようだけど、やっぱり受ける気ないの?昇格試験」
「そうだね、気持ちは有り難いけど、ランクを上げちゃうと薬草採取の仕事が受けられなくなるからね」
「…そっか。やっぱダメかぁ」
一転して落胆するアヴリーである。
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