上 下
7 / 34

7.(★一方その頃)当事者不在なのに勝手に始まっている恋の争奪戦

しおりを挟む
さて、アイリーンはもちろんあずかり知らないところであったが、彼女をめぐって二人の男性がやりとりをしていた。それはキース王太子とクライブ副騎士団長である。

二人は若いながらも将来国政を担う立場であることは明白であり、かつ非常に有能であった。また、家柄の関係から幼い頃からよく遊んでおり、気心がずいぶん知れた仲でもあった。

もちろん、王太子と副騎士団長という間柄なので、身分の違いを無視したような会話は出来ようもないが、それでも二人の会話は表面上、儀礼に沿ったものであるが、かなり率直な意見を言い合うほどの仲であった。

そんな二人が最近、そしてたった今も、もっとも熱く会話を繰り広げている話題の中心と言えば、例のアイリーン=リスキス公爵令嬢のことなのだった。

アイリーン本人はまさか、自分が二人の会話の話題にしょっちゅう出ているなどとは、想像もしていないだろうが。

しかも、話題の内容が常々、本題からずれていくのであった。これも、アイリーン本人が聞けば、今回の人生計画から、余りに離れた展開になっていることに、愕然としたかもしれない。

「賊の黒幕の正体はまだ分からないのか、クライブ。あそこまで堂々とした貴族の誘拐ともなれば、相当大きな黒幕が動いていると思う。必ず早々に尻尾がつかめるとふんでいたのだが」

「はい、殿下。騎士団も必死に捜索を続けていますが、なぜか賊たちの記憶が完全に失われているようでして……。また物証も見事に残っておらず、使われた廃墟にも所有者はおりませんでした。文字通り、八方ふさがりといったところです」

「そうか」

「はい……」

二人の間にまじめな会話が繰り広げられている。これはいつものことだ。ここまでは良い。

だが、

「僕の婚約者であるアイリーンのことだ。何を置いても彼女の安全を確保することが急務。頼むぞ、クライブ。ぼ・く・の・婚約者を守るために引き続き尽力してくれ」

キース王太子が圧をかけるように、クライブに言った。

クライブも微笑みながら、そのパープル色の神秘的な瞳でまっすぐ殿下を見ながら、

「もちろんです。殿下が婚約を断られた・・・・アイリーン様とは言え、私にとっては美しい花のような方です。手折ろうとする者がいるならば、このクライブが全身全霊をもって、その敵を打倒しましょう。そして、アイリーン様にこの剣を捧げましょう」

キース王太子は吸い込まれそうな碧眼を半眼に細めながら微笑み、

「いえいえ。彼女は照れているだけで、婚約を受け入れる心の準備をしているだけです。先日もネックレスのプレゼントを受け取って頂きました。少しずつ彼女の心に近づいている証拠ですね」

と、なぜかますます圧を強めて言った。

一方のクライブは銀色の髪を少し払いながら、その言葉に微笑みながら頷き、

「私が見舞いに行こうとした時に、彼女はケガ人だからと掣肘《せいちゅう》されたと記憶しておりますが、なぜ殿下が見舞いに行っているのですか?」

「ははは、まるで抜け駆け・・・・のように言わないでください。」

「ええ、言っていませんよ。抜け駆け・・・・などと。まさか将来の王が抜け駆け・・・・などとは。ええ、抜け駆けと・・・・は。まったく、油断も隙も無い」

「何か言いましたか?」

「いえ、何も。ですが、殿下が見舞いに行かれたというのでしたら、ケガも治りかけているということですな。私も見舞いに来週にでも伺うとしましょう」

「あなたには彼女を襲った犯人の捜査に全力を上げて欲しいと思っているのですがねえ?」

「当然です。この命にかえても。そのために、彼女に少し話を聞いた方がいいでしょうね。この副騎士団長自ら。重大な案件ですからな」

「相変わらず口がうまいですね」

「ははは。殿下の口述の巧みさは、とても若輩たる私ごときがかなうものではありません」

バチバチバチバチバチ!!!

慇懃無礼と言うべきか、表面上は階級を守った言葉遣いを両者はしているが、完全に一人の女性を巡って駆け引きをするために、言いたい放題、互いに牽制《けんせい》しあうのだった。



「ところで、殿下一つ伺いたいのですが……」

クライブが尋ねた。

「アイリーン様のどこにそこまで惹かれたのですか?」

彼がそう聞いたのには訳がある。

キース王太子は歴代の王族の中でも最優秀ともいえる資質を持っていると言われ、容貌は眉目秀麗、頭脳明晰であり、かつ剣の腕も一流と隙がない。さすがに政務が忙しすぎて武芸の稽古に費やす時間はないが、逆に言えば、時間さえあれば、あるいはこの国一番の剣豪にすらなっていたかもしれない。

そんな彼であるが、表面上は優しく朗らかな性格に見えても、完璧であるがゆえに実はかなりクールな性格であることを、幼いころから一緒に育ったクライブは知っていた。アイリーンのことも、おそらく最も有力な公爵家の娘であり、今後王国を運営するためにふさわしい相手として選んだだけだと思っていたのだ。

ところがだ、最近の殿下の様子は明らかに違う。

彼女のことを話す時は、見たこともないような熱っぽい口調で話すし(傍目には分からないかもしれないが、幼馴染のクライブには一目瞭然である)、しかも、先日プレゼントしたというネックレスも、殿下自らが選び、彼女に何が一番似合うかを一生懸命に頭をひねっていた。

そして、自分にポロリと、

「こんなにプレゼントを選ぶのが楽しいのは初めてですよ」

とこぼしたのである。

あのクールな王太子殿下がハッキリ言って骨抜き状態である。

しかも、婚約を一度断られているにも関わらず、だ。

「いえ、彼女といると楽しいと言いますか……。もちろん、美しい女性ではあるのですが……。何より可愛らしいな、と。最初はもっとお淑《しと》やかな感じで、正直、政略結婚という域を出なかったんですが……。最近話していて気づいたのですが、どうも僕のことなんて眼中にないみたいなんですよね。それよりも自分らしく生きていきたい、私らしくありたい、という、なんというか、レールに沿った人生しか歩んでいない僕にはない物を持っている人なんだと思ったんです。公爵令嬢でありながら、決められた未来ではなく、自分自身で未来を決めて、それを掴み取ろうとしている。だから、権力にも固執せず、婚約破棄を迷わずする。将来の国母の座や権威になんて目もくれない。それが僕にはとてもまぶしく見えるんです」

そう言って、愛しい者を見る視線を宙へと向けた。

……ただ、まぁ、それは、前回の人生でその当人たるキース王太子殿下に裏切られたからなのだが、当然、このルートでのキース王太子はそんなこと知りえるはずもないのであった。彼女がいればこう叫んだであろう。

「あんたのせいじゃい!」

と。

そして何より、アイリーン的には嫌われる計画が完全に裏目に出ていることに悶絶して「何でなのー⁉」と叫んでいたことであろう。



「クライブ。君もずいぶん彼女には入れ込んでいるようですが?」

今度は王太子殿下がクライブに聞いた。

クライブはポリポリと、若干恥ずかしそうにしながら頬をかきながら言った。

「最初は本当に偶々見かけただけだったんです。いえ、その頃から一目ぼれだったのかもしれませんが……。ですが、調べれば、殿下の婚約を断った噂のアイリーン公爵令嬢様ではありませんか。そして、調べてみると自分でカフェを経営する計画を立てていらっしゃるという。自分で生きて行こうという姿勢に感銘を受けずにはいられませんでした。そして、何より」

クライブは気づかないが、彼としては非常に熱っぽい口調で語る。

「賊にかどわかされかけた時も、気丈に振る舞っていました。その姿がまるで女神のように見えまして。私は運命を感じたのです」

カフェを経営して自立しようとしたのも、将来の死亡フラグ回避の原因たる彼らに頼らない人生を歩むためなのだが、当然、このルートのクライブが気づくはずもない。やはり、ここに彼女がいればこう叫んだであろう。

「あんたのせいじゃい!」

と。

そしてやはり、嫌われて距離を取るべき相手に、前回のルートより一層好意を抱かれつつあることに「まじで何でなのー⁉」と絶叫していたことであろう。

「ふ、なるほど。分かりました。さすが僕の婚約者ですね。繰り返し、繰り返し、返す返すも、もう一度訂正しておきますが、彼女は僕の婚約者ですので」

「はい。断られたとはいえ、書面で取り交わされたわけではないので苦しいですがいちおう婚約者候補から外れてはいませんから、いちおう筋は通っていますね。では、一旦そのように認識しておきましょう」

バチバチバチバチバチ!

相変わらずの牽制合戦が、話題の中心たるアイリーン抜きで、どんどん進んでいくのであった。

まさか、こんな会話が繰り広げられているとは、彼女は想像だにできないであろうし、もし知ったりでもしようものなら、

「お願いだから放っておいてください⁉ 私は今回の人生は、ちゃんと自分で歩んでいきますから⁉」

と絶叫したに違いないだろう。

とはいえ、彼らの熱っぽい会話と、彼女の計画とが、完全に相反する状態なことだけは確かなのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ
恋愛
ジェレマイア公爵家のヒルトンとアールマイト伯爵家のキャメルはお互い17の頃に婚約を誓た。しかし、それは3年後にヒルトンの威勢の良い声と共に破棄されることとなる。 「お前が私のお父様を殺したんだろう!」 身に覚えがない罪に問われ、キャメルは何が何だか分からぬまま、隣国のエセルター領へと亡命することとなった。しかし、そこは異様な国で...? ※拙文です。ご容赦ください。 ※この物語はフィクションです。 ※作者のご都合主義アリ ※三章からは恋愛色強めで書いていきます。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

わたしは出発点の人生で浮気され心が壊れた。転生一度目は悪役令嬢。婚約破棄、家を追放、処断された。素敵な王太子殿下に転生二度目は溺愛されます。

のんびりとゆっくり
恋愛
わたしはリディテーヌ。ボードリックス公爵家令嬢。 デュヴィテール王国ルシャール王太子殿下の婚約者。 わたしは、ルシャール殿下に婚約を破棄され、公爵家を追放された。 そして、その後、とてもみじめな思いをする。 婚約者の座についたのは、わたしとずっと対立していた継母が推していた自分の娘。 わたしの義理の妹だ。 しかし、これは、わたしが好きだった乙女ゲーム「つらい思いをしてきた少女は、素敵な人に出会い、溺愛されていく」の世界だった。 わたしは、このゲームの悪役令嬢として、転生していたのだ。 わたしの出発点の人生は、日本だった。 ここでわたしは、恋人となった幼馴染を寝取られた。 わたしは結婚したいとまで思っていた恋人を寝取られたことにより、心が壊れるとともに、もともと病弱だった為、体も壊れてしまった。 その後、このゲームの悪役令嬢に転生したわたしは、ゲームの通り、婚約破棄・家からの追放を経験した。 その後、とてもみじめな思いをすることになる。 これが転生一度目だった。 そして、わたしは、再びこのゲームの悪役令嬢として転生していた。 そのことに気がついたのは、十七歳の時だった。 このままだと、また婚約破棄された後、家を追放され、その後、とてもみじめな思いをすることになってしまう。 それは絶対に避けたいところだった。 もうあまり時間はない。 それでも避ける努力をしなければ、転生一度目と同じことになってしまう。 わたしはその時から、生まれ変わる決意をした。 自分磨きを一生懸命行い、周囲の人たちには、気品を持ちながら、心やさしく接するようにしていく。 いじわるで、わたしをずっと苦しめてきた継母を屈服させることも決意する。 そして、ルシャール殿下ではなく、ゲームの中で一番好きで推しだったルクシブルテール王国のオクタヴィノール殿下と仲良くなり、恋人どうしとなって溺愛され、結婚したいと強く思った。 こうしてわたしは、新しい人生を歩み始めた。 この作品は、「小説家になろう」様にも投稿しています。 「小説家になろう」様では、「わたしは出発点の人生で寝取られ、心が壊れた。転生一度目は、悪役令嬢。婚約破棄され、家を追放。そして……。もうみじめな人生は嫌。転生二度目は、いじわるな継母を屈服させて、素敵な王太子殿下に溺愛されます。」という題名で投稿しています。

処理中です...