異世界クライミング!

初枝れんげ@出版『追放嬉しい』『孤児院』

文字の大きさ
上 下
32 / 42

32合目

しおりを挟む
「私が行きます! 獣化!!」

シエルハちゃんが走り出すのと同時に、髪が伸び、爪が鋭い獣のそれに変わる。何よりも普段の様子からは考えられないほどの脚力を得て、大地をジグザクに疾駆しながらホワイトトロルへと一瞬で近づいた。なるほど、単なるキツネになることも出来れば、ああした戦闘タイプに変化する事もできるのか。

・・・だが、どうなのだろう?不意を付いた俺のアイスバイルも、モルテの魔法も効果はほとんど無かった。あの少年だって恐らく相当の手練なのに、得た成果は体毛をわずかに切り飛ばしたくらいだ。シエルハちゃんの力を侮るわけではないが、戦況を楽観する事はとても出来ないだろう。

ん? 力・・・力・・・そうか! 力だけで攻めようとするからダメなんだ!!

「モルテ! 耳を貸せ!」

「んお!? 了解なのじゃ!!」

俺はモルテに用件を素早く伝える。彼女は一瞬驚いた顔をするが、すぐに納得するとゴニョゴニョと呪文を唱え始めた。

そんなやりとりの間にもシエルハちゃんと敵の攻防が繰り広げられて行く。

「グオオン!」

「危ないですね! 当たったらどうするんですか!」

なぎ払うように凶器を振るうホワイトトロルの一撃を飛び上がってかわすと、彼女は相手の目を狙って鋭く尖った爪を容赦なく繰り出す。

だが、そう安易に急所を突かせてくれるような相手ではない。敵は顔を少し横にズラすだけでシエルハちゃんの攻撃を無効化すると、体勢を立て直しながら再度棍棒を振るう。

一方の彼女も流石というべきで、攻撃が失敗したと悟るやいなや、その瞬足で敵の攻撃範囲から逃れている。なんちゅう速さだ。

敵の攻撃はまたも空を切った。

「一進一退の攻防・・・に見えるかもしれないが、こちらが順調に追い詰められているな。人はこんな高度で戦いをするように出来ちゃあいない。モンスターはともかくな」

「その通りじゃの。そして我がパートナーよ、朗報じゃ。魔法が完成したぞ?」

「!? めちゃくちゃ早いな! よし!!」

俺はさっき思いついたばかりの作戦を実行するべく声を張り上げる。

「そこの少年! それからシエルハちゃん! そのまま攻撃を続けてくれ、俺も加わる! だけど、目標は・・・時間稼ぎだ! 倒す必要はない!!」

そう言って俺はモンスターの方へと駆け出す。

「どういうことさ!」と叫ぶ少年の声は無視する。

敵は俺とモルテに対しては背中を向けた状態だ。だが、俺が突っ込んで来ると知るや否や、くるりと体の向きを反転させるのと同時に、その勢いを利用して棍棒を大きく横なぎに振るった。

その際に、敵もあながち馬鹿ではないようで、地上に降り積もった大量の雪を弾き飛ばしながらスイングする。どうやらコチラの目くらましを兼ねた一撃らしい。

「だが、やはり馬鹿の一つ覚えだな!」

横なぎの攻撃はさっきシエルハちゃんの時に見ている! だから幾ら雪で視界を潰されようと、棍棒の軌道は予想できていた。案の定、飛び上がった俺の下を、唸りを上げながら凶器が通り過ぎて行く。

「コーイチロー!?」

「大丈夫だモルテ!! それよりも続けろ・・・!!」

シエルハちゃんほど華麗ではないが、俺はアイスバイルの鎌首部分を敵の首に引っ掛ける要領でクルリと空中で体勢を変えると、相手の肩を蹴る形で棍棒の射程範囲外に飛び退いた。

「案外、肝が冷えるなあ」

「援護するよ!」

「私もです!!」

そう言って少年とシエルハちゃんが連携して追撃を行う。初めて会ったばかりだというのに息がピッタリだ。少年の神速の剣はダメージこそないものの、確実に衝撃を与えているようで、時々モンスターがたたらを踏んでいる。そこにやはり神速の足を持つシエルハちゃんが突っ込んで行き急所を狙うのだ。敵には攻撃をする余裕などなく、闇雲に棍棒を振り回すことで凌ぐのが精一杯となる。

「よし、そろそろかな?」

「何がそろそろなんです? いい加減、ボクにも教えてくれませんか?」

「そうですよお、私には秘密は無しにしませんか?」

そう言いながら少年とシエルハちゃんが隣に並んだ。

「見てれば分かるさ。ほら」

俺がそう言ってホワイトトロルの方を指さした瞬間、これまで一向にダメージが通らず、無敵ではないかと思われた敵が、片膝をついて苦しそうに喘ぎ出したのである。よく見れば、厚い体毛に覆われて完全に断熱されているはずの皮膚が小刻みに震えていた。

「ど、どうしたんですか、アレ。突然苦しみ出しましたよ? ・・・まるで凍えているみたいです」

「みたい、じゃない。正真正銘、寒くて震えているんだ。つまり、全身が冷えて、体温が急速に奪われているんだよ。そして、乾燥した空気に晒されることで体内の水分が蒸散し、高山病とも言うべき状況に陥っている。このまま放っておけば全身の細胞が壊死して、じきに死ぬだろう」

「な、なんでそんなことが!? ホワイトトロルと言えば雪山に棲息する凶悪なモンスターだよ? それが凍え死んでしまうなんて聞いたことがないよ!?」

「もちろん、理由無くああなっている訳じゃない。奴を凍えさせた者の正体は、ずばり空気中の水だよ」

「水? コウイチロウさんの言う水って、いつも飲んでるあの水ですか? でも、ホワイトトロルは自分の体が濡れたら熱を発して蒸発させてしまう性質を持っているんです。だから水魔法で攻撃しても無駄、というのが冒険者のセオリーなんですが・・・。というか、誰も水魔法で攻撃なんてしていないはずですよ?」

「あっ、そうか! さっきから後ろで何かしている子がいると思っていただけど・・・」

お、どうやら少年の方は答えにたどり着いたみたいだ。なら、意地悪せずに答を教えるとしよう。

「実はだな・・・」

と、俺が解説をしようとした時、片膝をついていたホワイトトロルがとうとう耐え切れなくなったのか、全身を大地に突っ伏すようにして倒れ込んだ。

「あ、勝てたみたいだぞ」

「どうやらそのようじゃのう」

ひと仕事を終えたモルテが俺の隣に来て言う。

ちょうど俺の放った魔力の灯火も消えようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

パークラ認定されてパーティーから追放されたから田舎でスローライフを送ろうと思う

ユースケ
ファンタジー
俺ことソーマ=イグベルトはとある特殊なスキルを持っている。 そのスキルはある特殊な条件下でのみ発動するパッシブスキルで、パーティーメンバーはもちろん、自分自身の身体能力やスキル効果を倍増させる優れもの。 だけどその条件がなかなか厄介だった。 何故ならその条件というのが────

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

処理中です...