上 下
8 / 42

8合目

しおりを挟む
驚く俺に対してゲイルさんは、本気で感謝している様子でテーブルへ案内してくれる。

「まあ座れ。そして、これでも飲みながら聞いてくれ。もちろん無料だからよ」

などと言って俺たちの前にグラスを2つ置いた。口をつけると、りんごのような酸味の聞いた甘い味がした。だが、うん、かなりうまい。

「あっ、おやっさん。もしかして、それってドラゴン山の3合目にしか生えてないっていうアプレの実から作ったジュースじゃないですか? すげー高級品ですよ!!」

「分かってらあ! だが恩人に振る舞うには惜しかねえや!!」

どうやら凄く高い物らしい。こっちに来てから何も口にしてなかったから余計に旨く感じる。

「うまいのじゃ! もっとなのじゃ!!」

「おいおい、モルテ。聞いてたか? 高級品らしいぞ?」

「わっはっはっは、嬢ちゃん良い飲みっぷりだな。おら、どんどんいけ!!」

そう言って奥からお代わりを持ってきてくれる。

まあゲイルさんが良いって言うならいいかのか・・・?

それにしても感謝されるっていうのも何だかむず痒いもんだなあ。あ、そうか、前世では何をしたって罵倒はされたけど、まともに感謝されたことなかったからなあ。こういうのに俺って慣れてないんだな。

「えーっと、それでゲイルさん。アーレンが盗賊になった原因、教えてくれるんでしょう?」

俺の言葉にゲイルさんは「おっと、そうだった」と言って説明を始める。少し長い話だったが、要約することこうだ。

ゲイルさんには奥さんがいるのだが、3年ほど前から重い病気を患っていて、寝たきりになっているらしい。

そこで、万病に効くという“エルク草”の採取を、冒険者ギルドを通じて依頼したそうだ。

エルク草自体は、実在するかどうか分からない伝説の薬草だそうで、魔の山の頂上に生えていると言われている。かつて1000年前の勇者が魔王の呪いで病気になった仲間を救うために魔の山で採取し、見事治癒することに成功した、というエピソードが残っているだけらしい。

もはや単なるおとぎ話の様であるが、この世界には勇者や魔王が現在進行形で存在するらしいから、案外虚構だとは言えない。

なお、エルク草は黄金色をした草を付けているらしい。それだけ派手なら、きっと一見すれば分かるだろう。

だが、エルク草はこれまでずっと伝説の存在であった。

なぜなら、魔の山に登頂した者がいないからだ。魔の山は年中氷雪に覆われた過酷な環境であり、凶悪なモンスターも住んでいるため、どうしても踏破が出来ないのである。

そんなわけでゲイルさんの依頼について、引き受け手はなかなか現れなかったのだが、高額の報奨を設定したところ、ある冒険者グループが依頼を受けてくれた。それがアーレンをリーダーとする「白銀の疾風」だったというわけだ。

だが、彼らはリーダーを残してあえなく全滅する。そして唯一生き残ったアーレンも、そのまま身を持ち崩し盗賊になってしまったというわけだ。

「もともと俺があんな無茶な依頼をしなければ、やつは盗賊にはならなかったろう。無論、盗賊になったのはアイツ自身の責任だ。俺には責任の無いことだろう。だがな、奴に命や金品を奪われた者たちには申し訳がねえ」

そう言って悔しそうに歯を食いしばる。

なるほど。そして今回俺は偶然にもそのアーレンを捕まえたってわけか。そりゃ喜びもするだろう。

それに俺だって嬉しい。前世では全体的にスペックが低すぎて、人に何かを与える様な事は出来なかったし、もちろん誰かに感謝された事もなかったからだ。罵倒は親兄弟、クラスメイト含め、よくされたが・・・。

だから、こうやって人に喜んでもらえるってのは純粋に嬉しいもんだ。いや、良かった、良かった。めでたし、めでたしだ。さあ、美味いもんでも食って、ひと風呂浴びて寝ようか!

「ふむ、じゃが、問題そのものは解決しとらんのではないか?」

ピシっ、と空気が凍った。それを言ったのは4杯目のジュースを飲みながらモルテである。

おい幼女、空気読めよ。せっかく良い雰囲気だったのに一気に空気が重くなったじゃないか。あっ、ゲイルさんの目がすさんでいる、3人組のおっさんは笑顔のまま固まっている。

だが、ゲイルさんは、フッ、と皮肉げに口を歪めただけで冷静な口調で話し始めた。

「ああ、嬢ちゃんの言うとおりだ。アーレンが捕まっても俺の女房の病気が治るわけでもねえ。ええっと、それでだな・・・」

そう言ってゲイルさんは迷う素振りを見せながらも、真剣な表情で俺にグッと顔を近づけてきた。

いや、怖い怖い!

何か真面目なことを言うつもりなんだろうけど、近いですって!

「コーイチローに頼みがある。この通りだ!」

ゲイルさんはいきなり頭を下げた。このおっさん、さっきも頭を下げてな。見た目に似合わず、案外腰の低い人なんだなあ。

俺がそんな風に思っていると、

「おい、あのゲイルさんが、また頭を下げてるぜ?」

「あ、ああ。さっきもだったよな。こんなの初めてだぜ」

「あのコーイチローって奴、すごいな」

という3人組のヒソヒソ話が聞こえてきた。

あれ? いつもはこんなに腰の低い人ではないのか。やけに俺に対しては腰が低いようだが何でなんだ?

まあ、そんなことはともかく、ゲイルさんは俺に一体何を頼むつもりなんだろう? まだ異世界に来て日の浅い俺に出来ることなど、あまりないと思うのだが・・・?

「頭を上げてくださいよ、ゲイルさん。その頼みってのを聞かせてもらわないと」

「あ、ああ、そうだな。頼みってのは他でもねえ。この宿を1週間ほど預かっていてくれねえか、ってことさ」

「はい?」

俺は思わず聞き返す。どうして宿を?

「えっと、まだ出会ったばかりの俺みたいな若造に宿を任せるんですか?」

「ああ、そうだ。お前さんなら信用できる。どうやら腕も立つみてーだしな」

うーん、どうやらアーレンを捕まえたことで過分な評価をもらっているようだ。まあ、寝床を確保できるっていうメリットはあるけれど・・・。

「いや、それにしたって、その間ゲイルさんは何をするつもりなんですか?」

そう、そこが分からない。信頼してもらうのは良いが、そもそもゲイルさんは何をするつもりなんだ?

「おいおいコーイチロー、本当に分からんのか。わしがさっき言ったとおりではないか?」

モルテが口を開く。んん? さっき何か言ったてたか?

俺は本気で首をひねるが、ゲイルさんは我が意を得たりといった風にニヤリと笑う。

先ほどまでとは違う獰猛な笑みである。

ああ、そういうことか。俺はその表情を見て直感的に理解する。

「なるほど。それが本当のゲイルさんの顔ってわけですか。冒険者としての顔、とでも言ったところですね?」

俺の言葉にゲイルさんは驚いた表情をする。

「さすがだな。その通りだ。俺はもう一度冒険者稼業に戻る」

やっぱりか。そして、その目的はただ一つだろう。

「奥さんのために魔の山へ、エルク草を取りに行くつもりですね。今度は自分の力で」

俺の言葉にゲイルさんは深く頷いた。

「何でもお見通しか。そうだ。結婚を境に俺は冒険者をやめていたんだ。だから、エルク草の件についても依頼を出すなんて言うまどろっこしい手段をとった。だが、それが間違いだったんだ。最初から俺が行けば良かった。元B級冒険者のプライドにかけて、魔の山の登頂に成功してやる!」

気力に満ちた顔をするゲイルさん。すごい、体から迸る力を感じる。これがB級冒険者ってやつか。

うーん、でも本当にそれで良いのかな? 魔の山はすごく危険な場所だと聞いた。アーレンだって盗賊になる前は凄腕の冒険者だったのだ。そんな彼があえなく登頂に失敗した山に行くのは、場合によってはゲイルさんが命を落とすかもしれないというリスキーな行為ではないだろうか。それに、もし登頂に失敗して死んでしまったような場合、残された奥さんは誰が面倒を見るのだ?

・・・それに、俺にはどうしてもこの異世界の某分野について、ともかくレベルが低いのではないかという疑念を持っているのだ。それを確かめてからで無ければ、ゲイルさんの登山に賛成する訳には行かない!

「ゲイルさんの意気込みは分かりました。ですが、いくつか質問をさせて下さい。その答え次第でお願いを聞くかどうか決めたいと思います」

「ん? ああ、いいぜ!」

頷くゲイルさんに、俺は質問を開始する。

「まず一つ目です」

「ああ、何でも聞いてくれ」

俺はゆっくりと口を開いた。

「今の時期の山の天気について把握していますか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女貞操逆転世界で、自己肯定感低めのお人好し男が、自分も周りも幸せにするお話

カムラ
ファンタジー
※下の方に感想を送る際の注意事項などがございます! お気に入り登録は積極的にしていただけると嬉しいです! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー あらすじ    学生時代、冤罪によってセクハラの罪を着せられ、肩身の狭い人生を送ってきた30歳の男、大野真人(おおのまさと)。  ある日仕事を終え、1人暮らしのアパートに戻り眠りについた。  そこで不思議な夢を見たと思ったら、目を覚ますと全く知らない場所だった。  混乱していると部屋の扉が開き、そこには目を見張るほどの美女がいて…!?  これは自己肯定感が低いお人好し男が、転生した男女貞操逆転世界で幸せになるお話。 ※本番はまぁまぁ先ですが、#6くらいから結構Hな描写が増えます。 割とガッツリ性描写は書いてますので、苦手な方は気をつけて! ♡つきの話は性描写ありです! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字報告、明らかな矛盾点、良かったよ!、続きが気になる! みたいな感想は大歓迎です! どんどん送ってください! 逆に、否定的な感想は書かないようにお願いします。 受け取り手によって変わりそうな箇所などは報告しなくて大丈夫です!(言い回しとか、言葉の意味の違いとか) 作者のモチベを上げてくれるような感想お待ちしております!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...