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4色:偽りの金色
8.記憶の中の色彩2
しおりを挟む明誉はおれに、この世に溢れる色のことを教えてくれた。明誉の口から零れる色の名はいつだって柔らかくて、温かくて、おれはその響きを聴くことが好きになった。そうして話をした最後には、いつもおれの白い髪を大きな手で撫で、「おまえの色は、そんなすべてを照らす光の色だ。すごいぞ」と笑ってくれた。もしかしたらおれはその言葉が欲しくて、明誉に色の話をねだっていたのかもしれない。
時間の流れが違うおれたちは、ずっと一緒に生きることはできなかった。おれがゆっくりと成長するのに対し、明誉の時間の流れはずいぶんと急ぎ足で過ぎていった。あるとき明誉はおれを呼ぶと、真紅の筆のことを話した。そして、その力をおれに預けると、力強い言葉で告げた。
おれが頷くと、明誉はいつものように、剛毅な姿に似つかない人懐っこい笑顔で悪戯っぽく笑った。
「ありがとうよ。じゃあ、何かお礼をしないとな」
「礼なんて要りませんよ」
いつの間にか、おれよりもずっと小さくなった恩人に向かって、おれは苦笑する。いつか、この世界の色が危機にさらされたとき、この筆の力でその困難に立ち向かい、すべての色を守る――決して、生易しくはない約束だ。けれどそんなものを背負うのにも充分すぎるほどの恩を、おれは既にこの人からもらっている。
「そう言うな。あいかわらず欲のない奴だ」
「そう言われても……特に、望むことも在りません」
本当は、ずっとこの人の傍に、この温かな場所に居続けたかった。でもそれは、告げてもどうしようもない望み。自分に与えられた残り僅かな時間すら慈しむように、まっすぐに生きるこの人の傍にいられるこの一瞬をおれなりに愛し抜くと、もう覚悟を決めていた。
「そうか。強くなったな」
明誉はそう言って、誇らしげにおれを眺め、それから本堂の外に目をやった。少し小高い山の上に位置するこの寺からは、山裾に広がる田園地帯が見下ろせる。爽やかな秋の風に吹かれる豊かに実った無数の稲穂が、黄金色の波となって揺れていた。
「……強く、なりました。妖力を失う新月の期間以外なら、人間の姿を保ち、人目に触れることも記憶に残ることもできます。……この筆を預かり、守るべき人間たちの中で生きていきます」
迷う必要などない。初めて、おれに温かさをくれた人の頼みだ。はっきりと告げたおれの言葉に、明誉は満足げに微笑んだ。
「儂は、おまえの『色』を誇りに思う。……すべてのものを輝かせる、光の色だ」
その言葉以上に、望むべきものなどなかった。明誉がこの世の生を終えたとき、ずいぶん久しぶりに流した涙は、ひとりで泣いていたあのときのそれよりもずっと熱くて、痛くて、いろんな色が溶け合っているように濁って、でも自分の身体の奥深くに沁み込んでいくような気がした。まるで、そこに溶け込んだ感情ごと、その熱が自分の一部になっていくみたいに。
涙で濡れて肌に貼りつく髪を掻き分けようとしたとき、はじめて気づいた。
明誉が、おれに遺していったもうひとつの贈り物に。
数ある色の中でも、いつもおれが飽きることなく眺めていた……強く心を惹かれていた、辺りを光で満たすような黄金色。堂々と、燦然と、眩しく輝き、揺るぎない存在感を放つその色が、真っ白だったおれの髪を染めていた。
信じられないような煌めきが、視界の端で微かに揺れる。太陽の光がちらちらと反射して零れる色彩の温かみが、まるであの大きな掌で髪を撫でられているときと同じようで、また視界が柔らかく滲んだ。
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