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4色:偽りの金色
6.遺るもの
しおりを挟む永遠に続くかのような沈黙を、蘇芳の足音が遮る。いつもの黒いショートブーツがコンクリートの地面を掻く微かな音が、皮膚を切り裂くように鋭く響く気がした。
「…………おれ、行かないと」
みっともなく掠れた声で、呟いた。笑ってみせたつもりだったけど、蘇芳の表情はぴくりとも動かない。「人並みのポーカーフェイス」は、やっぱりおれには習得できなかった。
蘇芳は数歩おれに近づくと、長い腕を伸ばしていきなりおれの手首を掴んだ。ぐっと強く握られる感触に、ただでさえ五月蠅い音を立てる心臓がさらに跳ねる。
「……っ、なんだよ、離せ」
「離したら、逃げますよね。……たぶん、永久的に」
「そんなこと……」
「ないんですか?」
「…………」
唇を噛んで俯くと、蘇芳の手にさらに力が籠る。人間にしては、強い力だ。けど振り払えないなんてことはない。簡単だ。おれにとっては簡単で、呆気ない。
どのみち蘇芳がおれから離れていくのなら、せめてこれ以上知られたくはなかった。情けなくとも、姿カタチくらいはこいつの目に映るひとりの人間で、「彩さん」でいたかった。蘇芳の手を振りほどこうとしたその瞬間、遠くの方で冷ややかな気配を感じた。
咄嗟に顔を上げ、蘇芳に手を掴まれたまま周囲を見回す。おれに力が戻ったということは、奴らもやはり、同じなはず。結局、おれが立っているのは「こちら側」ではないのだ。
「……蘇芳、離してくれ。行かないと」
「……だったら、おれも一緒に行きます。おれたち、手を組んだんですよね?」
おれの様子が変わったのを感じ取ったのだろう。蘇芳は手首を捕らえた掌の力を緩めることはなかったが、微かに声色を和らげてそう言った。聞き分けのない、幼い子どもを宥めるように。
「おまえと手を組んだのは、『彩さん』だろ。……おれは、違う」
蘇芳に投げつけたはずの言葉は、誰よりも自分の身体を抉った。馬鹿だなぁと思う。こんな「情」だけ、あたかも本物みたいに握りしめて、身体に植え付けてきた自分が、ひどく滑稽に思えた。思わず、乾いた笑いが零れそうになる。どっち側にも踏み込めずに、気が遠くなるほどの時間を、ふらふらと渡って来ただけ。
「………っ……」
軽く力を入れて自分の腕を引き寄せると、蘇芳が息を呑む微かな声が聞こえた。幸い、周囲におれたち以外の人間はいなかったから、おれはそのまま振り返らずに走り出した。強く地を蹴れば、一瞬で景色は変わる。切り離すのなんて、ひどく容易い。おれの手元に遺るものは、「あの人」と交わした約束だけだ。
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