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4色:偽りの金色
4.違和感
しおりを挟む「彩ー。悪い、待たせた」
生協の片隅、いつもの赤いパラソルの下。コーヒーを片手にやっと探し出した論文の複写を眺めるおれに向かって、恭介が笑顔で手を振る。
「待ってないよ。大丈夫」
白衣の裾を翻しながら、軽やかに走ってくる恭介に手を振り返し、おれは笑った。恭介はパラソルの下までやってくると、小脇に抱えていた書類の束を、どさりと白いテーブルの上に置く。年代物っぽい飾りテーブルが、慣れない重みに軋むような音を立てた。
「すごい量だな」
感心して呟くと、恭介は「まぁな」と言って肩をすくめた。数日顔を見ないでいるうちに、恭介の研究が勢いよく捗っているのはわりとよくあること。あまり不自然にならないように簡潔な感想に留めておこうと思いながら、手元のアイスコーヒーを啜る。
「そんな忙しそうなのに、抜けてきて大丈夫だったのか?」
読んでいた論文をずいぶんと厚みの違う恭介の書類の横に置き、顔を上げて尋ねると、恭介は目を瞬いた。
「研究以外にも、大事なことくらいあるからな。おれにだって」
「? そうなのか?」
別に、恭介に研究しか能がないなんて思ってはいない。ただ、誰にだって慕われる恭介の、貴重には違いない時間をおれ相手にけっこう割かせている自覚はあるというだけだ。首を傾げて訊き返したおれに、恭介は苦笑した。
「そうだよ。ということで、体調チェックだ」
「……ん? あ、おれの? いやいやいや、全然どうもないから。元気元気」
一瞬なんのことかわからず、それから思い当たって慌てて答えた。恭介はそんなおれを探るようにじっと見る。
「ほんとかぁ? ぼんやりしてて、実験中に試験管派手に割ったネタは上がってるぞ」
「……あ、はは。花村か……あれって、いつだっけな?」
苦笑しながら尋ねると、恭介は呆れたように目尻を下げた。
「いつって……つい昨日のことだろ。ボケるにはまだ早いぞ」
「そうだよな。まぁ、おれのぼんやりなんていつものことじゃん」
「自分で言うなよ……」
ため息をつきながらも、いつもどおり優しい眼で見返してくれる恭介になんとなくホッとしながら、その短い言葉を身体に馴染ませる。おれが試験管を割ったのは、昨日のこと。今日ここにいるおれは、その続きをなぞればいい。おれが、おれだけが知っている「5日間」はここでは存在しない。それでいいのだ。恭介が、花村が、ここに居る人たちが、こうしてちゃんと目に映して笑いかけてくれる、「御影 彩人」がいれば、おれはそれでいい。
生協で久しぶりのうどんを食い、「糖分も取れ」と言って聞かない恭介が、おれの白衣のポケットにチョコやらグミやらを押し込むのに苦笑しながら、なんでもない「日常」の時間が流れていくのを心地よく感じた。
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