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4色:偽りの金色

3.砕け散る真実と透明3

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「彩か。久しいな」

いつも使わせてもらっている、本堂からは少し離れた小さな堂に入り、年季の入った仏像をぼんやりと眺めていると扉が開いた。久しぶりに会う住職が、嬉しそうに微笑みながら顔を覗かせる。慣れた法衣姿は毅然として荘厳そうごんだが、どこか人懐こい、見るものを安心させるような微笑み方をする人だ。昔、途方に暮れていたおれに手を差し伸べてくれた「あの人」と同じ。

「お久しぶりです」

「ちゃんと学生をやっているのか。単位は? 小遣いは足りているか?」

久しぶりに会ったおいか孫かに掛けるような言葉に、思わず頬が緩んだ。

「なんとかやっていますよ」

「最近、うちのバイトにもんかったから、心配してたんだぞ。イマドキの学生は物入りだろう。小遣いが足りなくなったらちゃんと来い」

「はは、ありがとうございます」

おれはたぶん、住職の言う「イマドキの学生」には程遠いのだが、それでも学生として暮らしている以上、そこそこの金が要るのは事実。そんなときにはこの寺で働かせてもらっていた。力仕事、事務所仕事、寺が管理している託児所の手伝いなどなど。どんな仕事でも、この温かい人たちの中で過ごせる時間がおれは好きだ。

ふっと力が抜けて自然に笑顔になったおれを、住職は安心したように眺めた。

「……は、2日後だったな」

ぽつりと呟かれた住職の言葉に、おれは頷く。

「はい。念のため、5日間鍵を掛けておいてください」

「……わかった。とびきり美味い飯を用意しておいてやるからな」

「本当ですか。楽しみにしていますね」

にっと笑ったおれを、住職はいつものように少し複雑そうな笑顔で見返す。いつも、この人にこんな表情をさせてしまうのが申し訳ない。おれは、大丈夫なのに。もうずっと、繰り返してきた習慣。おれに手を差し伸べてくれた、初めて握った温かさをくれた人との約束を守るための習慣。そして、おれの居場所を守るための習慣だ。だから、大丈夫。

住職はおれの隣に座り、柔和な笑みを浮かべる菩薩像を見上げた。朗々と響く声で短い経を読み、もう一度おれに向かって微笑んで、それから堂を出て行った。住職の姿が扉の向こうに消えてから、一瞬だけの迷うような間の後に、重い鎖の擦れ合う金属音がじゃらりと響き、頑丈な錠が掛けられる慣れた音が身体の奥まで響き渡った。


固い床に倒れ込むようにしてうずくまり、目を閉じる。全身の筋肉が弛緩するように力が抜けていく。慣れた感覚に身を委ねながら、鉄格子の窓をぼんやりと見上げた。日が暮れても、もうほとんど月明かりは届かない。いつかの、まばらな星が浮かぶ夏の夜空が見たいなと思うが、身体を起こすことはできなかった。そうしてどれくらいかもわからない時間がただただ過ぎていく。まどろむような覚束ない視界に、うっすらと自分の身体が映った。色のない、ただただ真っ白な、自分の身体。

はらりと目元にかかる色味だけが、いつものように頼りなげな金色で。蘇芳が「安っぽい」というその色が、おれにとっては唯一の「つなぎ目」なのだ。きっと今このときも、蘇芳は深い漆黒を身に纏い、色鮮やかな風景を自分の手で写しとっているだろう。恭介はいつもどおりに優秀で優しいし、花村はいつもどおりに凛としている。そこにおれの「色」がなくたって、彼らの目に映る世界は、なにも変わらない。

わしには見えるよ。おまえの色が、ちゃんと見える。……だから、もう泣きなさんな』

あの言葉をもらってから、どれくらいの時が過ぎたのだろう。目を閉じると、闇が身体を満たしていく。

「…………明誉みょうよ古礀こかん。おれは、あなたとの約束を守れるでしょうか……」

頭の中で呟いた言葉は、朧げに闇の中に吸い込まれて消えていく。いつもより少しだけ、その暗闇の色が柔らかく思えた。いつの間にか、随分と見慣れた黒色を思い出させてくれるから。なんとなく口元が緩みそうになるのを不思議に思いながら、意識を手放した。



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