色色彩彩ーイロイロトリドリー

えい

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4色:偽りの金色

2.砕け散る真実と透明2

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 生協近くの芝生の道を歩きながら、なんとなく周囲を見回してみる。まだ昼前というにも早い時間だから、当然構内を歩いている学生なんてほとんどいない。うろうろと彷徨う視線が、少し先の樹の上にとまり、のんびりと羽の手入れをしているカラスの艶やかな黒色に引き寄せられたことにハッとして、思わず足を止めた。

「……何を探してるんだか」

苦笑まじりのため息は、明るい夏の日差しに溶けていく。次に会う時だって、それまでだって、別にこの風景は変わらない。それで充分なはずだ。いつもの涼しげな黒い眼でおれを見つけて、「昨日は飯食いましたか」とか、意外と面倒見のいいことを言う。そんなイメージを、出血大サービスの陽光と一緒に吸い込んで、おれは白衣を脱いで歩き出した。




 この街を懐に抱え込むような、深い緑を纏った山に向かって歩く。足元のコンクリートは地中の木の根に押し上げられ、時折ぼこぼこと不規則な盛り上がりを作っている。このあたりの自然は、こうして街の風景として溶け込んでいるようで、でもその色を完全に明け渡してはいない。アスファルトの道端に揺れる雑草ひとつさえ、どこか自分の意志で風に揺られているような表情を見せる。そんな景色は歩を進めるほどに色濃くなり、山のふもとに佇む小さな寺の階段が見えてきたころには、身体に籠っていた街の熱がすっと見えない手で拭い去られたような心地がしていた。

「あら、久しぶりね」

椎の木陰にすっぽりと覆われた石の階段を上りきったところで、聞き慣れた穏やかな声が聞こえた。掃除の途中なのか古風な竹箒を手に持ったおばさんが、境内でしゃがみ込み、これまた見慣れた黒猫に何かを話しかけていた。もちろん猫は返事をしないのだが、「今日も暑いわね」とか、「おまえは毛並みが綺麗よね」とか、近所の人と立ち話をするときと同じトーンで話しかけるのは、この人のいつものクセなのだ。おれに気づくと、おばさんは立ち上がってこちらに歩いてきた。

「こんにちは。いつも申し訳ないんですけど、またお堂を貸してほしくて」

おばさんの後からてこてこと歩いてきた黒猫が、おれの姿を見て一瞬背中の毛を逆立てる。真ん丸な目でじっとこちらを見つめていたが、しばらくすると小さな耳をぺたんと倒し、おれの足元で地面に伏せるような体勢になった。

「おまえは相変わらずだなぁ。いいかげんおぼえてくれよ」

苦笑しながら屈みこみ、ふわふわとした毛並みの額を撫でてやると、黒猫は気持ちよさそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らしておれの掌に頬をすり寄せる。おばさんはそんなやりとりを見ながら優しく微笑んだ。

「クロスケは、こう見えてもこの辺一帯のボス猫だもの。ここは気に入ってるらしいから遊びには来るけれど、こんな風になるのは彩くんに対してだけね。それより、最近の暑さは大丈夫だったの?」

小柄で、少しふっくらとした丸顔が優しい笑みをつくる。この、小さくも歴史のある寺を住職の傍でずっと見守ってきたおばさんは、ボス猫にもおれにも、等しく温かな言葉をくれる。

「はい。知り合いに、夏バテ解消法を教えてもらって。それでいつもより元気だったんで、危うく忘れちゃうところでした」

そう答えると、おばさんは嬉しそうに微笑んだ。

「素敵な知り合いができたのね」

「……素敵、なのかはよくわからないですけどね」

感謝しているのは嘘ではないが、思い浮かべた蘇芳の顔に「素敵な知り合い」という称号はあまりぴたりと嵌まらない。若干引きつった笑顔で返すと、じゃれついていたクロスケが不思議そうにこちらを見上げた。

「それじゃあお堂を開けるから、こちらへいらっしゃい」

「いつもすみません」

「そんな他人行儀にしないで。上人しょうにん様の力を受け継ぐあなたをお守りするのは私たちの使命よ。それに、そんなことを抜きにしても、彩くんが来てくれるのは嬉しいわ。もう、ずいぶん長い付き合いじゃない」

おばさんはそう言うと、笑いながらおれの背中を軽やかにぽんと叩いた。
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