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四方山話:食えない後輩のバイト事情
6.遷り変わる色
しおりを挟むはじめは次々と登場する見たこともないような洒落た料理にうろたえ気味だったおれも、その素朴で優しい味わいにすっかり骨抜きにされてしまった。こんなに舌を肥やしてしまって、この先大丈夫なんだろうかという、貧乏学生全開の心配も微かに頭をよぎったが、それでも箸は止まらない。あったかい茶粥を啜る段階に差し掛かったときには、おれの身体はすっかり生き生きとしたエネルギーの色に染め変えられていた。
蘇芳はおれが黙々と食事を始めたあとは、皿を下げたり水を注ぎに来たりする程度でそれほど話しかけてくるでもなく、ぱらぱらと現れる客の相手をそつなくこなし、てきぱきとオーダーを捌いて店を回していた。食事の合間に眺めている限りでは、非常に有能なウェイターのようだ。なんとなく女性の客が多いのも、最初は偶然か店の雰囲気のせいかと思ったのだが、どうもそれだけではないらしい。蘇芳がオーダーを取るついでに二、三言葉を交わし談笑していたテーブルの女の子たちは、蘇芳がテーブルに背を向け厨房に向かった姿をどこか熱っぽい、うっとりとした視線で眺め、そのあと何やら楽しそうにきゃいきゃいとはしゃいでいた。
「? どうかしました?」
茶粥を綺麗に平らげ、心地の良い満腹感に満たされたおれに、テーブルの前を通った蘇芳は首を傾げる。なんとなく、蘇芳の姿を眺めていたのに気づいたのだろう。
「まぁ……たしかに格好いいよな」
「?」
思わずぽつりと零れた感想に、蘇芳は怪訝そうに首を傾げる。いつもの鋭すぎる毒舌が発動しなければ、蘇芳は涼しげで、スマートな美青年だ。こうして給仕をしてもらう中でなら、彼女たちの憧れの視線の意味は充分に理解ができた。
「あ、ごちそうさまでした。ほんとーーーに、美味しかった。生き返りました」
そう言って丁寧に手を合わせ、ぺこりと頭を下げると、蘇芳は赤茶色の趣深い茶碗を下げながらにっと笑った。
「それはそれは。命の恩人として、おれを崇め奉る気になりましたか?」
「なりました。末代まで、崇め奉らせていただきます」
「その言葉、忘れないでおきましょう」
この場所用の「営業スマイル」なのか、いつもよりもずっと柔らかく見える表情でそう言った蘇芳と、奥さんの温かい笑顔に見送られ、おれはレストランを出た。
いつの間にかすっかり日は落ち、ずいぶんと体感温度の下がった風が、さっきまでとは違う幸せな重みを詰め込んだ身体を撫でる。信号待ちで立ち止まった拍子にふと頭上を見上げると、澄んだ夜空にまばらに浮かんだ星がきらきらと輝いているのが見えた。綺麗だな、とぼんやりと思いながら眺める角度が新鮮で、このところ、ずっと俯いて歩いていたことに気づく。
夏が暑いのは、仕方のないことだというくらいにしか思っていなかった。四季折々、刻一刻と遷り変わっていく色彩は、どんなときでも周りに散りばめられている。それは目に見える色味だけじゃなくて、こんな風に美味しいもので満たされたり、誰かの意外な姿に触れたり、いつもの道でちょっと違う景色を見つけたりすることでも気づかされる。
この先、どんなに長い時間を越えようとも、今日の美味しい食事と、この景色をおぼえていようと思った。そして、そういう時間をくれた蘇芳に、もう一度心の中で「ありがとう」を言って、家路についた。
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