色色彩彩ーイロイロトリドリー

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四方山話:食えない後輩のバイト事情

4.古都のレストランにて2

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 半ば呆然としながら席につくと、女性は綺麗なガラス細工のコップに冷水を注いでテーブルに置いてくれた。そして彼女が厨房らしき空間に入っていったのと入れ替わりで、背の高いシルエットがテーブルの前に立った。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか」

顔を上げると、そこには蘇芳……みたいな人間が立っていた。なんでそんな風に感じたかというと、蘇芳の表情と風貌が、およそ見たことのない、「爽やか」を絵に描いたような代物だったからだ。

「…………蘇芳って、双子だったりする?」

「お客様。まだ暑さに頭ゆだったままのようですね。ちょうどいい冷水が目の前にありますので、かけて差し上げましょうか?」

白いシャツの袖を捲り、黒い細身のズボンに上品なブラウンのカフェエプロンを身につけた蘇芳は、滑らかにそう言って微笑んだ。その整った、柔らかな笑顔に一瞬惑わされそうになったが、冷静に聞いてみれば言っている内容はただの蘇芳だった。おれは安堵の息を吐き、目の前にあるコップを引き寄せて冷たい水を一口飲んだ。

「……はぁ、びっくりした。パラレルワールドにでも迷い込んだのかと思ったよ……蘇芳が物腰柔らかな爽やかイケメンとか、仮想現実じゃなきゃあり得ない……」

「なにしみじみと失礼なこと言ってるんです。こんなに慈悲深いおれに全力で感謝して崇め奉ろうとか、思わないんですか」

「……おまえの『ごちそう』は変な方向に高くつくんだな……」

「まぁ、そういうことです。今日はたまたま予約も入ってなかったんでね。で、ちょっとは食べられそうですか?」

「……いや、でも、ほんとになんか悪いし……今日はあんま持ってないけど、ちゃんと返すから」

「損な性分ですねぇ。けど、どのみち金はもらえませんよ」

「……? なんで?」

「今から出すの、まだメニューに載ってませんから。この夏用の試作なんですよ。ってことで、毒見役になってください、彩さん」

「えっ、おまえが作ってんの?」

「ここはご夫婦でやってる小さい店なんで、おれはホールも回します。さっきのが奥さんで、メインのシェフが旦那さん。おれはバイトなんで調理は基本シェフがしますけど、メニューの考案とかは一緒にすることもあります。今考えてるのは、あんまり金もかけられないけどたまにはちょっと洒落たモノでも食べてみたい学生狙いのとか……あとは、夏バテ気味の大人たち向けのとか、ね」

「……なるほど」

「まぁ、彩さんの場合は『気味』どころかでろでろに夏バテ全開だし、金だけじゃなくいろんなもん足りてないですからね。実験台としてはビミョーですけど、この際よしとしておきましょう」

「……清々しいほどにいつもの蘇芳だな。まぁ……おおむねそのとおりだけど」

「何はともあれ、言いつけどおりに来てくれたんだから、ちゃんともてなしますよ」

蘇芳は機嫌よさげにそう言うと、厨房の奥に消えていった。
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