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四方山話:食えない後輩のバイト事情
1.猛暑、そして猛暑
しおりを挟む梅雨が明けた。そして心のモヤモヤも、半ば強制的に蒼天に塗りつぶされていった。そうして訪れたのは、目にも眩しい、きらきら光り輝く夏……と言いたいところなのだが、そんなにうまくいかないのが世の中というもので。
「…………あっっつ…………」
古びたクーラーは音だけが一生懸命で、このさほど広くもない空間を冷やすのには向いていないらしい。そんな生協の片隅、なるべく陽の光から遠い場所に陣取り、おれはテーブルに突っ伏した。
「大丈夫か~? 彩って、ほんと暑さに弱いよな……」
向かいに座った恭介は、気の毒そうにおれを眺めながら、手に持ったうちわでぱたぱたとこちらを扇いでくれる。優しい風が、おれの髪を揺らして微かに頭を冷やしてくれた。
「……ありがと」
のそりと顔を上げ、一瞬で氷の溶けたアイスコーヒーを一気に飲み干す。それでも、あまり水分が身体に浸透していくような気がしない。
「暑いときはコーヒーってあんまり良くないぞ。ほら、スポーツドリンクちゃんと飲め」
恭介はそう言って、さっき自販機で買っていた涼し気な青色ラベルのペットボトルをずいと差し出す。受け取ると、汗をかいたように表面に散りばめられた水滴が掌に触れて気持ち良かった。
「これ、飲んでいいのか?」
「いいに決まってるだろ。熱中症予防には、水分、塩分、ミネラル」
恭介は歌うようにそう言って苦笑する。涼し気な表情はいつもとあまり変わらない。頭脳明晰な人間は、暑さ耐性ももれなく標準装備されているのだろうか、羨ましいな……と茹った頭でしょうもないことを考えていると、テーブルに置いた恭介のスマホが振動した。
「はい。……あぁ、生協にいますけど」
電話の相手と二、三言葉を交わした恭介は、通話を切るとでれんと伸びたおれを心配そうに眺める。
「用事?」
そう尋ねると、恭介は白衣のポケットにスマホをしまいながら頷いた。
「うん。院の先輩から、実験のことで相談があるから来てほしいって」
「恭介はいつでも優秀だなぁ……」
「それより、彩、本当に大丈夫か?」
じっと探るように見返され、おれは目を瞬いた。
「あ、もしかしておれの心配してくれてる? ただ暑いだけだから、大丈夫だって。気にしないで行って来いよ」
おれが暑さにやられるのはいつものこと。やられると言っても、こうしてだらしなくのびているだけで、別段本気で体調を崩しているわけでもない。相変わらず面倒見の良い友人を安心させるために、おれはなけなしのエネルギーを総動員して身体を起こし、背筋を伸ばしてにっと笑ってみせた。
「……おれの目にはけっこう重症に見えるんだけどな。とりあえず、ちゃんと水分取って、なるべくクーラー効いてるところにいろよ。っていうか、研究棟に帰るまでに行き倒れないでくれよ」
恭介はそう言って立ち上がると、スポーツドリンクとおれをもう一度見比べてから、生協を出て行った。
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